第三章 不穏な空気

14.鳥に運ばれる餌の気分

 セントラル竜騎士学園における授業は大きく分けて三つある。

 まずは座学。竜の生態や魔力雑学などなど。

 次に武術学。生徒そのものの戦闘力を上げる。

 最後に騎竜学。騎竜での戦闘力や機動力を上げる。

 三つの中で最も人気があるものはやはり騎竜学だ。やはり竜騎士学園に来たからには騎竜しなければ始まらない……のだが、まずは座学。竜騎士が知らなければいけない知識。竜や魔力、そして加護の事。一般的に知られていることはそう多いものではない。

 だからこの竜騎士学園では専門的なことを学ぶのだ。


「皆さん知っての通り、この国には竜騎士という存在が戦争の要になっています。竜という存在は魔力を宿したおそらくこの世界において最強と言える生物です。

彼らがどうして我々に力を貸すのか……それは未だに解明されていません。しかし、彼等には『竜の加護』と言われている特別な何かを人に与えます。それは左手の刻印として竜からの信頼と力が刻まれ、皆さんはその加護によって今後竜との本契約において与えられる魔法を扱うことができます」


 そう教室の教壇で弁を図る教師は左手の刻印を出して、掌から小さな火球を出して見せた。

 竜の加護によって与えられるものは今考えられているものは三つ。

 一つは信頼、もう一つは魔力、そして最後の一つはその魔力の制御。

 加護によって人間の体は作り替えられ、魔力を宿すことができる。そして刻印というのは人間に与えられた新たな器官のようなものなのだ。刻印によって魔力が作られ、刻印を通して人間は魔力を制御できる。


「魔法は人様々ですが総じて竜が扱うことができる力だということ。竜にも個体差があり、使える力と使えない力があります。そして彼らは人間の心を読みとり、我々の心を体現する力を魔法として与える……とされています」


 この辺りほ推測は人間の願望や妄想が入っている。

 国々によって竜に対しての価値はそれぞれでこの国において竜を解剖などという罰当たりなことは許されていない。よって竜という存在は未だベールに隠されており、人間は何百年もの間、竜と加護持ちの人間の生態調査によってそれを導き出したのだ。


「なぁ、ユリス。魔法が人の心を体現するなら、お前は何を思ってそんな魔法を手に入れたんだ?」


 イルムは授業中にもかかわらずふとそう隣で真面目に授業を聞いているユリスに尋ねる。ユリスは一瞬イルムをチラッと見ると考えるように目を細めると手に持った教科書に視線を落とす。


「分からないわ。自分の心なんて自分じゃ理解できないものよ。そんなことが出来るなら迷いなんてもの人はしないでしょう」

「…………確かに」


 心とは即ち人の芯だ。そんなものが自分で理解して行動できるなら、それは果たして芯なのだろうか。そんなこと考えたところで何も生まない。だからイルムはユリスから目を逸らし、黒板に目を向ける。


 午前授業最後は騎竜学。初授業であるはずのこの時間、イルムはひたすら空を見上げていた。もう首が凝ってくるのではと思うほどずっと首を上に向けていた。


「先生、俺って単位取れなくて留年とかないですよね?」

「……竜の治療が一月ならば大丈夫だ。それにお前は竜には乗れるんだろ。だったら途中参加でも余裕で追いつけるから、心配するな」


 一組のクラス担任にして騎竜学担当の先生、ノルド=タングステンはなんてことないと言うようにそう言う。


「……楽しそうだなぁ」


 小さく呟かれたその言葉は上空を飛び回る竜に騎乗したナオやユリスには届くことはないだろう。そんなイルムの羨ましそうな声をよそにクラス担任であるノルドは手を目の上に当て、空を凝視する。


 イルムは何かあったのではないかと、ノルドの見る方向を同じように見てみる。しかし、そこには特に変わった様子のない女子生徒が竜と共に空を飛んでいるだけだった。


「…………パンツ見えねぇかな〜」


 その口から放たれた教師あるまじき男の声にイルムは一瞬同調するように頷こうとしたがこの男がなんであるかを思い出し、白い目を向ける。


「…………いや、あんたそれ教育者としてどうなんだよ」

「ん? さぁどうなんだろうな。竜騎士学園の教師なんて半分は竜騎士を引退した奴らなんだ。俺もその一人。つまり俺は教育者としてのなんとやらなんぞ持ち合わせてねぇってこと」


 だからといって教師が生徒の下着を覗こうとする事が良しとなるわけではない。

 しかし、ノルドは見上げていた顔をイルムに向ける。まるでわかってない奴だ、と言わんばかりに呆れた顔をするノルドにイルムは上司のことを思い出した。すると沸々とその顔を殴りたい気持ちが湧き上がってくるのは何故だろう。


