間章

彼女に届いた彼の声

 彼女が彼を知った、いや初めて会ったのは十二の頃。


 才能ゆえに、パートナーから与えられた魔法の力に振り回され、何一つ使いこなすことができない状況に彼女は絶望していた。


小さい頃から身体能力も知能も高く、両親からも護衛の騎士たちからも期待されていた。しかしそんな期待を寄せていた目が徐々にかすんでいくのを彼女はよくわかっていた。


 彼女に課せられた義務は何も竜騎士になって戦うことではない、それ以外にもこの国に貢献する方法はいくらでもあり、そして両親はそちらの方を望んでいることも知っていた。


 そんなある日、父親に大事な話があると呼び出された彼女は困惑した表情で父親の前に来ていた。そして父親が言いにくそうに話し始めてから彼女の表情は曇り、最後には顔を青くし涙目になっていた。


 ──政略結婚。王族としての役目。第三王女ともなればそうなるのは不思議なことではない。少し前の期待されていた頃ならいざ知らず、今の彼女にはそれしか選択権が与えられない。


 そんな彼女に父親は心配の声をかける。しかし、それを振り払うようにその場を駆け出した彼女は行き先も考えず、彼女が住う王城を飛び出した。


 しかも王城を抜け出す方法が王族御用達の秘密裏に外に出るための地下道だということが性格が悪い。彼女が王城から出たことを知る騎士や侍女は誰もいなかった。


 とは言うものの彼女が着るドレスは王都の中心部で暮らす貴族にとっても上等なもので、そして何よりも彼女の容姿はそのドレスを霞ませるほど美しかった。


この頃の彼女は上級貴族界でしかその容姿を知られていなかったこともあり、貴族達は彼女に見惚れることがあったが話しかけることはなかった。


 だが、それは貴族区域であったからだ。彼女は無我夢中で走り回っていたせいか、貴族区域を飛び出し商業・学園区域に飛び出してしまった。


その区域は貴族区域と平民区域の間にあると言うことで立場の違う彼らがごった返す場所だ。


 彼女は貴族区域から大通りに出た瞬間、そんな彼等の視線が集る。それは彼女の美しさに見惚れてしまったと言うのが事実なのだが、今の彼女にはそうとは思えなかった。


「……みな……いで!」


彼女は今自分に向けられる目を全て哀れみや幻滅しているように見えてしまった。


そんな目で見られている勘違いした彼女は、走ってボサボサになってしまった金色の髪をかき乱すようにして目元を覆うと、彼等の視線から逃れるように路地裏に入って行ってしまう。


 ここは中間区域、貴族と平民が交わる場所、それはつまり最も悪意が集まる場所と言っても過言ではない。表面上は衛兵によって守られているがその裏は違う。貴族も平民も心の闇をそこで発散するために機会を窺うのだ。


 そんな路地裏にボサボサだが痛んでいない金色の髪でとても貴賓のあるドレスを着た小さな少女が現れた。目には正気が見えず、どうにでもなれと言うような表情をしている。そんな彼女を彼らが放っておくわけがなかった。


「やぁやぁ、嬢ちゃん。しょんべんか?」

「おい、やめろ。お嬢さん、どうかしましたか?」


現れたのは二人の男。一人は平民、服は上等とはいえないが平民にしてはいいものを着ている。ニヤニヤとした気持ち悪い表情で彼女に話しかけた。


 しかし、そんな男を止めるように肩を引き寄せ、その男の前に出たもう一人の男はこれまた平民のような服装をしていた。


しかし、後ろの男とは違い髪は綺麗に整えられており、肌も綺麗だ。姿勢も言葉遣いなどの所作に貴賓さが鑑みえる。隠しきれていない、彼は貴族だ。


 この路地裏にいるような貴族はその自己保身から自分が貴族だと言うことを隠す。


しかし、その体や所作からすぐに貴族だと言うことは分かってしまうがそれを証明することはできない。何故なら平民は貴族区域に入ることはほぼ出来ないに等しく、会うことなんてありはしない。


