12.貴族たりうる者

 そんな話しかけてくる男にユリスはまるで幽魔が出たような苦い顔になるとめんどくさそうに窓に顔を向けた。

 イルムは知らないが昨日の竜の契約の時、ユリスにしつこく話しかけてきた男がいた。

 それが彼、アリオス=アルペジオ。


「ユリス、俺と少し話をしないか?」

「…………」


 無視、ユリスはアリオスの言葉に耳を傾けることをせずぼーっと外を見つめるだけ。アリオスもそのことがわかったのか、小さくため息を吐くと次に隣にいるイルムに目を向けた。


「そこの『加護なし』、そこの席からとっとと失せろ」


 その横柄な態度にイルムは眉を顰める。


「……………ま、いいか。よし、ナオ行こうぜ」


 長考の末イルムはそう結論を出し、席を立った。ナオはなんでという様にイルムを見るがイルムの方こそ何故と首を傾げる。


「ふん、物分かりのいい奴だ。褒めてやろう」

「そらどうも。……あんま俺の言えたことじゃないけどさ、声かける相手はちゃんと選んだほうがいいぞ」

「貴様こそ、ユリスの隣に座るとは飛んだ阿呆なのだろうな。そこは俺の場所だ」


 イルムは言葉に出来ないゾワリとした悪感を覚えたが、口にすることはせずナオの背中を押す様に席を離れようと足を出したその瞬間、イルムは首を引っ張られ一瞬息が途切れた。

 イルムは驚いたように後ろを向くとそこにはイルムの襟首を掴んで離そうとしないユリスの手が。

 ユリスの顔を見ようとしても、窓を向いていて確認できない。まるでなんとかしろと言う無言の圧力すら感じる。

 しかしここでいざこざを起こすことは得策ではないだろう。この閉鎖的空間で喧嘩などしたらイルムの様な人間に関わってくれるやつは現れなくなってしまう。


 それは任務に支障どころの話ではない。

 そうイルムもそれは分かっている。しかし、窓のガラスから反射したユリスの顔は決して怯えのある様子ではなかった。だかイルムにはただ無表情を貫いているだけのようにしか見えなかった。

 ユリスの癖だ、感情が激変した時無表情になることで顔に出るのを防ごうとする。


 ──だからイルムは重い口を開くしかなかった。


「すまん、どうやらユリスは俺を指名みたいだ。ナンパは他でやってくれ」


 首に繋がれたその手を指差し、諦めた様にそう言ってのけた。

 すると周りは各々それぞれの反応を示す。ユリスは目を見開き俯き、ナオはキラキラとした目でイルムを見上げ、アリオスはそのニコリとした顔から表情を無くした。


「……『加護なし』、僕はそこを退けとそう言ったんだが貴様はそれを拒否した。どう言うことかわかってるのか?」

「だいたい席は早い者勝ちだろ? 貴族様だからって横暴は許されないんだぞ、この学園じゃ。学園長の話ちゃんと聞いてた?」


 イルムの言い分にアリオスは小さく笑うと顔を隠す様に手を添え、天井に顔を向ける。


「はははっ、やはりこうなったか。学園長の話を間に受けて平民風情が、しかも『加護なし』が貴族に楯突く。そして盾は学園の方針だと言う……」


 そこで言葉が一度途切れた。

 そして見上げていた顔がイルムの方を向くと、その表情はどこまでも見下した様な、愚劣なものだった。


「──下らん。貴族が何故平民よりも地位が高いのか知ってるか? それは簡単だ。俺達はお前達を守ってやってるからだ。それは学園にいようがどこにいようが変わることのない絶対的な関係だ。俺達が土地を与え、政策をし、その土地の中でお前達は暮らし税を治める。お前達は所詮俺達が飼っている家畜でしかないんだよ!」


 歪んだ顔から吐き出す様に投げられたその言葉は恐らくアリオスの考えそのものなのだろう。そしてその言葉は教室の全体に響き渡り、中にいる貴族達は同調する様に席を立った。


 しかしイルムはアリオスの目をじっと見つめる。

 貴族という存在が何も悪い奴らだとは別にイルムも思っているわけじゃない。イルムの役職上、過去に葬った貴族は幾人か存在するがそんなもの貴族の中でも一握りだ。

 貴族が自分達の存在を誇りに思い、より良い国にしようと頑張っている。

 それはよく知っている。イルムはチラッとユリスを見るが、すぐに視線をアリオスに戻す。そしてほんの一瞬現れた沈黙を破った。


「そうだな。確かに……貴族はそれ相応の重課と責務を追ってその立場に付き、見事にその役割をこなして国に貢献してきた人間がなれる上級国民なんだろうな。

──民を愛し、王を愛し、家族を愛する」


 イルムの記憶に蘇るささやかな記憶。

 いつも深みのある柔らかい笑みを浮かべたその細身だが引き締まった体つきの男性。部下から慕われ、家族を支えて支えられ、人として尊敬を抱いたあの人の姿を。


「……俺の知ってる貴族っていうのはそう言う人間だ。いいか、クソガキ。お前みたいなまだ何も成し遂げていないたかがエセ貴族が貴族を語るな。貴族ってのはな、地位でも飼い主でもない。その人が国を、王を、民を守れる器かどうかと言うのことだ。守ってやってるだなんだと、そんなこと口にする時点でお前は貴族失格だよ。

…………なぁ、そうは思わないか? リアナ」


 イルムはまるですべてを任せるというように視線をその教室の前に置かれた壇上に向けた。そこにいるのはイルムとアリオスの話を腕を組んで静観していたリアナだった。




あとがき


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