10.王女は夕陽を掴み取る
そうして始まったイルムとリアナの学校探索。学園の構造はとても複雑で校舎を中心にまるで枝分かれするようにできた道が学園内を駆け巡っている。
点々とした施設にたどり着くためには道を誤ることはできない。まるで迷路と言える代物なのだがイルムは特段困った様子もなくリアナを連れ歩く。
「そういえばイルム君、さっきミラと一緒にグラウンドに来たけど何かあったの?」
「さっき……って入学式終わった後のことか。ほらリアナも知ってたけど俺って寝てただろ? そのせいで入学式が終わってたの分からなくて、それでミラに起こしてもらったってわけ」
「ふ〜ん、あのミラが。……珍しいこともあるのものね」
そう言ったリアナはどこか不機嫌そうな声でそう呟く。
「ミラと知り合いなのか?」
「えぇ、幼馴染よ。子供の頃から一緒に遊んだりしたわ。今日も一緒に登校したわ。いつもおどおどしてるけど、すごく優しい子なの」
リアナはどこか嬉しそうにミラのことを語り出す。その顔を見ただけで、ミラへの愛情が伝わってくるようだ。
イルムはそんなリアナを見ながらも、あぁ〜と思い出したかのように心の中で納得した。少佐からの資料の中にあったことを今思い出し、驚きと自分の運の良さに感心していたかるのだ。まさかリアナの幼馴染と接触していたとは思いもよらなかったのだろう。
食堂、竜舎、芝生の生えた広大な広場、幾つもの訓練場、その他鍵が掛かっており中が全く見えないものもあった建物が数棟。
そしてこの学園の敷地の半分以上を占める自然という土地。自然フィールド。山、谷、森、湖、大地というそんな地平線すら見えるその広さは恐らくここで竜と訓練できるということだろう。
クレアの話ではここで交流会というものが開かれるという話だ。
「すごいわね。これどこまで続いていると思う?」
「さぁな。ここらの土地は全部学園のものらしいからな。国もよくこんな使えそうな土地を学園に使わせてるもんだ」
イルムの言う通り、これほどの資源を学園一つのために使うには惜しい気もする。
「先々代の王の代からこの竜騎士学園は設立され、その時にこの土地を与えたらしいわよ。竜騎士という戦争における最高戦力を育てるための王国最高機関、それがこの学園。これくらいどうってことないんでしょ」
「まるで他人事みたいだな?」
「……そんな風に聞こえた? でも違うわ。私はね、ひいひいお爺様に感謝してるの。こんな素敵な学園を作ってくれてありがとうって。これで私は強くなれる、この力を正しく国のために使うことができる。
──そして竜騎士になって『竜殺し』の称号を勝ち取ってやるわ!」
一歩前に出たリアナは山と山の間に落ちていく夕陽に手を伸ばし、握りしめてそう言う。
──『竜殺し』。
それは戦場において最も竜騎士又は竜を屠ったものに与えられる称号。竜騎士たるもの憧れる称号なのだ。
ユリスはその意思を口にして、高ぶったのかその体からは薄く白い湯気の様なものがチラチラと浮かんで見えた。
そして──突然ザザっと風が地面を駆けて行った。ゆらゆらと巻き上がった桜の花びらが揺れる彼女の金色の髪を際立たせる。
「帰ろっか。そろそろ日もくれそうだし」
そう言ったリアナは茜色の夕陽を背にイルムの方に振り向いた。金色の髪がキラキラと眩く、そしてそのニコリと笑った笑顔はとてもいい絵だった。
「……そうだな」
そんな笑顔向けられたイルムだったが、イルムのその表情はどこか引き攣ったものだったのがもろわかりだった。
不思議そうにその顔を見たリアナだったが気にせずイルムを横切って先に戻って行った。
一人残ったイルムは吹き出す様にため息を吐く。
「はぁぁぁ、……やっぱりこいつだけ刻印が違う」