 そしてそんな貴族がうすら笑いのある仮面をつけて彼女に優しく話しかける。だが、彼女はその顔を見て酷く表情を歪めた。


彼女には既視感のある表情だった。貴族のパーティーでよく見る人を測るような気持ち悪い視線が彼女の五感を刺激する。


「──! 来ないで!」


「おいおい、その顔もガキ相手じゃ通用しねぇみてえだな」


「黙れ。……お嬢さん、私は君に危害を加える気はないよ。ここは危ない。この先にお茶を出せる場所がある、そこで話を聞こう」


そう言って貴族は彼女の腕を掴んだ。ぶるっと鳥肌が立ったのだろう、彼女はその手を払うように動かすが相手は大人だ。


 それを理解した瞬間彼女の頭の中は恐怖に染まることになる。瞳の奥は揺れ、体は震えだし、力が入らない。本来の彼女なら二人の大人など相手にもならない。彼女は十ニ歳だが天才なのだ。


──ブワッ


 だからなのか彼女の才能は彼女の危機を察し、力が漏れ出す。淡い湯気のような白いオーラが彼女を覆う。


その瞬間、彼女の腕を握っていた貴族の男はまるで突風にでも攫われたように吹き飛ばされた。


「がっ! ……いってぇ」


「ど、どうした! クソガキてめぇ、なんだそれ⁉︎」


吹き飛ばされた男をかばうように抱きかかえたその平民の男は驚いたように声を出すが、今一度彼女を見ると茫然としてしまう。


彼女はその白いオーラに身を包み、金色だった髪は真っ赤に染まり、その瞳はまるで竜のように野性味を表していた。


「はっ、はっ、だ、ダメ。逃げて、抑えられない」


漏れ出したその力は彼女の制御下を離れており、彼女ではどうすることもできない。奥歯を噛みしめ抑えようとするが白いオーラはそれに反して範囲を大きく厚くしていく。


彼女の人生の中、初めて挫折を味わせた魔法が彼女の理性を飲み込んでいく。


おそらく魔法の力は過去に類を見ないほど強力なものだろう。ひとたび発動すればその力は王国にいる竜騎士すら倒してしまうほどの。


「やめて、収まって。もう人を傷つけたくない」


以前、魔法が発現したすぐの事だ。彼女は護衛の騎士も衛兵も侍女をも怪我をさせ、そして王国の砦である竜騎士五人をもって彼女を抑えることに成功した。


しかし、彼らは五体満足ともいえる状態ではなった。聖騎士団団長や両親、そして傷つけてしまった彼等には気にすることはないと言われたがそれから彼らの彼女を見る目は変わってしまった。


まるで腫れ物に扱いする周りの人により彼女は孤独を感じていた。だからこそ彼女は努力した、その力を制御できるように。


 しかし、その努力も内なる才能には勝つことはできなかった。そして今彼女の身を以て敗北を知ることとなる。


「あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!!」


その白いオーラは収まることを知らず、苦しむリアナの声を無視してその力を上げていく。既にその威圧感にリアナに話しかけてきた二人の男は意識を失っており、逃げることすらできない。


しかし、どこか疲れたような呆れたようなそんなそんなため息が彼女の耳にスッと入ってくる。


「––––はぁ、お転婆が過ぎるぞ。少し落ち着けよ、王女様」


彼女を落ち着かせるように優しく目の前から発せられた。


 スタッと彼女の目の前に現れたその声の主は見た目はなんてことないどこにでもいる少年だった。歳は彼女と同じくらいだろうか、背丈もさして変わらない。服装も平民を思わせる物で護身用の剣も刺さってはいない。


そんな少年の手にはまだ食べかけの焼き鳥が刺さった櫛が握られており、呑気にもぐもぐと食べている。


「魔法の暴走か。……そんな怯えた顔するなよ。お前がそんなんだからその魔法は怯えたように攻撃するんだろうが」


彼はそう言いながら食べ終わった串を彼女の側に投げ捨てる。。するとそれに反応した白いオーラがその串を包み込み、燃やし尽くした。


「な、に言って」


彼女は彼の言っている意味がわからず、苦しむ顔を見せながらも声を出す。


彼は人差し指を立てると、まるで試すように彼女に向けて問いを放つ。


「一つ聞きたい。王女様は自分の努力も……パートナーからの魔法も……信用してないのか?」



彼女はこの日、救われることになる。彼にとっては『救う』なんて、そんな仰々しいことではないのかもしれない。


しかしそれでも彼女にとってその日の彼との出会いが、彼の言葉が自分の核を作り出す出来事だったことに間違いない。




あとがき


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