25.気味の悪い左手

 それはイルムがユリス達のもとから離れた時に遡る。


イルムは魔力光が届かない場所まで来ると方向を転換させ、奥につながる細い洞窟の壁に寄り掛かるとを待った。


これは根拠がなく、イルムの勘によって考え付いた仮設。しかし、しばらくして脳内でユリスの報告が聞こえたことで確信に変わる。


 そしてイルムの待ち人は案の定、イルムの目の前に現れた。


「止まれ、アリオス」

「––––!」


魔力光から離れていることで、今イルム達がいる場所には光がほぼなく、足元もおぼつかない。


ましてや人が居るなんてわかるわけない。アリオスは驚いたように声にならない、息を引くような音がイルムの耳に入る。


「ここで何をしている、『加護無し』」


「お前を待っていた、って言えば検討はつくか?」


「……何のことだ?」


アリオスの声に緊張が走る。誘い出されたことはイルムのその言葉にすぐ分かった。


「さぁ? 理由は知らん。だが、お前が何か知っているのは分かっている。お前の湖でのおかしな行動はそう思わせるには十分だろ」


あの特大の竜巻が発生する瞬間、アリオスはわざとイルム達の方に寄ってきたように見えた。


そしてまた、アリオスへの竜巻発生の不自然さはその疑いを促進させる。


「知らないな。それより早く戻った方がいいだろう。先輩達が心配してしまう」


「……ま、そうだな」


彼の言葉に確かにと溜息を吐いてイルムはアリオスの横を通ろうとした。


そしてアリオスは拳を握った。


「──っ」


振りかぶった拳は無防備に背中を向けるイルムの頭に向けて振り下ろされた。


 しかし、それに当たるほどイルムは警戒していないわけがなかった。振り返ったイルムは流れるようにその拳を避けると、アリオスの手首と襟首を掴むと勢いそのまま薙ぎ倒した。


「ガッ!」


つい昨日の決闘と同じ状況にイルムは既視感を感じながらも拘束するためにアリオスの胸を膝で踏みつけ体重を乗せようとした。


しかし、その足に力を入れた瞬間イルムはその違和感に眉間に皺を寄せた。


「ん?」


制服の内ポケットに硬い何かを感じ、イルムはもがくアリオスをよそにそこに手を突っ込んで奪い取った。


 それは四角い細長い箱のような物だった。その箱には刻印のようなものが刻まれており、それを手で確認する。


少し振ってみるが中は一杯に入っているのか、空なのか音という音はしなかった。


「返せ!」

「中身はなんだ?」


「お前には関係ない! それは俺の物だ!」

「いや、そうなんだけど……怪しさムンムンなんだよな」


イルムは今度こそアリオスを拘束すると、その箱を気持ち悪そうに観察する。どう見てもお守りとか、そういう物ではない。


「もう一度聞くが中身は何だ?」

「……言わない」


「その言い方だと中身は知ってるのか。ふ〜ん、お前の目的に必要な物っていうことか。……ん? そういえばお前の目的って何だ?」


イルムは今思い出したかのように最初に聞かなければいけない疑問を口にする。


「昨日の模擬戦からして、お前は強さに拘ってるみたいだがそう言う感じか? 武力もそうだが、立場的な強さも欲しているみたいだしな。ん〜、それを鑑みると……竜か」


イルムは箱をクルクルと手の中で回しながら、そう検討をつけた。


 竜騎士にとってパートナーである竜の力は絶大だ。竜が強ければそれだけパートナーである人間の力も強くなる。


その逆も然り。


自分はこれから強くなろうとすればいくらでも強くなれる。しかし、竜はそうでもなく人とは違い生まれ持った魔力によって成長限界が変わり、体や知能、そして力に差が出てくる。


だからこそ多くの竜騎士を目指す物はより大きな魔力を持つ竜をパートナーになりたくて自分を磨き竜を認めてさせようとする。


「……俺には時間が無いんだ。お前等のように呑気に学園で遊んでる暇はない。俺は誰よりも強くなって父上の跡を継ぐ。そして聖竜騎士団長にならなければならないんだ」


「お前の親父さんは確か……竜騎士だったな」


「そうだ、俺は父上を超える……かの英雄をも超える竜騎士になるんだ。それが。だから──そこを退け、俺の邪魔をするな平民!」


「うおっと……急に立ち上がるな、危ないだろ」


アリオスが声を荒げて立ち上がったことでイルムはふらつきながら、少し間を開けて立った。


アリオスは何かに追い立てられるように焦ったようにイルムの手にある箱を取り返そうと手を伸ばした。


 そしてその瞬間、その箱が眩い光を放った。箱というよりは箱に刻まれた刻印がまるで染み渡るように徐々にその光が刻印を描き、そして刻印が全て光った時その箱は一人でにパカリと開かれたのだ。


「──! そんなことあるかよ、クソったれ⁉︎」


中から出てきた物にイルムはその気持ち悪さからそう吐き捨てた。出て来たのは手だった。恐らく人の物。


手首から先だけで、肉は全てなくなっており骨と皮だけが残った手。そして何よりも驚くべきことはその手の甲には竜の刻印が刻まれていたこと。


 そしてイルムは突然の息苦しさに膝をついた。


「ガハッ、はぁ、はっ、はぁ」


まるで心臓を握られた感覚にイルムは困惑と混乱で視界がぼやける。


それを見計らったようにアリオスはイルムの手からその箱と手を奪い取り洞窟の奥なの方に走っていってしまう。


「ちょ、待て。はぁ、はぁ、んく」


手を伸ばすが思うように力が入らず、体が地面に倒れかかる。


イルムは地面に手をついて、何とか息を整えようとするがその息苦しさは増すばかり。


酸欠を引き起こしているイルムは意を決したように自分の胸を思いっきり殴った。


「うっ!」


肋骨を折るような勢いで殴ったことでイルムはその痛さに苦痛の表情をするが、地面に額を落としてゆっくりと深呼吸する。


「はぁ、はぁ、はぁ。ふぅー、よし」


気合を入れるように顔を上げたイルムは顔に流れる汗を拭き、立ち上がる。


「あぁもう! こっちからじゃユリスに連絡取れないだよ。絶対後で怒られる⁉︎」


そう愚痴りながらも重たい体を動かして、前に進もうとするが前方から聞こえて来たその竜の雄叫びに目を見開いた。


「グァァァァァァアアア!!」


「……おいおい、勘弁してくれよ」


洞窟を抜けた先に待ち構えていたのは当然のこと竜だった。その竜の数は七体。


イルムとそして先に行っていたアリオスを囲うように六体の竜がこちらを睨みつけ、そして最後の一体はまるで王の間というような場所に憎しみを全面に押し出したようにアリオス一人を睨みつけていた。


 ──それは黒竜だった。


翼はもがれ、両目には刃で切られた傷が残っており目が開けていない。胸にもバツ証のように深い切り傷があり、満身創痍とも言える状態だ。


しかし、その雰囲気はただならないものであり、イルムの本能は警戒の鐘を響かせる。


「俺は大英雄ブリューナクの末裔、アリオス=アルペジオ! お前を迎えに来た! 俺と契約しろ! セオ!」


そんな中アリオスは感極まったようにその手に持った左手を黒竜に見せつけた。



あとがき


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