21.そして誰もいなくなった

「ユリス! 下だ!」


イルムの切羽詰まったような声にユリスは条件反射のように確認もせずにアイに回避行動をとらせる。


そしてアイが体を傾けたとき、それは吹き上がった。湖の底から噴き上がったのは竜巻。


掬い上げるように現れた竜巻は次々とあちこちに現れる。イルム班もそうだが前方を行くアリオスの班にもそれは襲い掛かっていた。


 水底から現れるその竜巻は神出鬼没に表れ、竜を巻き込みその体を攫って行く。


羽に当たるだけでも態勢を崩すには十分で墜落していく竜が続出していく。


ユリスとリアナですらその突如現れるそれには回避が難しいようで、ぎりぎりすんでのところを避けていた。


 そしてナオとミラもまたギリギリではあるがなんとか立て直しを図っている。


「天変地異かよ。気合が入りすぎてて怖いよ。ゴールさせる気ないだろ、これ」


「無駄口言うくらいなら舌を噛まないように口を閉じていたほうが身のためよ」


ユリスはそう言うが、人知れず頭を回転させる。アイの背中をひと撫でし、その意を伝えるように瞼を閉じる。


一見無差別な発生に見えて、実はそうでもない。いくつか故意に発生しているように見える。


まず、竜が通ると必ずその真下から発生していることは見ればわかる。


そしておそらくその場所と飛行速度を予測して、進行方向にも竜巻を作っているのだろう。必ず竜の目の前に竜巻が発生している。


イルムの班はアーサーは置いておいてユリスとリアナ以外は疲れていて本来の動きが鈍くなっている。


それはユリスの落ち度だ。それら全ての条件下から考えれる作戦は一つ。


 ユリスはゆっくりとその灰色に近い濃い青の瞳を表すと、瞬時に行動を起こす。


「リアナさん!」


まずユリスはこの作戦の要であるリアナに声を掛けて作戦を伝える。彼女は目を見開いて驚くが、少し考える素振りをしてグッと親指を立てた。


「分かったわ。ミラには私がつく」


「そう、なら私はナオ君に」


二人は頷き合うとそれぞれ目的の人の元に旋回する。そんな会話が出来るほど二人は竜巻に対応してきている。


 ユリスがナオの元に並走するように近づく。


「ユリスさん!」


「ナオ君、私の後ろについて。竜巻は私が引き受けるから」


「──! で、でもそれじゃあユリスさんが」


ユリスの突然の提案にナオは眉を顰め、ユリスの負担が頭を過ぎる。しかし、当のユリスは申し訳なさそうに顔を俯かせる。


「その……私が考えなしに飛ばしてしまったせいでナオ君達に無理をさせたわ、ごめんなさい。まだ竜に触れて一週間のナオ君達を振り回してしまった。だからこれは私からのお願い、私にナオ君をサポートさせてくれないかしら?」


いつもの冷たい眼差しではなく真剣で暖かさのある目にナオは驚いたように口を開けた。


ナオが見てきたユリスという女性像というものがこの態度によって大きく変わったように見える。その何処か人間味のある表情にナオは見惚れてしまったのだ。


「……ナオ君?」


「──! えっと、うん。じゃあお願いしてもいいかな? 僕、実は結構フラフラで……ごめんね、守ってもらってばっかで」


「一つ勘違いしてるようだから正しておくけど、はっきり言って竜と仮契約状態でアイについてこれた時点でとてもすごい事なのよ。……誇っていいわ。貴方は必ず強くなる」


ユリスはナオの目を見て、イルムでも見たことない微笑を見せる。そんな微笑みにナオは今度こそ顔を赤くした。


そんな様子に下から見ていたイルムもまたなんだかむずむずする感覚に襲われ、少しだけ目元を緩めた。


 それだけ言うとユリスは少し速度を上げてナオの前につく。


「お前、あんな優しい言葉かけられるんだな。知らんかったわ」


「……貴方は絶対に言わない言葉ね。忘れなさい」


なぜか少し不機嫌そうに答えるユリスは脳裏に昔、彼に言われたことを思い出していた。



『軍人学校で優秀だったから実戦で失敗しないなんてありえないんだよ。

あぁ、勘違いするなよ。部隊に入って初任務で小さな失敗はあったもののちゃんと任務を完了させた。誇っていい、お前は優秀だよ。だから一年もしないうちに力をつけるだろうな。