イルムの手にあるのは一匹の鼠の死体。その瞳に刻まれた刻印はそこら中にいる監視役の動物とは異なった刻印をしていた。
そしてこの鼠はイルムがリアナと別れ道で出会った時から、まるでリアナをつける様にここまでついてきていた。
しかもイルムはその視線には何処か濁った、嫌なものを感じていた。
「学園の奴、又は王族か、それか帝国か。どちらにせよ、あんましいい物じゃない」
イルムはその手の中の鼠をひと睨みしたあと、側にあった木の下に簡易的だが穴を掘って土に埋めた。
「悪いな」
それだけいうと立ち上がって先に行ったリアナに追いつく様に走って向かった。そして、そんな様子を空高口の上空から見下ろす一匹の鳥の姿が。
イルムがリアナに追いつくと、リアナは立ち止まって誰かと話していた。白髪と白髭が目立つ壮年の男性、学園長だ。
イルムが近づくと話していた二人はほぼ同時にイルムに視線を向けた。学園長は目を細め、イルムを観察しているようだ。
「どうも学園長先生」
「おぉ、初めまして。イルム君」
イルムが話しかけると学園長は薄く開いた目を閉じるように笑みを浮かて返事をする。そんなことにリアナは少し驚いたように声を上げた。
「あら、叔祖父様……学園長。イルム君のことをご存知で?」
叔祖父、つまりリアナのお爺さんの弟。少し言葉遣いを改めたリアナに学園長は特に気にした様子となく、問いかけに答える。
「そりゃそうじゃ、リアナと同じく竜の契約者など珍しいからの。もう一人、ユリス君も知ってるよ」
「たしかに、それもそうだわ」
学園長はチラリとイルムを見る。
「それより、二人はどうしてこんなところにいるんじゃな?」
「……少し時間が出来たので学園を回って見ようと言う話になったの。イルム君が学園の地図を暗記してたらしくて迷うことなく回れたわ」
一瞬、間を置いたリアナは誤魔化すように言葉を並べた。最初の学園長は叔祖父、身内なのだ。つまりあまり理由もなく男と二人きりというのを見られるのはまずいと思ったのだろう。
「ほぉ。どうだったかね、イルム君。この学園は?」
「……そうですね。まるでこの学園の内部だけ国から切り離された、いやこの学園そのものが一個の国と言えるほどのものでした。流石王国一の学園だなと呆気に取られました」
イルムは思ったことを正直に述べた。規格外の土地、自然、そして設備と防御力。それはまさしく国だ。
しかし、だからこそ小さな間者に入り込まれる。
「そうかそうか、それはよかった。では二人とも気をつけて寮にお帰り」
まるでイルムの考えがわかっているのか、はたまたわかっていないのか、どうとも思わせないようなそんな雰囲気で会話を終わらせた理事長はゆっくりと歩きだした。
そしてイルムの横でほんの一瞬だけ速度を緩めた。
「──鼠駆除ありがとう。リアナのことは頼んじゃぞ」
それだけ言うとイルムの横を通り過ぎていった。するとバサバサと音を立てて、一羽の鳥がイルムの目の前を通ると学園長の肩にちょこんと乗った。
その鳥がチラッとイルムの方を向くとその瞳には竜の刻印が刻まれていた。
「どうしたの? 行きましょ」
「あ、あぁ」
あの鼠はイルムへの一種のテストとそして警戒心を煽る注意だったのかもしれない。わざとあの鼠を仕留めずにリアナに近づけて、イルムの力を図った。
それと同時にすでにリアナを狙う何者かがいるということを知らせた。
「あの爺さん、絶対性格悪いだろ」
「え? そんなことないわ。とても優しくて家族想いな人よ」
家族想いな人ではある、それはわかる。しかし、家族以外には優しくない。なんとなくそんな人だとイルムはこの邂逅で感じ取った。
あとがき
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