18.交流会の開始前
それが起こったのはイルムがアリオスの決闘を受けた夜のこと。男子寮の消灯時間はとうに過ぎており、誰もが寝静まった深き夜にイルムもまた眠りについていた。
低反発で硬いベットを寝苦しそうに寝返りを打つ。
そんなイルムの個室に一つの影が忍び込む。どこから入ってきたのかは明白。窓からだ。
閉められていたはずの窓は全開に開けられており、外からの涼しい風が入り込み、薄いレースがふわりと翻る。
その影は月明かりの影によってその容姿が映し出される。
四つん這えで毛量の多い尖った毛並み、頭部に生えた二つの耳、そして自由に動く尻尾。──狼だ。
涎が滴る鋭い牙をチラリと見える。
闇に紛れるその姿から唯一光を反射する瞳には赤色の竜の刻印が刻まれていた。
しかもそれは以前イルムが撃退した正体不明の刻印と同じもの。その刻印の奥に見え隠れする闇は寝ているイルムを捉えていた。
「グルルル」
イルムの所作を観察するようにじっと見つめ、彼が完全に寝ていることを確認した瞬間、その狼は牙を剥いた。
「ガァァァ!」
寝ているイルムに飛びかかるように迫り来る狼は口を大きく開け、その硬く鋭い牙が月明かりを反射する。
その瞬間、狼の視界の端で一筋の光がこちらに向けて迫ってくるのが見えた。
──そして、狼の頭蓋にポッカリと穴が空いた。
「──」
狼は何が起きたのか、感じることなく一瞬で絶命した。
「……どうだった? ユリス」
狼が絶命してしばらくすると、イルムはムクリと起き上がりそう独り言を呟く。
するとすぐに苦い顔になると小さなため息を吐いた。
「……そうか。しかし、今になって俺を狙ってくる理由は……交流会の班だよなぁぁ。まぁいいや。多分今日のところはこれで終わりだろ。お前の存在は気付かれてないだろうし、予期せぬ死を警戒しないわけがない。……ん、交代の時間だ。お疲れ」
イルムはそれだけ言うと立ち上がると、頭から血を流す狼を見下ろす。
すでに瞳には刻印が失われており、ユリスの魔力逆探知も失敗に終わったようだった。
「全く、動物をなんだと思ってんだ」
イルムはそんな怒りの籠もった声を出すと狼を腕に抱えるとそのまま開かれた窓から飛び降りた。
彼はまたしても埋葬するのだろう。動物に罪わないのだから。
※
広大な自然の広がる大地には多くの人と竜が集まった塊がいくつも間を開けて作られていた。塊は一組の人と竜を囲うように五組の彼等が丸く並んでいた。
イルム達の班もまたその塊を作り、中心に見覚えのある男性と初めて見る黄色い竜が座っていた。
「まさか……君達の班の担当になるとは思っていなかったよ」
「まぁ、一番何かやらかしそうな班ですしね」
上級生のアーサーの言葉にイルムは制服の胸についたバッチに手を添えながらそう返す。
そのバッチはそれぞれの班のリーダーに与えられる。そしてバッチにはクラスの番号が刻まれており、色は赤、青、黄、緑の四色に分かれている。
そして班のメンバーの腕にはその色のバンドが巻かれている。
ちなみにイルムのバッチは青色だ。
イルムの胸にあるバッチを見たアーサーもまた苦い顔になる。
当たり前だ、アーサーはイルムが竜を持たないことを知っているのだ。この役割に向いていないことは明白だ。
「えっと……責めるつもりはないけどイルム君がリーダーで合ってるのかな?」
「そうです。彼が私達の班のリーダーです。班のメンバー全員が納得してます」
ユリスはイルム以外のメンバーを見る。
するとリアナはごく自然に頷き、ナオとミラは少しぎこちなく頷いた。それを見てアーサーは何となく状況を察した。
入学式当日の竜との契約時にイルムとユリスの関係がどんなものなのかは表面上はわかっていた。