「冗談だ、冗談。大体、女子はスカートの下にはオーバーパンツ履いたんだから意味ねぇって。これだから思春期の男は困る」


 ノルドがあからさまに溜息を吐いたことでイルムの堪忍袋の尾は切れかかるのだった。


 そんなイルムを置いてユリスはアイと共に空を飛び回っていた。多くの生徒ははじめての騎竜による飛翔でとても緊張気味で興奮しているのがよく分かる。

 そしてパートナーの興奮は竜に伝染する。


「大丈夫かしら?」


 そんな考えが浮かぶが、やはり王国の秀才達の集まる学園なのだろう。そこら辺は弁えている。取り乱す竜は現れず、竜達は各々衝突しないようにゆっくりと飛び回っている。

 その中でもやはり異彩を放つのは白竜のイブとそれに乗るリアナだろう。リアナはイブに全幅の信頼を乗せるように楽しそうに風を感じ、イブもまた自由気ままに飛んでいた。

 ユリスはリアナの様子を見たあと、そう言えばとイルムがいるだろう地面を見下ろした。そこには何やら話し込んでいるイルムとノルドの姿が。

 ユリスは少し考えるとアイの背中を優しく叩く。


「アイ、一度降りましょう」

「ガァァ」


 アイはユリスの言葉に従い、ゆっくりと降下していく。そして降り立ったのはイルムとノルドの目の前。


「どうかしたか? クーベル」

「いえ、そこにいるイルムも空に連れて行ってあげようかと」


 突然のその申し出にイルムは遠慮しようと口を開くが、ユリスの顔はからかいたいと言う顔ではないことに気づいた。

 尚且つ、今ノルドと一緒にいたら何かの拍子で殴ってしまいそうだということも分かっていた。そう言うこともあり、イルムは諦めたようにうなずいた。


「……あぁ、じゃ頼む」

「そうか。分かったがくれぐれも落ちるなよ」

「はいぃぃぃぃ」


 アイの腕に引っ掛けられたイルムはまるで運ばれる餌のようだ。そして上空に上がるとゆっくりと飛行しながらユリスはイルムに聞こえる声で話し出す。


「いつのまに王女に取り入ってたの?」

「……人聞きの悪いこと言うな。任務の都合上知り合いになる必要があっただけだろ。来週、交流会があるのは知ってるか?」

「えぇ、知ってるわ。……もしかして王女と同じ班になるつもり?」


 都合と言う意味を理解したユリスは訝しんだ声でイルムに話を聞く。そしてその返答はさも当たり前かのように帰ってきた。


「あぁ、交流会に使われるあの森やらなんやらには死角も多いからな。お前はどうする?」

「……私は遠慮しとくわ……と言いたいところだけど交流会って確か騎竜した状態での障害物競走でしょう。私がいないと先輩、参加することもできないじゃない。答えの分かってる問いをわざわざ聞かないで」


 最初からユリスに選択権はない。それなのにわざわざ聞いてくるイルムに嫌味でも言ってやらないと気が済まない。


「ま、そう言うことだ。……それと、王女だが恐らく既に何者かに狙われてる」

「──! 帝国の?」

「いや、それはわからん。だが、この学園の警備に紛れるように生き物を使った密偵が王女を探ってた。処理はしといたがそいつには竜の刻印が刻まれていた」

「つまり、相手は竜との契約者なのね。それじゃあ、あなたの存在はすでに確認されてるということ?」


 ユリスはスッと目を細めた。竜騎士との戦闘は厳しいなんて生ぬるいものじゃない。一人いれば街が一つ消える。それほどの力が彼ら、そして竜にはある。


「どうだろうな? 俺たちの部隊の存在は知られているが俺たち個人はまだわかっていない、と思う。……ま、竜騎士なら俺に任せろ。お前は王女の護衛を最優先してくれ。敵は俺が引き受けるから」

「……そう、ね」


 ユリスの返事はどこか申し訳なさそうで、何か言いたいが言えない、もどかしさを含んだものだった。イルムもユリスの言いたいことは分かるがそれを言っても何も変わらない。そのことはユリス自身が身をもって知っていることだ。

 だからイルムは何も言わずにこの空中遊泳をぼーっと楽しむことを選んだ。




あとがき


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本日は誤字の報告沢山送られてきたして、自分はこんなに見逃していたのかと笑えてきてしまいました。


自分でも投稿前にざっと見るのですがどうも見つけることが困難なので、これからもそう言う誤字報告をしてくれると助かります。


あ、感想も待ってます!


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