31.魔剣バルムレイヤ
幾つもの黒炎がまるで何かを追うように右往左往と飛び交う。
地面や壁は凸凹に歪み、まるで隕石でも降って来たようにクレーターが生成されている。その地面はつい数分前まで平だったのだが、見る影もない。
黒竜が帯びている稲妻は無作為に周囲を破壊し、ブレスは世界を一変させる。そんな中を二人の影が一心不乱に走り回っている。
「やばい、やばい、死ぬ……絶対死んだ!」
「何が倒すよ! こんなの無理! 私の力でもかすり傷すらつかないじゃない⁉︎ どうするのよ⁉︎」
「知るか⁉︎ こちとら逃げるだけでも精一杯なんだよ⁉︎」
二つの影、イルムとリアナはそんな文句を言いながらも背後から迫る稲妻とブレスを避ける。地面は爆発する様に破壊されていることで足場は瓦礫が多くて、逃げるのも一苦労だ。
しかも黒竜は魔力探知によってイルム達がどこに隠れてもその背中を確実に捕らえ、攻撃してくる。
だからイルム達は常に走り回らなければならない。
イルムはリアナと同等の速さで、いやどちらかというとリアナが魔法の身体強化でイルムに合わせていると言う方が正しいのか。
そんな側から見たら異常な状態は黒竜という強敵を前には気にすることもできない。
「あの鱗、私の魔法を打ち消すみたい! これじゃあ手も足も出ないわ!」
リアナは何度かその白いオーラを使い遠距離で攻撃したが、その攻撃は鱗に当たると、ことごとく消されていた。
その消される様子にイルムは見覚えがあり、これではジリ貧だということにすぐに気づく。
黒竜は今周囲すべてを巻き込むように無作為に攻撃している。そうなるとこの地下洞窟が崩れる、そして何よりリアナが危ない。
だからこそ、イルムは逃げることをやめる。彼が足を止めたことにリアナは驚いたように振り返る。
「……やめた。ちょっと突っ込んでくる……このまま逃げといてくれ」
「はっ! ちょっと、どういう──」
リアナが聞き直そうとした瞬間、イルムの姿が掻き消えた。物はいいようだがたしかにリアナの視界から消えたのだった。
「ガァァァァァァァ!!」
「まぁ、そう怒るなよ。少し話をしないか? もしかしたらお互いすれ違いしてるかもしれないだろ?」
リアナの前から姿を消したイルムは黒竜の前に現れる。稲妻はまるでイルムを避けるように落ちていき、彼は気にすることなく黒竜に笑って話しかける。
それはイルムの本音だし、できるなら穏便に終わらせたい。本気で戦うとなれば、おそらくこの学園は吹き飛ぶことを避けられないだろう。
しかし、そんなイルムの誘いが逆に黒竜の記憶が刺激され、逆鱗に触れた。
「黙れぇぇぇ!! 貴様のその態度がアイツに似ている! 忌々しいその目も、その身に纏う雰囲気も何もかも! 我の邪魔をするなぁぁぁ!!!」
黒竜は激昂すると全身をリアナのようにオーラが纏う。しかしそのオーラは真っ黒でとても禍々しい。イルムはそんなオーラに前から包み込むように全身を覆われかける。
「──っ!」
その瞬間、まるで何かを流し込まれるようにイルムの頭の中に入ってくる、小さいような大きな何か。
いや、それは黒竜の記憶。幼くまだ成長しきっていない黒竜に話しかける男の姿。そしてさまざまな男との生活の記憶と戦場を駆け抜ける光景。
そして──別れの記憶。
『いつかお前を見つけてくれる誰かが、必ずここに来る。セオ……今までありがとうな』
それは黒竜に最後にかけられた言葉。それを言う男の顔は見えないが確かにその頬には涙が溢れていた。そして黒竜もまたもう会えないのだと、涙を流していた。
「かっ!」
イルムは黒い奔流に飲み込まれそうになる中、長い間息をしていなかったようで空になった肺に空気を入れると、すぐにそのオーラから逃れるように全力で後方に飛んだ。
足場の悪い中、なんとか着地することができたイルムは顔を手で覆う。
「はぁはぁ、なんつうもん見せるんだよ。……だが」
──俺と似てる。
記憶に出てきた男ではなく、あの黒竜が。そう思ったイルムはまるで黒い奔流に振り回されるように力を爆発させる黒竜を見つめる。
そんな中、黒い稲妻がイルムを捉える。イルムは咄嗟に避けようとするが足場の不安定さがここでイルムに牙を剥く。踏ん張った岩がイルムの体重を支えきれずに崩壊した。
「──チィ!」
「ちょっと! 大丈夫なの⁉︎」
しかし、稲妻がイルムの体を貫く寸前にその間に割って入ったリアナは白いオーラを伸ばした手に集めたことで、その稲妻を打ち消した。
「あ、あぁ。……大丈夫だ。それよりもなんかしくじったっぽい。完全に力に飲まれてる」
しくじったというのは半分嘘だ。黒竜の説得は全く意味をなさなかったが標的をイルム一人に絞らせることには成功しているはずだ。
