26.黒竜『セオ』の激昂

「俺は大英雄ブリューナクの末裔、アリオス=アルペジオ! お前を迎えに来た! 俺と契約しろ! セオ!」


アリオスは怯えながらも一歩前に出ると堂々とした声で大きく名乗りを挙げた。


その手にはあの君の悪い左手が握られ、まるで見せつけるようにその左手の甲に刻まれた刻印をその黒竜に掲げた。


「…………──人間」


「「──!」」


喋った、その声がイルムとアリオスの頭を反響した瞬間、二人は言葉を失った。


 この感覚はイルムには見覚えがあった。ユリスの魔法と同じ意思伝達なのだが、ユリスの魔法は人間の間だけの物だ。


これは竜が別の生物である人間に意思伝達を使い話しかけている。全くの別物だ。


「誰にものを言っているのかわかっていないようだな」


人の声とは全く違う、ざらざらとしたノイズのような深みのある声。そして──。


「「──っく!」」


イルムとアリオスはまるで何か重たい物に潰されたように地面に押しつぶされた。


腕で体を起こそうとするがさらにのしかかる力が増加し、額が地面に落ちる。


その際アリオスの手から『その左手』が離れ、地面に落ちる。


「人間風情が身の程を弁えろ。しかし……かかっ、漸く来たか愚か者」


黒竜はまるで待ち侘びた人が来たかのように呟くと腕を伸ばした。すると『その左手』は何かに引き上げられるように宙に浮いた。


アリオスの元から離れてしまった『その左手』が一人でに黒竜の手に収まった。


「忌々しい、死んで尚我を縛るか。だが……百年、百年だ。漸くこの時が来た。……ブリューナクの末裔と言ったか、貴様には良くやったと言ってやろう。──これで人間を滅ぼせる」


そして、黒竜は『その左手』を何の躊躇もなく粉々に握りつぶした。


その大きな手の中から僅かながらに骨が砕ける音が聞こえる。


それはまるで均衡を保つために作られた壁を破壊したような崩壊音のようだ。イルムの生物としての本能が告げる。


絶対強者へ服従しろとそうでなければなら死ぬと。


 そして骨が全て砕かれた時、黒竜の手の中から何か光った粒状のものがいくつも浮き上がった。


それは本来の所有者に帰るようにゆっくりと吸収され、黒竜の体の中に溶けていった。すると黒竜の体が稲妻のような閃光を含んだ黒炎に包まれた。


ボワっと燃え上がった黒炎は倒れているイルム達に異常なほどの熱気を感じさせるほどのものだった。


 その黒炎が晴れた時、そこにいたのは黒き王だった。


黒い鱗に包まれた体、大きく広がった二枚の翼、真紅の奥に黒い濁りが見える瞳。


黒竜の体に残っていた傷も欠損部も全て綺麗さっぱい消えており、そこには完全体の美しくも艶やかで、そして絶対的強者である風格を露わにした黒竜がいた。


 ──別格だ。


そこ等辺にいる竜なんて子供にしか見えない、それほどのオーラを纏い、威風堂々とした黒竜にイルムは唇を噛みしめる。


震えている、本能が逃げたいと叫ぶ。しかし、イルムにはここを引くことは許されない。


引くということは任務を放棄すること、そして心に刻まれて約束を破ることになる。それはイルムにとって死んだも同然のことだ。イルムは死ぬわけにはいかない。


「ここにいる人間をすべて殺せ。我は先に行く」


黒竜は大きな翼を広げた。それだけでもイルム達にかかる風圧は尋常ではない。


そして黒竜の言葉に従うようにイルム達を囲む六体の竜が口を大きく開ける。


「ガアァァァァァアアア!」


口内に蓄えられたその光の塊はその大きさと威圧さが増していく。


「おい! 起きれるか!」

「ぐ、ぐぅぅぅ」


イルムの声にアリオスはその重力に抗うように体を動かそうとするが、その恐怖に打ち勝てないのか腕に力が入っていない。


 そうこうしていると竜たちは何の躊躇もなく、ブレスを放出する。


六つのブレスがただ一点に収束するように着弾し、轟音と振動がイルム達を襲う。地面が砕け、土煙がその空間を包む。


竜たちの口から吐き出される白い煙幕がじわじわと消えていくと、それと同様にあたりを包んだ土煙もまたパラパラと地面に落ちきる。


「ふん、ブリューナクの末裔というからどんなものかと思えば……奴の血は何も残せなかったみたいだな」


黒竜はブレスの着弾点を横目で見ると、そう呟く。


それはどこか期待をしていたような言い草だが、すぐに興味をなくしたように今度こそ翼をはためかせ、その重たく大きな体を浮かび上がらせた。


 しかしその瞬間、黒竜はある違和感に気づく。基本的に竜という生き物はすべての器官が人よりも敏感だ。


視覚も聴覚も触覚も、その他もろもろが人間とは比べられないほどのものだ。だからこそ感じた違和感。空気の風向きが変わった。


––––そして、黒竜の頭に何かが落ちてきた。


「まぁ、そう急ぐなよ。もう少し遊んでいこうぜ、セオ」


「––––! 貴様は……」


イルムはどこかひきつったような顔をしながらも挑発するように言い放つ。


しかし黒竜はそんなイルムよりもその言葉に意識が向く。蘇る忌々しい記憶。思い出したくもない二百年前の記憶。


ギロッとイルムの方を向いたが、黒竜は全く別の人間を見ている。幸か不幸か、そのおかげで黒竜の興味はイルムに向くこととなる。


「ブリューーーーナクゥゥゥゥゥ!! 貴様ぁぁぁ!!」


突然今までの落ち着きをなくし激昂した黒竜に驚きついつもイルムはその場をすぐに離れる。


黒竜はまるで暴れるように体を動かすと顔を上空に向け、まるで暴発するかのようにその特大のブレスを放つ。


鱗と同じような新妻を宿した黒炎が天井を穿った。


 ガラガラと音を鳴らし、瓦礫が落下していく。そして、黒竜の頭上の大きな光が差した。


これはイルムにとって千載一遇のチャンスが訪れたと言える。


光が差すということは地上につながっているということ。ここは湖から離れているということ。


 そしてイルムの脳内にユリスの声が届く。充満した竜の魔力が外に流れ出したことで、ユリスの魔法がようやくイルムにつながったのだ。


「──どうなってるの⁉︎」


「……あんまり、頭の中でぎゃあぎゃあ騒ぐな。塞ぎようがなんだから」


一筋の光にイルムは心なしか安堵の息を吐いた。



あとがき


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予定では34話で一部は完結します。現在二部執筆中ですが、完結後二日ほどお休みしますのでよろしくお願いします。それからは毎日一回更新すると思います。

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