15.勇者とは愚者である

 騎乗学の授業が終わるとイルム達は食堂で昼食を取る。食堂はとても大きく一年から最高学年である三年生までの全ての生徒がこの食堂で昼食をとる。朝夜は寮の食堂で食べることになっている。

 イルム、ユリス、ナオは集まって行動し、中央の空いた席に座った。イルムとナオが隣同士でイルムの対面にユリスが座る。


「初飛行の気分はどうだったんだ?」

「うん! すっごく気持ちよかったよ。あんなに景色を見渡したのは初めてだよ。パートナーの竜と……何というか感情が共有化されたあの感覚はなんだかむず痒かったなぁ」


 パートナー同士は感情が共有される。

 興奮や怒り、悲しみを感じれば竜もそう感じてしまう。まるで心が一つになったような感覚にナオは不思議そうに胸を押さえる。


「分かるわ。初めての時はなんか胸の当たりがムズムズしてたわね。でも時期に慣れるわ。本契約まで行くと逆に心地よくなるわよ」


 経験者は語る。

 ユリスはフォークをクルクルと回しパスタを取りながら思い出したように話す。


「へぇ、そうなんだ。うーん、本契約までいけるかなぁ?」

「そこら辺は相性の問題だから。来週の交流会はその相性を確かめることも兼ねていると思うわ」


 障害物競走という速さを競うことでその場の状況判断や竜との感覚同調、などなど本契約に必要な項目が確認できる。


「確か、上級生が各班に一人だけ監視役としてついてくれるらしいな」


 コーヒーを一口飲んで、朝のホームルームで言われたことをイルムは思い出した。


「うん。いろいろ聞けるといいね」


 ナオは不安と期待を含んだ声にイルムもまたコーヒーに映る薄暗い自分の顔をじっと眺めていた。


 昼休憩が終わり午後の授業が始まった。あるのは武術学。

 大きな訓練場に集まり、イルムは片手に持った木剣を力強く振るう。カコンッという衝撃音が鳴り響き、イルムは後ろに引く。


「流石天才少女、剣の腕もなかなかで」


 イルムは木剣を肩に乗せると揶揄うようにリアナに話しかける。リアナもまた木剣を持った手を下ろして、小さく息を吐いた。


「イルム君こそ、私の剣についてこれるなんてやるわね。私、これでも聖竜騎士団の団員にも勝てるくらい剣には自信があったのに」

「まぁ、魔法使われたら手も足も出ないだろけどな」

「そうね。魔法を使ったらそうなってもらわないと私が困るわ。……でも君どこか手を抜いているように見えるけどっ!」


 ガコンッと先程よりもさらに重い一撃を繰り出してくる剣戟をイルムは全て紙一重で弾いていく。どんどんと早くなっていくリアナの剣戟をイルは捌くが、それに夢中になっていたことでリアナにその足元を狙われた。


「──っあっぶね!」


 イルムは足元に這い寄るリアナの蹴りを驚いたように飛び越えるとリアナはその浮いたイルムに向かって木剣を振り抜いた。


「ちょまっ!」


 空いた鳩尾に入った木剣がイルムに突き刺さる。その瞬間イルムの体はくの字に曲がり地面に落ちた。


「ごほっ、ごほっ、おぇぇ。痛い、気持ち悪い」


 リアナとの模擬戦を敗退となり、側で見ていたナオに肩を貸してもらいながらその訓練場の隅に行く。疲れたように壁に縋るように腰を下ろしたイルムは苦しそうに愚痴をこぼす。