だがま、俺を殺したいならもっと頑張るんだな。……期待してる』



ユリスがイルム達の部隊に入隊してすぐのこと。ある任務での失敗を気にしていたユリスに付き添いとしてついてきたイルムが頭を掻き、背を向けながら彼女にかけた言葉。


不器用だが励まそうとしているのが分かるそんな言葉を今でもユリスは覚えている。とはいってもイルムはどうやら覚えていないようだが。


 イルムはいつものユリスの対応に不貞腐れたようにため息を吐く。リアナの方を向くとどうやらあちらも同じようにミラの前に出ていた。


ユリスの作戦はこうだ。竜巻は竜が通ると反応するが、その反応は早いが連続で現れることはない。


だからユリスとリアナが竜巻の回避を受け持つことで後ろにいるナオとミラは竜巻を受けずに進めるということ。


理にはかなっているがそれだけ前を行く二人には負担がかかることは間違いないだろう。


「これ……俺への負担もすごいが。…………しかし、なんかおかしいよぁ」


イルムは前方を飛ぶアリオス班に目を向ける。アリオスの班はすでに半壊しており、飛行しているのはアリオスとその少し後ろを飛ぶ上級生のみ。


人が減っているのはどうでもいい、そうではなくイルムが違和感を感じるのは竜巻の発生だ。


追い立てるように発生するのはイルム班と同じだが、進行方向に現れる竜巻の発生にムラがあるのだ。まるでどこかに誘い込むような、逃げ道を作っている。


しかもアリオスだけに。


「不正? いや……取り巻きが含まれていないし、それに不正するようには見えなかった。ん~」


頭を悩ます様に腕を組んで考える姿はどこか凛々しく知的なように見えるが、その実アイの手に捕まれ激しい動きにブランブランと揺れているイルムの絵はシュールなもの以外にない。


 そんなイルムと同じようにイルム班を監視するアーサーもまたアリオス班に違和感を感じていた。


監視役である上級生は監視する班からは一定以上離れてはいけない。しかしアリオス班を監視する上級生との距離はどう考えても遠くなりつつある。


アーサーの目からはまるで上級生の竜の足を止めるかのように竜巻が意図的に襲い掛かっているように見えていた。


とはいえそこは上級生、すぐにちゃんと修正し、距離を一定にして飛んでいる。


「どういうことだ? ここの担当教師はレイモンド先生のはず。……あの人は何を考えてる?」


そう口にするが今は確かめようがない。アーサーは警戒しながらもユリス達から離されないようにその動向に目を向けるのだった。


 しかしイルムとアーサーがどれだけ警戒したとしても、防げないこともある。


そう––––まさか二つの班を包み込むように巨大な竜巻が現れるとは誰も思わなかっただろう。


「「「「––––!」」」」


「ちっ! やられた!」

「きゃぁぁぁぁ⁉」


その竜巻の嵐は上空にいる竜すべてを巻き込み、渦を巻く。


天にも昇るようなその竜巻は周囲から隔離するよう現れ、イルム班とアリオス班、そして上級生二人もギリギリ範囲内に入ってしまった。


そして完全にその渦に飲み込まれ竜は制御を失ってしまう。


しかし、その中で唯一イルムとユリスはアイコンタクトを交わす。


緊急事態によって独自の判断でユリスは魔法を使いイルムと脳内で言葉を交わす。


それと同時に魔力探知も発動させるとユリスは驚いたように目を見開いたが、冷静になるために唇を噛み締めている。


「ユリス、分かるか?」


「えぇ、竜……ね。それも多分一体だけじゃない。それにその中の一体だけ感じたこともない、そこら辺の竜なんて目じゃない魔力……何なのこの魔力量は……ありえない。これほどのものになぜ気づけなかったの?」


ユリスは彼らの存在に気づいたもののどこか認めたくないように言う。


しかし、それはイルムもまた同じだった。大きな竜巻によって包まれた瞬間、心臓を鷲掴みされたような感覚とそのどこか懐かしいと感じる感覚に戸惑いを見せる。


「……やっぱりか」

「どういうこと?」


イルムのその言葉にユリスは聞き返す。


ユリスの魔力探査による魔法で竜の存在を聞かされる前に知っていたような発言をするイルムは苦い顔をする。


何かが流れ込んでくるような気持ち悪さがその穴から感じられた。


「分からん。だが知ってる、この感覚どこかで……––––!」


イルムが答えを出す前にその光景が目に入った。竜の紋様だ。湖の底に円を描くように描かれたその紋様にイルムは目を見開く。


それはリアナを監視していたネズミ、そして昨夜イルムを襲った狼の瞳に刻まれた竜の刻印に酷似している。


そのことをイルムが理解した瞬間、その紋様は酷く禍々しい黒色に輝くとまるで消えるように湖の底にぽっかりと大きな穴が開いた。


イルムの視界に広がったそれは真っ暗で深い、底知れぬ闇を感じさせる。


 穴が開いた瞬間、とぐろを巻いた水がそこに流れ込むことでイルムたちはその力に吸い寄せられるように引っ張られる。


竜すらも吸い込むほどの穴へと引っ張る力は強大なものでイルム達人間ではなすすべなく、底に沈んでいくことになる。


──そしてイルム達は闇に溶けていった。


 イルム達が穴に入るとその穴は一瞬ぶれるように歪むと何もなかったようにその穴が埋まり、先程まで登っていた竜巻すらも風に吹かれるようにきれいに散ってしまった。


そこに残されたものはなにもなく、総勢八人の生徒達と七体の竜の姿はどこにもない。


波も立っていない静かで穏やかな湖がそこには広がっていた。

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