27.混乱な上でしか通じない嘘
「……あんまり、頭の中でぎゃあぎゃあ騒ぐな。塞ぎようがなんだから」
イルムはそうは言いつつも両耳を手で塞ぐ。しかし、やはりユリスの声の音量は変わることはなかった。
「貴方の頭がはじけようがどうでもいい
わ! それよりあなたたち何してるの⁉ さっきの咆哮は何⁉︎ あれのせいでナオ君とミラさんが意識を失ったわよ⁉︎」
「……めんどくさいことになった。はっきり言ってやばい、超やばいっ!」
イルムはユリスと会話をしながらも竜たちからの攻撃を避ける。
黒竜は放心しているのか顔をあげたまま動かないが、そのほかの竜たちはイルムを危険と感じたのか総攻撃を仕掛けてきている。
「語彙力が低下しているわよ。……状況は? 何をしたらいいの?」
切羽詰まったイルムの声にユリスは自分の任務を優先する。イルムは視界の端で意識を失ったアリオスを状態を確認する。
「状況的には七体の竜がいる。その中の一体は俺も初めて会うほど強い。だからお前達には早めに逃げてもらいたい」
「逃げるって何処に?」
「俺の頭上に外につながる穴がある。大きさは竜が一体通るぐらいだ。そこから脱出しろ。合図は俺が出す。そしたら俺以外を連れて外に出ろ。あ、あと洞窟の奥に進んだところに気を失ったアリオスがいる。そいつも回収してくれ」
「……了解」
「頼んだっ」
※
イルムの命を受け、ユリスは少し目を閉じて息を吐いてから行動に起こすため警戒するように膝立ちになっていたアーサー、フレア、リアナに目を向ける。
リアナの側には意識を失ったナオとミラの姿も見受けられる。
「皆さん、朗報です。救援が来たみたいです」
「救援って……どうしてそんなこと」
ユリスの突然の言葉にアーサーは訝しむように彼女を見上げる。
竜の咆哮に絶望し、意識を保つことすら精一杯になると、洞窟全体が揺り動かされるほどの衝撃音と土煙が舞いあがった。その後も未だに衝撃音が止むことはない。
そんな状態で救援が来たと言われてもアーサーには理解できなかった。
「意思伝達の魔法が使えました。どうやら、先に行ってしまったイルムは救出されたみたいです」
「……アリオス君は⁉︎」
「アリオス君は洞窟の先で気を失って倒れてるらしいです。彼を回収したらここから全員で逃げます」
「そう、よかった」
「逃げるってどうやって?」
フレアは安心したように肩を落とすとリアナは落ち着かせるように彼女の背中を摩るとそう疑問を口にする。
「イルムからだと救援に来た先生方が洞窟の天井に穴を開けて、竜が一体入れるくらいの穴を作ったみたい。でもその下には七体の竜が暴れてるみたいで先生が中に入って注意を引いてくれるみたい。私達はタイミングを見計らって竜に騎乗して脱出しろ、ということよ」
「……七体って、囮になる先生はどうするの?」
「上から念力の魔法を持った先生が待機してるから私達が逃げたらその魔法で引っ張り上げるみたいよ」
スラスラとユリスは一瞬で構築した話に肉付けをしていく。
説得力入らない、この緊急事態における相手を説得するのに必要な要素とは安心させること。
そして学生にとって何よりも頼りになるものは先生だ。彼らがいるなら大丈夫とそう思わせればいい。
「念力……アミューズ先生か。よし、なら早く準備をしよう。気を失っている竜は置いていこう。仮契約中の竜同士はどちらかが敵対するか、パートナーに敵対意思がない限り戦闘は起きない」
アーサーが先生の名前を出すことでその話の信憑性が上がる。ユリスは勿論先生がどんな魔法を持っているかなんて知らない。
だいたい元竜騎士である彼らが自分の魔法を無闇矢鱈に知らせるわけがない。
そんな中、アーサーのおかげでフレアもリアナと納得がいったように頷くとゆっくりと立ち上がった。
「そうですね。なら、イブに私とミラとナオ君を乗せるから、ユリスは先輩方を」
「……そうしましょうか。出来るだけ少数がいいわ」
「ごめんね」
「ありがとう。よし、なら早速準備をしよう。早くしないと」
アーサーは鳴り止まないその戦闘音に先生が時間を稼いでいると思ったのか、素早くナオをお姫様抱っこしする。