「そ、そうか。一応リーダーの役割を言うよ。全部で二つ。一つは点呼ね。これは最初の集合時と交流会終了時の時だけだ。もう一つは交流会で何か負傷者や竜が動けなくなった時の棄権の判断。僕にも権利はあるんだけど、出来れば班の間で決めてほしいと思ってる。……何か質問は?」
「いえ、負傷者筆頭がリーダーの場合はメンバー内で決めればいいですよね」
「あ、あぁ。そうなるね」
戸惑い気味に答えたアーサーだったが、イルムのその自虐を聞いてそう言えばと思い出す。
「君達はこの交流会のルールは聞いているよね?」
「はい、障害物競走ですよね?」
「自然の中に作られた様々な障害物を乗り越えて、ここまで戻って来れば良いと聞いてます」
ナオはなぜそんなことを聞くのかと不思議そうに答え、リアナは詳細をかしこまった言葉遣いで口にする。
しかし、アーサーはその答えに眉を顰めた。
「何故、この交流会で怪我人が続出するか知っているかい?」
「それは……新入生の実力では先生方によって作られた障害物を避けることが難しいから……じゃ、ないんですか」
ミラの遠慮気味と戸惑いの混じった声にアーサーは首を振った。
「それもそうだが。もう一つある。この交流会において竜同士によるブレスでの妨害が許されているからだ」
「「「──っ!」」」
アーサーの新情報にイルムとユリス以外の三人は驚いたように目を見開いた。
リアナの後ろに隠れるように立っていたミラはおびえた様子でリアナの袖を掴んだ。イルムとユリスが驚かなかったのは知っていたから。
イルムは保健室で交流会のことをクレアに聞いており、情報共有でユリスも知っていた。そして予想もつけていた。
「しかし、直接竜やそのパートナーに当てることはダメだよ。それ以外での妨害は認められている。例えば山を破壊して崩れさせるだとか木を薙ぎ倒すなどだ。……ぁあ、あと君達ユリス君とリアナ君は魔法は使ってはダメだよ。公平じゃないからね」
竜と仮契約中の新入生では魔法の力は与えられない。ユリスとリアナは特に不満気もなく頷く。
二人とも魔法を使わずとも学年一を争うほどの天才たちだ。勿論竜の騎乗力も飛びぬけている。
「……えーっと、話すことはこのくらいかな。よしリーダー、担任教師に準備完了と伝えてきてくれ」
「了解です」
アーサーにリーダーと言われてめんどくさそうな顔をしながらもイルムは歩き出した。
その後ろ姿はどこか哀愁漂うかわいそうなものに見えてくる。その様子にミラは何かを感じたのか、リアナの耳元に口を寄せる。
「ねぇ、リアナちゃん。イルム君大丈夫かな?」
ミラの心配そうな声にリアナは微笑んで返す。
「大丈夫よ。昨日だってリーダーとしての責任を全うしてたでしょ」
それは昨日のアリオスとの決闘のことだろう。ミラもまた野次馬の中からその戦いを見ていた。
ミラの見解としてはその戦いはイルムの圧勝だった。アリオスの攻撃をすべて撃ち落とし、確実に彼を倒して見せた。
それは一見アリオスの攻撃を粘りず良く受け止め、体力をなくして隙をついたようにも見えるがそれは違うとミラは感じていた。
「……うん。イルム君強かったもんね」
「まぁ、私の方が強いけど」
ミラがイルムを称賛すると、リアナは負けず嫌いなのかそう付け加えた。そんなリアナにミラは少し面白そうに笑みを浮かべた。
しばらくしてイルムが帰ってくると、そのすぐに教師による再確認のルール説明と学園長からの頑張れという言葉を与えられた。
––––そして新入生交流会が始まった。
あとがき
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明日から朝七時更新の一回だけとなります。毎日更新は変わりませんのでよろしくです。
あ、三十話目ほどで一部完結します。二部に関しては現在執筆中……です。
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