「あー、容赦ねぇ、あの女」

「大丈夫?」


 心配そうに聞いてくるナオだが、イルムは大きく深呼吸し体の状態を正常に戻していく。なんとか息が自然に戻ると漸く、イルムはナオの顔を見た。


「……はぁ、大丈夫だ。そろそろ治ってきた。ナオも模擬戦してこいよ。そして俺のように地に這いつくばれ。大丈夫だ、肩は貸してやる」


 まだ痛そうにお腹に手を当てるイルムの忠告にナオは苦笑いする。


「あ、あははっ、そうならないように頑張るよ」


 それだけいうとナオは腰から木剣を抜き、中央に戻り試合を始めた。

 ナオの試合を見ていると聞き覚えのある声でイルムの名が呼ばれた。


「い、イルム君」

「ん? ミラか、どうした?」

「えっと、さっきの試合見てて大丈夫かなって」


 ミラはそう聴きながら遠慮がちにイルムの隣に一人分開けて体育座りする。


「心配かけて悪いな。大丈夫だ。……それよりミラはどうなんだ? ミラは剣じゃなくてユリスと同じ魔銃を使うんだよな?」


 竜騎士となる彼等がよく使う武器は剣、槍、そして魔銃だ。

 魔銃とは竜の刻印から蓄積される魔力を専用の銃器によって弾丸として射出する。ごく最近技術の発展で作られた新しい武器だ。

 実を言うと、この魔銃を考え作り出したのはイルム達の『ファントム』部隊のあの引きこもり研究者であるケイ=アモルであったりもする。

 竜騎士同士での初の有効な遠距離武器として瞬く間に広がり、今では竜騎士は魔銃を使うべきともてはやされることもなきにしもあらず。


 とは言ってもメリットに対してデメリットもある。魔銃は魔力を使うもの。そして竜騎士は魔法を使い戦うことになることが多い。魔法も魔銃も魔力を元にする、つまり魔力消費が激しくなるということ。

 魔力の生成も貯蓄も人それぞれに限界があるもので、魔力を失えば戦闘中にその竜騎士は武器という武器を失うことになる。


「わ、私の魔力保有量は大きいらしくて魔銃がいいって言われたので。でも魔力制御、難しいです」


 そう、だから戦闘中の魔力を温存するために魔力制御を完璧にする必要がある。それが魔銃使いの基本となる。


「そっか。いつもポンポン打つユリスばかり見てたから知らなかった。魔銃ってそんな難しいのか」


 ユリスと共に動くことの多かったイルムはその魔銃の使い方になんて便利なんだと思っていたがどうやらそうでもないことに驚きを表していた。

 イルムは忘れているがユリスは天才だ。恐らくその才はリアナと同等と言えるだろう。


「ユリスさん、凄いですよね。なんでもできて……まるでリアナちゃんみたい」


 ユリスの話にミラは落ち込むように頷いて肩を落とす。その様子に罪悪感を覚えたイルムは励ますように言葉を並べた。


「……ま、そう落ち込むな。あいつらみたいな異常生命体と同じに考えてたら身がもたないぞ。それにリアナは知らないがユリスに関しては意外と弱点が多いぞ。ゴキブリとか大の苦手だ」

「……それは女の子なら誰でも苦手だと思います。 ……でも、そうですよね。背中の見えない二人を見るよりも、自分で遅くても一歩一歩進んだほうが自信を持って歩けますよね」


 小さく苦笑いしたミラは膝に顔を乗せてイルムの顔を覗き見るように、はにかむように笑った。元気を取り戻したように見えるその笑顔にイルムも機嫌が良くなる。


 だから──無駄な言葉を口走ってしまった。


「そうそう、気張らずに行け。それにユリスの毒舌とかリアナの容赦のなさとか、あいつらにそんな尊敬できるとこ見たことないんだ……け……ど」

「あ、あわわわ」


 背後からのその冷たく、怒りを含んだその突き刺さるような二つの視線にイルムは口を止めてしまう。

 イルムを見ていたミラの視線がイルムから少し頭上で止まると突然あわあわしだすその姿に全てをイルムは悟った。


「ミラ……お前は強く生きろ」

「え、えとイルム君も、その頑張ってください」


 無情にもかけられた言葉にイルムの涙腺が震えたのが分かった。

 しかし、イルムはここで振り返らなければならない。それはまるで空想上の話、勇者が魔王に立ち向かうときの心情そのもの。


 ──イルムは今愚かな勇者となる。



あとがき


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