32.互いの心に残る失った人

「ガァァァァァァァ!!」


それまでただ暴れるだけだった黒竜は再び目的を持ってイルムに照準を合わせる。


このバルムレイヤはただの剣ではない。イルムがこれまでに屠ってきた竜の数はその実五十体を超えている。


そしてこの剣はその全ての鱗を、肉を、そして血を切り裂きその命を奪ってきた。そんな同胞の濃厚な血の匂いに黒竜が警戒しないわけがない。


「ふぅぅ、──!」


イルムが大きく息を吐いた瞬間、その影はまたしてもかき消える。現れた場所は黒竜の目の前、のはずだっが黒竜は二度も同じ手に引っかかるほど馬鹿ではない。


 漆黒のオーラが黒竜を守るように現れたイルムへと襲いかかる。そのオーラは触れたもの全てを粉々に消滅させる。


そんなオーラは容赦なくイルムを囲い込む。しかし、イルムの足は止まらなかった。


着地したと同時に黒竜の懐に入り込む。漆黒のオーラはイルムに近づいた瞬間、そのオーラの方が木っ端微塵に切り裂かれた。


 ──魔剣バルムレイヤ。


この魔剣の前では全ての魔法は意味をなさない。魔力を斬る魔剣。竜や竜騎士を殺すことに特化した剣。


この魔剣は国のものではなく完全にイルム個人の所有物だ。


 魔剣バルムレイヤはイルムが戦場の中、竜を初めて殺し、全身に竜の血を浴びていた。その時、魔剣は先ほどのようにどこからともなくイルムの元に現れたのだ。


その禍々しい雰囲気と不気味な様子にイルムは難色を示したが、彼は迫りくる竜に咄嗟にその魔剣を引き抜いたのだ。


まるでその剣が最初からイルムの剣であったかのように。


「あぁ、思い出した。『あの左手』から吹き出したあの威圧感と、黒竜の黒いオーラ、……どこか見覚えがあったと思ってたが、お前かバルムレイヤ」


あの日バルムレイヤを引き抜いた瞬間味わったあの全身を隈なく何かが浸透していく感覚は、あの左手の魔力と黒竜から放たれる瘴気にも似た漆黒のオーラが与えるものと酷似していた。


当たり前だ。魔剣バルムレイヤの元は黒竜であるセオの鱗と牙からできているのだから。


「因果なものだな。––––とりあえず意識を戻せっ!!」


片足を踏み込んで飛び上がったイルムは魔剣によってその道を切り開き、そして黒竜の脳天めがけて魔剣バルムレイヤを叩き落した。


ゴンッ!! という硬く鈍い音が鳴り響いた。


黒竜の頭に落とされた刃は鱗を一枚剥がす程度しか傷をつけられなかった。しかしそれでも黒竜も史上最強の生物だとしても普通の生物としての作りに変わりはない。


脳を揺さぶられれば、いやでも頭がリセットされる。しかしどうやらこの黒竜は普通ではないようだった。


「グァァァアアアアア!!」


「っはぁ⁉︎」


イルムの攻撃にいもせず、黒竜はその自由自在に動く尾でイルムを振り払った。


黒剣を盾にするが宙に浮くイルムには踏ん張る場所はなく、払われるまま吹き飛ばされてしまった。


「──かはっ! ……ぺっ、イッテェ」


肺から空気が吹き出し、そして空気と共に口から血が垂れる。壁にめり込んだ瞬間、その周辺の壁に入ったヒビはその威力がどれほどのものか理解させる。


しかし、イルムは口元の血を拭うとすぐに体を動かし回避行動を取る。イルムのいた壁には収束されたブレスが突き刺さる。


普通のブレスのような広範囲ではなく一点集中した収束ブレス。それは壁を貫通している。しかも、その貫通場所はイルムの頭があった所。


イルムは冷や汗を流しながらも、黒龍からの攻撃を避け、時に斬り捨てる。そんな中でもイルムは頭を回す。


「脳震盪じゃびくともしない。一瞬で全身の傷を治すほどの治癒能力を持ってるなら、傷をつけたところで意味はないだろうし。……こういう奴は体力を削るに限るんだけど」


イルムは独り言を呟きながら、その視線は窪みの中で意識を失ったリアナに向ける。


あまり時間をかけられない。タイムリミットはリアナの意識が戻る、または竜騎士が駆けつけるまで。


「……力尽くじゃ、無理そうだなっ!」


黒炎がイルムを囲む。その数はとても一人で捌き切れる量じゃない。


しかし、イルムは竜殺し。その剣の腕も王国でトップクラスだ。殺さないという制限が課せられていない今、イルムの剣は音を置き去りにする。


──ブンッ!