「……はぁはぁはぁ、昔の私と、同じ」
心配したように現れたリアナは荒い息を吐きながら複雑そうな顔でそう呟く。
リアナもまた魔法の暴走に嫌気をさしていた過去があり、それを乗り越えて今のリアナがある。
黒いオーラが黒竜の意思を汲み取り、暴走する姿はとてもあの時のリアナに酷似していた。
「感情の爆発、竜でも自分の力に飲まれるんなんて聞いたことがないわ」
「アイツは多分、他の竜とは全く別物みたいだからな。知能も力もそして心も。……それにそれだけとは限らない」
「どうしたの?」
イルムの神妙な顔にリアナは不思議そうに声をかける。どこか集中出来ていない、遠くを見るような目でつぶやいたイルムに違和感を感じていた。
「……助けてくれる、か。ふざけた男みたいだな、英雄って奴は」
「えっ?」
呟かれたイルムの言葉にリアナはよくわからない声を上げるがイルムは彼女を無視して再び考えるように腕を組む。
「とはいえ、ここで死ぬわけにもいかないし、野放しにしたらネイが危ない…………くくっ、これはありよりのありだろ」
「な、なに気持ち悪い顔してるよ? イルム君」
ニヤリとまるで悪知恵を働かせた少年の顔にリアナはものすごく引いた表情でそう言ってくる。
イルムはムッとした顔になると背けるようにそっぽを向いた、というより何かに気づき天井を見上げた。
「リアナ……これから起こることは黙っててくれると嬉しいんだが?」
「どう言うこと?」
「今から俺がすることなすことを黙っていてくれって言ってるんだ」
イルムは天井をウロウロと見つめながらそう言うがリアナは話の意味をよく理解できなかった。
しかし、これ以上聞き返してもいい返答が返ってくるとは思わなかったからか唇に人差し指を当てて頷いた。
「良いわよ。私、口は硬いの」
「そうか。なら──良かった」
チャリン
そんな鈴が鳴ったような音と同時にイルムとリアナの周囲に物凄い風が吹き抜けた。
「きゃっ! な、何!」
リアナは黒竜から目を離すことなく警戒していたにも関わらず突然吹いた謎の風に驚いたように荒ぶる紅髪とスカートを押さえながら声を上げる。
「……ナイスコントロール、流石だな。お前もよく来てくれた」
そんなリアナをよそにイルムは少し嬉しそうに右手を横に伸ばした。そしてその瞬間、一本の黒い剣が風に乗るようにその手にパシンッ! と収まったのだ。
「バルムレイヤ、久しぶりにお前の本気が出せるんじゃないか?」
まるで剣に話しかけるようにかけられた言葉は風に攫われる。
そんなイルムを呆然とみていたリアナは口を開いて閉じるを繰り返し、何を言ったら良いのか整理できていないようだ。
「どうした?」
「ど、どうしたって、そ、その剣どっから現れたの⁉︎」
「風に連れてこられたんだ。剣が一人でトコトコ歩いてくるわけないだろ」
イルムは小馬鹿にしたように肩を空かせて、はぁ、とため息を吐いて見せる。頬を引き攣らせたリアナは白いオーラを拳に乗せ、イルムに向けて振りかぶる。
「あ、うそうそ、冗談。つっても秘密。さっき言っただろこれから起こることは質問も抗議もそして口外も許さないねぇって。約束は守れよ第三王女」
「…………イルム君って何者?」
「そんなことどうでも良いだろ。……これから三年間同じ学園に通うんだ。そん中で徐々に知っていけば良い。……っつうことで」
「──!」
イルムはリアナには見えないほどのスピードでその首後ろに手刀を放つ。
リアナは驚いたように目を開くと、まるで理解できないと言う顔をするとゆっくりとその意識を失いかけていく。
「魔法の使い過ぎだ。顔が真っ青になってるぞ。俺に合わせて魔力の調整をしてたらそうなる。
…………ありがとうな、俺を守るためにそのオーラで飛び石とか稲妻を打ち消してくれてただろ、助かったよ。
後は、俺に任せてお前は少し休め。起きたら全部終わってるから」
「い、るむ、くん……」
何かを耐えるように紡がれたイルムの名に当の本人は彼女の背中と膝裏に手を入れて持ち上げ、微笑む。
意識を失った彼女を確認したイルムは瞬時に洞窟内の凸凹とした窪みに寝かせる。
「ふぅ」
暴れ回る黒竜はまるで理性を失い呻くように叫び声をあげる。その様子はとても苛立ってそうで、苦しそうで……そして悲しげだ。
イルムは魔剣バルムレイヤを腰に差し、その剣身を円を描くように引き抜いた。
その真っ黒な鞘から現れた艶やかで優美な黒い刃。なんの変哲もないどこにでもあるような剣、しかしそれを抜いた瞬間黒竜の雰囲気が一変することになる。
「ガァァァァァァァ!!」
「さて、まずは大人しくしてもらおうかな」
あとがき
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