第四章 竜殺しと王女

28.イルムの失敗

 掬い上げられた土煙が舞う中、イルムは洞窟の中の窪みに隠れるように身を潜める。前が全く見えず、竜達の様子が全くわからない。


竜達は何故か声も出さなず、息遣いすらしてないように見える。


 しかし、そんなことイルムにとって些細なことなのだ。この隣にいる彼女の存在に比べれば。


「で、なんでいるのお前?」

「君を置いて行けるわけないでしょ」


そう口にしたのはサラサラとした綺麗な金色の髪を流し、意志の強い赤眼ををしたリアナであり、そんな彼女は責めるようにイルムを見ていた。


まるで騙そうとしてもそうはいかないと言うように。


「はぁ、リアナ。お前自分の立場分かってるのか? それとも分かってやったお馬鹿さんなのか?」


「酷い言いよう。貴方を助けに来たのよ。私は王女なの、国民を守るのは当然のことよ」


「……国民を守るのは騎士や軍人の役目だ。お前達王族がするべきことは国民を守ることじゃない。国を守ることだ」


「なら、私は竜騎士学園の生徒よ。国民を守るのは義務だわ」


こう言えばそう言う。口が回る王女にイルムは苦い顔をして、視線を前に向ける。


「はっ、お忙しいことで」


そんな呆れたように声を出したイルムは天井を見上げて、めんどくさそうに顔をゆがめた。そしてその予感は見事当たることになる。


「──先輩、護衛対象が落ちたわ。……これに関しては私に落ち度はないわよ。リアナさんに先輩の存在がバレたのは先輩の責任よ」


突然、脳内に流れてくるその声にイルムは耳が痛そうな顔をする。ユリスの言うように今回はイルムに非があることは確かだ。


だからこそ耳が痛いのだ、ユリスには任務がどうの言ったくせに自分がそれを阻んだ。


「そうだな、俺が悪い。お前には負担をかけた、これは俺の失敗だ。すまん。反省は終わった後だ……王女は任せろ、そっちはそっちで頼むぞ」


「……了解よ、十分待ってちょうだい。あと貴方なら大丈夫だと思うけど……一応、気を付けて」


「ん、分かった」


ユリスとの会話を終え、考えるように口元に手を当てる。そして、そんな会話に聞き耳を立てていたリアナは少し頬を膨らましていた。


「ちょっと、私を任せろって何? 私は守られるために来たんじゃないんだけど」


イルムはしまったと口を噤む。イルムはあまりユリスの使う意思伝達が上手くない。意識しなければ口に出してしまうのが、イルムの癖だった。


しかし、それは今どうでもいいことだ。


「……そうだな。多分守る守られるなんてしてたら自分が死ぬぞ。自分の命優先、これ大事」


イルムは人差し指を立ててそう伝えるがリアナはそんなイルムを疑うように見つめる。


「なんだよ?」


「一人で囮になろうとした人のそんな言葉どうやって信じろっていうのよ。……そんなことより、そろそろ動くみたい」


リアナはそう苦言だけいうと、土煙の中を覗くように見渡す。そして突如彼女のその金髪の髪は紅髪に変わり、その瞳は竜のように鋭くなった。


「なんか見えるのか?」


「うん。生物のオーラが見えるの。それでイルム君のこともわかった。それであの黒竜だけど、すごく禍々しいオーラを放ってる。他の竜達なんか怯えた様に固まってる。動揺がオーラに出てる」


そのまるでエセ占い師が言いそうな言葉を真剣な顔していうリアナにイルムは顔を背けて、笑いを堪える。


「いって」

「……何笑ってるの?」


察したリアナはイルムの手の甲を捻る。イルムは笑みを抑えるようにして振り返り謝罪しようとした瞬間、イルムの勘がけたたましい緊急警報を鳴らす。


「いえ、なんでも──!」

「──!」


イルムはその勘に体を預け、咄嗟にリアナの頭を胸に抱えて竜達の方に背中を向けた。そして数コンマもしない内に砂ぼこりがイルムの背中にパラパラと突き刺さる。


ガァァァァァァァァァ!!