そんな空気を切り裂く音が、聞こえる。しかし、既にその音源にはイルムはいない。


「ガァァァァァァァ!!」


「腕一本で大人しくしてくれると嬉しいんだけどな。らぁっ!」


再び黒竜の頭上に現れたイルムは、その荒々しく体を動かす黒竜の背中を蹴り飛ばした。


──ドカァァァァン!


黒竜の伸ばされた両手足をその力に押し潰し、頭すらも地面に落とす。それほどのイルムの蹴りに黒竜も混乱したように目を見開いた。


当たり前だ。たかが人間、魔法によって強化されてもこの黒竜を平伏させるなど出来るわけがなかった。


しかし、スタッと黒竜の眼前に現れた不敵な笑みを浮かべるイルムはさも当然のように黒竜の目の前に立つ。


「やっと大人しく──」


「ブリューナクゥゥゥゥゥ!! 貴様ァァァァ!!」


黒竜はその顔を見ると、怒りが頂点に来たように怒号のような声を荒げて、今にもイルムに食らいつくように大きくその口を開けて、鋭い牙を向けた。


「──」


──グチャ……ブシュ!


まるで果汁たっぷりの果物を握りつぶしたような音。それが黒竜の耳に届いた。そして黒竜は今自分の口の中にある物が何か理解する。


一方、イルムは頭から血が引いていくのを感じる。それだけの血が物理的にイルムの体から無くなったのだ。


そう失った、いや食われたのだ左腕を。


伸ばされたイルムの左腕は黒龍の牙によって噛みちぎられていた。激痛と貧血がイルムの五感を襲う。立っている事すらも苦しく、今にも意識を失ってもおかしくない。


 噛み付いた黒竜すらも何が起こったのか分からずに噛んだまま呆然としている。


「っふぅぅぅ、すぅぅぅ」


全身の力を抜くように息を吐き、深呼吸したイルムは右手に握った黒剣を手放すとゆっくりと黒竜の口元に手を置いた。


「いいか、俺を見ろ。お前がブリューナクのパートナーだったならわかるだろ。俺は加護も持ってなけりゃ、お前の魔力も貰っていない。俺は──ブリューナクじゃない」


真っ直ぐイルムはその開かれた紅玉の瞳と目を合わせ、冷静に真摯に語りかける。


 これはイルムの独断によって行われた身勝手な行動だ。本来なら黒竜を一刻も早く討伐するべきなのだろう。だがイルムはそれをしない。恐らく確実に相棒にも上司にも怒られる。


それでもイルムはこの黒竜を他人だとは思えない。


それに──。


「頼む、教えてくれ。お前の記憶の片鱗からとてもブリューナクに恨みがあるようには見えなかった。お前はどうしてそんなに恨みの感情を爆発させている。……俺はお前のようになってしまった男を一人知っている。俺はその男を助けることが出来なかった。


もし、もしもお前の中にいる何かの力が働いているなら、それを教えてくれ。俺はもう同じ過ちを繰り返したくない。……頼む」


それはもう懇願といえる。痛みとは違うものからくる苦しみに耐えるようなイルムの目に黒竜の瞳は動揺したように揺れた。


 そして、数秒の沈黙がイルムと黒竜の間に流れた。動く事ない二人の視線は何かに引き寄せられているようだ。


黒竜は未だ胸の内から溢れ出るこの破壊衝動を抑え込む。すると、ようやく黒竜はその眼前に立つ男の容姿をきちんと捉える事ができた。


だからこそ、黒竜は尚思う。似ていると。その瞳、その雰囲気、とてもよく似ている。だから黒竜は彼に苛立ちを覚える。そして彼を受け入れる。


「––––!」


イルムはその真珠のような紅玉の瞳が意識を取り戻したように色を戻したように見えた。


そしてその瞳がイルムをとらえるとなぜかイルムの頭にユリスとは少し違う魔法の感覚とともに小さく呼びかけられる。


小さく寂しそうに、求めるように––––ブリューナク……と。


まるで迷子の子供が親を探しているようなそんな瞳と声にイルムは無意識に優しく微笑む。


 そしてイルムは先程までの威圧的なオーラとは何かが違う、どこか柔らかく包み込むようなオーラに優しく呑み込まれた。



あとがき


面白そうだと思ったら星レビュー、応援、フォローよろしくお願いします!!


一部完結まで残すところ二話となりました。第二部更新までに一部完結から三日ください。まだ出来上がってないんです。すみません。


あと、カクコンの異世界部門は魔界と聞いてましたがもうすごいですね。トップの人たちは何なんですかね? 十話ぐらいで星1000とかやってらんないんですけど。


まぁ、読者選考で落ちないよう頑張りますけど……頑張りますけど!


とりあえず総合で300以内にいけるように頑張ります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る