17.生まれる不信感
班決めも終わり、昼休憩を挟んで次の授業はイルムは頬の腫れを思い出す科目。武術学。
イルムは何試合か終えて、壁に腰掛けているナオのところに向かおうとすると、それを遮るように何人もの生徒が立ちはだかった。
一人を先頭にぞろぞろと現れた彼等のその威圧的な雰囲気にイルムは頭痛のようなものを感じる。
「なんだ、その顔は。貴様舐めてるのか?」
そう言って胸ぐらを掴んできたのは入学すぐにユリスやイルムに絡んできたアリオスだった。彼の行動を皮切りに取り巻きがイルムに逃げられないように囲い込んだ。
「……俺なりの貴族の敬い方なんだよ。ほら神々しすぎて目を合わせることすら烏滸がましいので。ま、そういうことなんで──」
「待て」
強引に話を切り上げてやろうとしたものの、当たり前だがアリオスはさらにイルムの首を締め上げて黙らせる。
「何故貴様が王女殿下やユリスの班に入り込んでいる。自分がどういう存在か……理解していないのか?」
つまるところ、なんでお前みたいな『加護なし』の平民がリアスやユリス達のような高貴で優秀な生徒と同じ班なんだ、と言いたいのだろう。
イルムはどうしようかと視線を彷徨わせるが残念ながら周りを囲まれたことで教師にコンタクトを取ることができない。
無駄に気遣いが出来ていることにイルムは心の中で称賛を送る。
そこでアリオスの質問にどうか答えるのか考えるが、今のイルムでは穏便に済ませることは不可能に近い。
「リア……王女殿下とユリスの優しさなんだよ。ほら俺って竜がいないだろ。それで俺にも交流会に参加させてあげようって言う」
ひとまず彼女らの優しさということにしようと考えたイルムだったがアリオスからはイルムが思っていた言葉とは違う言葉が出てきた。
「──ふざけるなっ! お前のような出来損ないが彼女等の邪魔をするなと、そう言ってるんだ!」
イルムは目を細める。交流会といえどもレースという速さを競うもの。
てっきりアリオスはイルムが出来損ないの平民だから突っかかってきたのだと思っていたが、そうではなくイルムによって彼女らの行動に制限をかけることが看過できないと言うことらしい。
「……交流会に邪魔も何もないだろ。別に成績に関わるわけでもないし」
しかし、イルムにもイルムのやるべきことがある。
アリオスがイルムを責める理由が貴族、平民などと言うことではなく実力に見合ってないというのはよく分かっている。
しかしこういうことが起こる覚悟でリアスと同じ班になったのだ、今更やり直しは効かない。
「確かにそうだ。しかし、貴族として貴様のような出来損ないを王女殿下に近づかせるなどあってはならない。あの方は必ず竜騎士になり、俺達を導いてくれる。
……──決闘だ。決闘をして王女殿下の班から身を引け」
アリオスは最後に何か言いそうに口を開けたが、噛みしめたように決闘と口にする。
突然、しかし予想のできる展開にイルムは頭を悩ませる。受けることは決まっている。
どうやって勝つかが問題と言えば問題だ。コテンパンにするのは簡単だが、それだけでこの男が引き下がるとは思えない。何か決定的なものがあれば──。
「面白いことしてるわね。イルム」
「……タイミングを見計らったような登場に悪意しか感じないのはなんでなんだろうな? ユリス」
そんなユリスの声にイルムを囲っていた取り巻きは驚いたように彼女に道を作った。なんだかユリスの顔もまんざらではない様子だ。
「貴方の心が汚れてるからよ。よかったわね、早めに分かって」
毒舌を絡ませた言葉を投げかけてきたユリスは腕を組んで、イルムを囲う生徒を睨みつける。その瞳に宿る温度は絶対零度。
「アリオス君。その決闘受けてたってあげるわ」
「え、お前が?」
「は? 貴方に決まってるでしょう」
少し期待を込めたようなイルムをねじ伏せるように言ったユリスはその目をアリオスに向けた。
アリオスは鼻をぴくぴくとさせながらも平静を装う。貴族然として胸を張る。
「そうか。なら早速始めよう。ユリス、君には立会人になってもらうよ」
「そのつもりよ、最初から」
とんとん拍子で決められていくその光景に既視感を感じながらもイルムは小さく息を吐く。
これでアリオスが負けた時は素直に引き下がることになる。ユリスと言うクラス内で実力を認められる彼女ならアリオスを引かせる役目には十分だ。
そうして訓練場の一角で向かい合い、互いに木剣を構えることになったイルムとアリオスはユリスの合図を待つ。
「調子に乗った罰をくれてやる」
「……」
やる気満々のアリオスに比べてどこか集中出来ていないイルムは顔を大きく顰めていた。おかしい、そうイルムは思う。
