11.汗を流す男娘
次の日の朝、じわり意識が覚醒したイルムはゆっくりと瞼に映る暗闇に光を入れた。全くみなれてない天井に違和感を覚えながらも体を起こした。
「んん〜」
朝日の光は容赦なく部屋に差し込み、ベットの横に立てかけてある一本の黒剣を照らした。
リアナと別れた後、寮に帰ったイルムは寮監から鍵をもらい自分の部屋に入った。
そしてそこには簡易的なベットと机、そして部屋の真ん中には大きな荷袋とその黒剣が置いてあった。
家から移送された荷物はそれぞれ各自の部屋にこうして置かれているのだろう。
学園では武器の所持は認められていない。例外としては授業で使う時ぐらいだ。とは言ってもほとんどは模擬武器で行われる。
つまるところ、この黒剣は部屋のオブジェぐらいにしか使用しないということだ。そうイルムが思ったら若干黒剣から何やらジワジワとした威圧を感じたが気のせいだろう。
「……やばい、ネイの起こし方じゃないと起きた気がしない。もう一眠りいけそうだ。ふぁぁ〜」
アホヅラで大きな欠伸をするイルムはぼーっと窓の外を眺める。
一本の大樹があり、その周りには芝生の庭。男子寮と女子寮を隔てるように生えている大樹はまるで大きな壁だ。
そんな大樹の根本に一人、朝から素振りをする少女の姿が見えた。
「へぇ〜、綺麗で素直な剣だな」
短めに揃えられた銀髪と、どちらかというと中性的な容姿をした少女は汗を垂らしながらその木剣を振るう。
イルムが何も考えず、その素振りを見ていると、少女は疲れた様に息を吐き、大樹の下に置いてあったタオルを首にかけて汗を拭う。
蒸気した顔と額に流れる汗、そして肌に張り付いた服。イルムは思わずガン見してしまう。
その少女は最後に大きく伸びをするとイルムのいる方に歩き出した。その際に少女が何の気なしに上空を見上げたことでイルムの目とバッチリと合ってしまう。
特に悪いことをしているわけでもないのになんだか見てはいけないものを見てしまった様な感覚に襲われたイルムはサッと目を逸らた。
「…………え、あの子男?」
その少女、もとい少年はイルムの方、つまり男子寮に戻っていったのだ。
そんな早朝の出来事を経て、イルムは寮から登校し校舎入り口まで来ていた。そしてそこには多くの生徒が集まっており、何やら楽しそうに話していた。
クラス分けが張り出されているのが原因だということがわかってるイルムはその集団の中にどうやって割って入るのか立ち止まって考えていると、急に肩を叩かれる。
「──っ」
「おはよう」
「お、おはよう。お前は今朝の」
イルムが振り返るとそこにいたのは早朝に庭で素振りをしていた少年だった。少し恥ずかしそうには苦笑いする姿はなんというか可愛らしいものがあった。
「う、うん。それ僕です。ナオ=キリオスです」
「イルム=アストルだ。……で、どうしたんだ?」
「えっと、なんとなく。目の前に居たから。話しかけようかなって」
ナオは首を傾げて特に何か考えることなくそういった。
「そうか。なら一緒にクラス分け見ようぜ」
「うん。一緒のクラスだといいんだけどな」
目の前に広がる集団を切り開き、ようやくついたその入り口の扉に用紙が貼ってあり、そこに一組、二組と書かれていた。
「俺は……一組だ」
「あ! 僕も! これからよろしく、イルム君」
「おう、よろしくな、ナオ」
二人して人懐っこそうに笑い合うと、校舎の中に入り、教室を目指した。
教室にはすでに生徒が入っており、その中にはイルムの見知った顔もあるようだ。
室内は前に教壇があり、黒板が二段にわたって取り付けられている。そして階段上に作られた細長い二つの机が四段づつ、階段を真ん中にして両端に置かれていた。
「ユリス、おはようさん」
「おはよう、せん……イルム。……そちらは?」
イルムはそんな教室の机の端っこに座って窓から外を眺めていたユリスに声をかける。ユリスはチラッとイルムを見た後、そのままスライドさせ、彼の横にいる少年を見て目を細くする。
ナオはそんな視線を受け、狐につままれた様に固まってしまった。ユリスは誰が見ても美人だ。そんな女性に見つめられれば緊張してもおかしくはない。
「ナオって言うんだ。さっき会って、同じクラスだったから一緒に来た」
「よ、よろしくお願いします!」
イルムの紹介に便乗する様にナオは頬を赤くし、噛みながら頭を深く下げた。ユリスはその頭部を見てから、少し困惑しながらも返事をした。
「え、えぇよろしく。ユリス=クーベルよ」
「は、はい!」
そんな初々しい様子を見ながらイルムはユリスの横に腰をかけた。ナオもその隣に座ると、イルムの耳に小さく声をかける。
「い、イルム君。クーベルさんと知り合いなの⁉︎」
「あ、あぁ。ど、どうした?」
「知らないの⁉︎ 昨日から凄く噂になってるよ? 王女様と同じで入学前から契約を済ませてる人がいるって。それにあの容姿だもん」
イルムの存在は抹消されている様なその噂に苦笑いするしかない。
まぁイルムは仮契約の時にすぐに保健室に退場したからしょうがない気もするが。それにしても噂と言うのは広がるのは一瞬ということなのだろう。
イルムがホヘーとナオの話を聞いていると、そのナオは少しムッとした様子で話し出す。
「あとついでだけど君も有名人だよ?」
「は? 俺?」
「えぇ、竜に嫌われた加護持ちってね」
イルムとナオの話に割り込んできたユリスはそう口にした。どうやらイルムの存在が抹消されたわけではない様だ。
「おおかた、アイに殴られてるとこでも見られてたようね。あんなところでやっていれば見られても不思議でないでしょうけど。しかし、やったわねイルム。これであなたも人気者だわ」
ふふっ、と意地悪そうな笑みを浮かべたユリスはイルムに笑いかけるのだった。
「な、なんも嬉しくねぇ」
イルムは小さくため息を吐くと、目の前にわかりやすく影が降りた。
なんだとイルムが顔を上げるとそこにはいかにも貴族です、というような男と他数名がその男に付き従うように立っていた。
「やぁ、ユリス。昨日ぶりだな」
開かれた手を胸に当てて小さく腰を傾ける姿は貴族然とし、こなされた動作だと容易に判断できる。
色素の薄い金色の髪を揺らし、その整った顔がユリスに向けてニコリと笑みをつくった。
あとがき
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