まるで叫び声のような咆哮が空気を揺らした。そしてその瞬間、地面を揺らす振動が六回連続で起こる。


しかしその殺気は止むことを知らない。


「……勘弁しろよ」

「……」


イルムは眉間に皺を寄せ、痩せ我慢にそんな言葉を呟く。胸の中にいるリアナはカタカタと肩を震わせていた。


「おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫。なに、何が起こったの?」


震える声で話すリアナはイルムの服を掴み、上目遣いでそう聞いてくる。その状態は本来だったら光栄なことなのだが、イルムにはそんな余裕はない。


「気配が六つ消えた。多分、黒竜以外の竜が……死んだ」


「え……、あの一瞬で竜を殺した……の」


何度も言うが黒竜は別格だ。そこら辺の竜など恐らく天井を破壊したブレスで一撃だろう。


そのことを知っているイルムは苦い顔して頷く。そして未だに胸元を掴んで離さないリアナに声をかける。


「あぁ。……で、俺を助けにきたリアナさん、いつまで震えて抱きついてるつもりだ? 死ぬ気か?」


イルムはすこし馬鹿にしたようにそう言うとリアナはバッとその手を離し、恥ずかしそうに頬を染めてその紅髪を撫でる。


「──! こ、これは、そう、そこに虫がいたから」


「竜より虫ですか、頼りになるのかならんのか。まぁいいや、ここにいても……──チィッ!」


イルムはその静けさに疑問に思い、訝しむように黒竜の方を見ると、土煙の中チラッと稲妻が通った。


イルムはほぼ反射的に立ち上がり、ちょうど身を丸くしているリアナを抱き抱えるとその足に力を入れ、隠れていた窪みの中から外に思いっきり逃げるように飛びこんだ。


「きゃっ!」


そんなこの雰囲気とは全く似合わない甲高い声がイルムの耳に入った瞬間、すぐそばでの爆発とその爆風がイルムの背中に襲い掛かる。


「っく!」


クルクルと地面を這いずりながらも、胸に抱えたリアナを離すことはせずにその勢いの中態勢を立て直したイルムは目下にいるリアナに眉を上げて、怒りの声をあげる。


「きゃ、じゃねぇ! 自分の身は自分で守れ、魔法はどこ行ったんだよ!」


「分かってる! 下ろして! 私ならさっきのブレスも無傷で逃げれたわよ!」


リアナはイルムの腕の中から逃げるように降りると、その体に白いオーラを纏わせる。


肌に薄皮一枚貼るように纏ったそのオーラを手の中に集めるとまるで石でも投げるかのようにぶん投げた。


 そしてそのオーラの塊はある程度の距離に飛んでいくと白い光を放って爆散する。


「うおっ!」


突然の光に目を覆ったイルムだったがしばらくして光が収まり、目を開けるとその光景に目を丸くした。


「土煙は?」


「この洞窟内にある土煙を焼き尽くしたの。とは言っても威力はそこまでないから竜には効いてないみたいだけど」


自慢するようにその程よく実った胸を張ったリアナの顔に頬を引き攣らせるが、冷静になってみてイルムは感心する。


しかしつけ上がりそうなので言葉にするのはやめる。これで視界が開けた。


「やっぱり、他の竜は死んでるみたいだな」


イルムは見晴らしの良くなった洞窟内を見渡す。壁に刺さるように六体の竜が埋まっていた。喉元と体そして脳天に鋭いブレスによって穴を空けられていた。


 そしてイルムとリアナは彼らを殺した黒竜に目を向けた。ユリス達救出のために黒竜には六体分のブレスを当てたはずなのだが、黒竜にそんな傷は全く見当たらない。


しかも、その黒竜はまるでリアナの魔法のように体から稲妻を纏うようにビリビリさせ、そして黒龍の周りには黒炎が幾つも浮いており、その瞳は一直線にイルムを射抜いていた。


「……ふぅ、あいつ倒すぞ」

「倒すって、出来るの?」


リアナは心底不思議そうにイルムに問う。リアナは戦争というのを見たことがないのだろう。竜騎士や竜が入り乱れるあの戦場を見たらそんな言葉出てくるはずがない。


「お前、竜殺しになりたいって言ってただろ。竜殺しは敵国の竜騎士、又は竜の撃退数が一番多い者に与えられ称号だ。つまり、お前は竜を殺してなんぼってことだ。……気張れよ、気を抜いたら死ぬぞ」


イルムはここで嘘をつく。竜騎士が竜騎士を殺すことはできる。しかし、ただの魔法が使える人間が竜騎士や竜を単独で殺すことは不可能に近い。


所詮は魔法は竜の力の一部に過ぎない。生物としての格が違う。竜騎士は竜と人がいて初めて力を発揮するのだ。


 しかし、ここはそう言うしかない。不可能という言葉を頭に残し戦うより勝てると思っていた方が集中できる、そうイルムは経験上知っているから。


「……うん」


イルムの言葉を聞き、力強く頷いた。イルムは目の前に聳え立つその大きな黒竜を前に、小さく心の中で呟く。


──ユリス、早くしてくれよ。



あとがき


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追伸

明日の投稿は朝ではなく夕方になります。理由としては、見返してみて納得がいかないものであったため、修正の時間が必要だからです。すみません。

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