それに続くようにリアナもミラを抱っこしてすぐそばで待機していたイブの方を目指す。
「ユリスさん、私達はアイさんと一緒に先に行ってアリオス君を回収しましょう」
「はい、分かりましたフレア先輩」
冷静な表情でユリスは答えるがその実、背中からは冷や汗を流している。
そうそうこんな嘘通じるものではない。圧倒的威圧感を感じさせたあの竜の咆哮が効いているに違いない。
そのことだけは感謝しつつも、感じたこともないその威圧にユリスもまた恐怖する。その薄く儚い唇から無意識にもこぼれてしまう。
「先輩……」
※
学園の訓練場よりも大きな洞窟内は今もなお地面を揺らすような爆発と衝撃を起こしていた。
イルムはそんな地獄のような場所で目の前に迫る竜の尾から逃れる。地面から足を離すことすら許されない。一瞬でも足を浮かせて仕舞えばそれが命取りになる。
しかし、イルムも考えなしに避けているわけではない。これまでの攻撃から竜達に仲間意識はなくなっている。
唯一黒竜にだけは攻撃を当てることはないが、それ以外はザラだ。連携もなければ、気を使うことはない。誰が先にイルムを殺すかを競っているようだ。
竜のブレスも尾もそして火炎球も他の竜に接触するようにイルムは立ち回っている。そのおかげもあり、最初は協力的だった竜達は有象無象の六体の竜でしかなくなっていた。
とは言ってもこの状態は恐らく黒竜が動き出せば一瞬で覆されるだろう。だからこの間にイルムはこの有象無象を倒し、隙を作らなければならない。
しかし、ことはそう簡単ではなかった。
イムルの避け方に慣れきたのか、竜のブレスがイルムを捉え始めた。そしてついに避けるイルムの側にブレスが着弾した。
「──っチィィ!」
ザザァァと靴を引きずりながら後退したイルムは地面に手をつき、すぐさま竜達を観察する。
「傷もある、火傷もしてる……だが決定打が足りない」
竜達は互いの攻撃を受けていることもあり、その体力は削ることはできているが残念ながら行動不能に出来る程の傷はつけることはできない。
だがそれでいい──。
視界の端で常にその場所を確認している。そしてイルムは漸くというように体を起こすと大きく息を吸い、小さく言葉をこぼす。
「俺を……見ろ」
「ガァァァァァァァ!!!」
注意を引け、意識を自分に向けろ。
イルムが挑発するように竜達に対して不敵に笑って見せると、竜達は激昂したように雄叫びをあげてブレスを貯め始める。
イルムは手を上げる。小指を下げ、開かれた四本の指は見ているであろうユリスに向けての合図。
四秒、四秒後。それがイルムが示した逃げるタイミング。
それを見せた瞬間、イルムは竜達を挟んでど真ん中を全速力で走り出す。
今までの経験上ブレスが収束し、放出されるまでの時間は知っている。一度放出してしまえば途中で中断することはできずそのブレスを出し尽くすしかない。
背中に這い寄る死神の鎌が首筋に連れながらもイルムは振り返ることなく、足を動かす。目の前に佇む未だに動こうとしない黒竜に向けて。
──四秒、イブとアイが洞窟から体を出す。
──三秒、翼をはためかせる。
──二秒、体を宙に浮かす。
──一秒、空に舞う。
「──ゼロ」
ドゴオォォォォォォン!!!
その轟音が鳴り響く中、イブとアイはそれぞれ三人の人間を背に乗せながらも、目にもとまらぬ速さで進んでいく。
縦一直線にきれいに並んだ二体の竜は土煙の中でもその速さを落とすことなく天井に開けられた竜にとっては狭いが通れなくもない、穴に入り込んだ。
彼らの速さではその穴も一瞬に駆け抜け、そして空に飛び立った。
燦燦と光を放つ太陽にイブやアイ、そして騎乗する彼らもまた天を仰ぐ。だからすぐに気付くことができなかった。
いやイブは気づいていた。自分のパートナーが自分の背中にいないということに。しかしイブは戸惑うことも驚くこともなかった。
彼女に頼まれた二人を無事に学園に戻すこと。
それにイブは信じている、彼女の力をそして彼の力も。
あとがき
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