現在イルム達は訓練場の端のコートを使い決闘しようとしている。そしてそこには数人のアリオスの取り巻き達が見物していた。
そして彼等に引かれるように何人もの野次馬が現れている。今現在訓練場で訓練している生徒はほんの数人しかおらずどう考えても教師が飛んできてもおかしくない。
なのにもかかわらず、教師は壁に寄りかかりながらこちらをじっと見つめ止める気配を感じさせない。
イルム達の武術学担当教師の名前はレイモンド=カーリス。貴族や平民関係なく、接する優しい教師だとこの一週間の授業でクラス内で言われていた。
しかし、その優しい教師がここで口を挟まないことに不信感を抱かずにはいられない。
その様子にアリオスはニヤリと笑う。
「どうやら貴様、学園にも見放されているみたいだな」
「やめろ、泣きたくなるだろ」
「……無駄口はそこまで。そろそろ始めるわよ、時間がなくなる」
「……いいだろう」
イルムを庇うようなユリスの言葉にアリオスは気分を害したような顔でに木剣を両手で構えた。
ユリスは視線で準備はいいかとイルムに問いかけるとイルムは肩をすかせて木剣を適当な高さまで上げて構えを取った。
「では、始め!」
「──はあぁぁぁ!!」
ユリスの掛け声と共に突っ込んできたアリオスの剣戟を木剣を使って受け流す。
カコンカコンという甲高い音が鳴り響く中、ユリスはチラッと傍観を決め込む教師に目を向ける。
ユリスもイルム同様で教師の行動に不自然さを感じていた。割って入ってもおかしくない状況で、その教師は静かにじっとイルム達の戦いを観察するように見ている。
その異様さにユリスは目を細めるがそれを遮るようにリアスが立った。
「どういうこと?」
「どうもこうも、リアスと同じ班なのが気に食わないって話よ」
「ふーん、でもイルム君が負けるとは思わない。私と同等に剣を交えてる彼が私以外に負けるなんてありえないでしょ」
リアスはイルムが勝つことを信じているようだがユリスは驚いたように見る。
まさかこの一週間でイルムがここまでリアスの信頼を得るとは思っていなかったからだらう。
しかし、リアスにとって才と努力によって培った剣術に自信を持っており、それに及ぶほどの力を見せつけたイルムの力を認めることは別におかしなことではなかった。
だからこそ、今この状況を不審に感じる。
「なんでイルム君は早くケリをつけないの?」
少し苛つきを覚えたリアスだったがユリスはチラッと訓練場の壁に立て掛けられている時計に目を向けて、そこに指を刺す。
「大方時間いっぱい稼いで、もう一回を防ぐつもりでしょうね」
「な、なるほど。隙がない」
武術学の授業終了まであと十分ほど、イルムはこのままアリオスの剣を受け流し続けるつもりなのだとユリスは推測する。
事実イルムは決闘が始まってから一度も攻撃していない。フィールドを上手い具合に使い、常に真ん中で戦っていた。
「クソッ! ちょこまかと!」
イルムと対峙するアリオスも馬鹿ではない。攻撃するも当たらずに力を受け流される感覚に気持ち悪さともどかしさを感じていた。
声を出し、威嚇するがイルムの顔は変化することなくぼーっと何を考えているか分からないその目はアリオスの剣を追っていた。
「はぁはぁはぁ、はあああぁぁぁ!」
それから十分間、アリオスは畳み掛けるように剣戟を放つが全て受け流され体力の限界を迎えた時、そんな時だった。
「──っし」
イルムが動いた。またしても受け流すようにアリオスの剣に合わせるようにすると見せかけたイルムは体勢が崩れたアリオスの片足を剣で振り払った。
「グハッ! ──!」
前のめりに倒れたアリオスの背中にイルムがトンと木剣を乗せた瞬間、外から授業終了の鐘が鳴る。
ゴーンゴーンゴーン
「終わりだな。もう少し体力をつけた方がいいな、騎竜状態だと下半身が使えないからそれだけ体力も削られるし。……まっ、おつかれ」
イルムはそれだけ言うとユリスの方に向かう。そして残されたアリオスは床に這いつくばりながら奥歯を噛み締めた。
「ぐぐぐぅ」
握られた拳に力を入れ、悔しさを全面に押し出していた。イルムはその様子をチラッと見ると少しだけ口角を上げた。
イルムに嫉妬や殺意を向けるでもなく、自分の弱さを悔しがるその姿は何処か昔のイルムに重なって見える。
強くなる……かもしれない。そんなことを考えながらジト目で見てくるユリスとリアスの元に行くとイルムは彼女等から小言の嵐を受けることになった。
あとがき
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