9.初めてのナンパは王女様

 イルムは一人、静かな道を歩いていた。クレアから男子寮の場所を教えてもらい、校舎から出たはいいがまさかの歩いて十分もかかるという。それほど様々な施設を揃えたこの学園の敷地が大きいということだろう。

 同級生は今頃皆、竜との契約をしているところで、上級性は別の場所で授業を受けている頃だろう。

 イルムの歩く道には人っ子一人見ることがなかった。しかし、人を見ないだけで鳥や虫などは道端の木に住み着きその存在を主張している。そしてそれがこの学園の監視の任を受けていることは明らかだった。


「人件安そうだ。軍も動物でも使って偵察ぐらいできないもんかね」


 イルムの視線の端では、じっとこちらを木の上から見ている鳥がいる。そしてその鳥の瞳には薄く竜の刻印が刻まれていた。

 感覚同調というところだろう。おそらく学園の監視のため誰かの力で鳥と視覚を同調させ監視に当たっている。

 そんな鬱陶しい視線を感じながらも危害を加えることはさすがによくはないことが明らかなのでイルムは無視して先を急いだ。


 そうしてしばらくして、途中左右に分かれる道は何本かあったがようやくイルムの目的である寮への看板が見えた。斜め前に分かれた二つの道があり、それが男女の寮に分かれているみたいだった。

 その看板をチラッと見たイルムは案内に従い左に行こうとしたが、その足は視界の端に写った女子に止めてしまった。

 女子寮の方から歩いてきたその金髪の女の子レムリアナもまたイルムを見て驚いたように立ち止まった。


「どうも」

「……怪我はもういいの? 盛大に吹っ飛んでたけど」


 そんな心配の声が返ってきたことに驚いたように目を開けたイルムは、少しだけレムリアナと話すために体を向ける。


「聞いてなかったか? あれが俺とアイのスキンシップなんだよ」

「アイ……あの蒼竜のことね。君もユリスさんも竜と契約しているんなんてすごいのね。まさか入学前からしてる人なんて私以外にいるなんて思わなかった」


 レムリアナはそう淡々と話し出す。

 確かに竜騎士学園など竜騎士になることがほぼ確定しなければ、そうそう竜と契約などできない。

 竜の個体数は少なく、竜を飼うことなど貴族でも不可能だ。専属の竜の飼育舎とそれを管理する人間やその他もろもろ、竜を飼うにはそれ相応の人間が必要でその人間もごく少数である。

 つまり、レムリアナのような王族でない限り竜と契約などそうやすやすとできないのだ。


「ユリスは運と言えるが、俺に関しては……事故みたいなもんだ。そうするしかなかった」


 そうするしかなかった、というよりそういうことにするしかなかった……だが。


「そういう王女様こそ––––」

「––––王女って言わないで……同級生なんだから、リアナでいいわ。この学園では第三王女じゃなくて一介の生徒でしかないもの。……って新入生代表の挨拶で言ったと思うんだけど」

「え、あ、わ、忘れてただけだ」


 記憶にない挨拶の話を言われたイルムは言葉に詰まるがとりあえずそれとなく返す。

 そんなイルムをリアナは訝しむように見るが、興味を失ったのかその絹のような髪を振り払って腕を組んだ。


「まぁいいわ。君が寝ていたことは最初から知ってたし」

「え……」

「分かるに決まってるでしょ。挨拶中に口開けて寝てれば壇上からはよく見えるに決まってるじゃない。見た感じ寝てたのは君だけだったようだし」


 何でもないようにそう言って見せるリアナにイルムは気まずそうにするが、彼女はその様子におかしそうにクスッと笑った。

 そのどこか好戦的な目元が下がり、年相応の綺麗な笑みを見てイルムはリアナの印象を大きく変えた。

 イルムは軍の任務で何度か王族であるリアナの護衛をしたことは何度もある。その際にリアナに感じた力強良い芯のある、逞しい女性なのだろうと思っていた。

 しかし今はどうだろう。

 いたずらっ子のような顔を浮かべ面白そうに笑っている。イルムが思っていた印象は間違いのだが、それでもその笑みは彼女が王女ではなく一人の女の子なのだと感じさせた。


「ふふっ、別に怒ってはいないわ。私もああいう式って苦手なのよ。さすがに立場上寝るわけにはいかないけど」

「ほぉ、妹から完璧超人と聞いていたが意外と話が合いそうだ」

「なら妹さんに言っておいて、私って完璧超人だけどいい子ではないってね」


 胸に手を当てて、まるで私はこうだというように言ってくる。その様子にイルムはなんだか笑ってしまった。


「完璧超人ってところは否定しないんだな」

「えぇ、私は自分の才能もこれまでの努力もよく知ってる。私の今までが誰かに自慢できないものだとはこれっぽちも思ってないもの」

「……」


 その言葉には確固たる自信と事実含まれていた。才能も、努力もしてきた、そりゃそうなんだろう。

 強大な才能はそれ相応の努力の上で成り立っている、そしてここまでその力を磨いたのは誰でもない彼女自身だ。

 イルムはそんなリアナをうらやましそうな目で見る。自分もそんな言葉が言える人間であったならばどれだけよかったことだろうと。イルムは何もかもが遅かった、失って初めてその力に気づいた。

 それでは遅いというのに。

 イルムの今までは後悔と懺悔、そして虚無しか見えてこない。


「どうしたの?」

「––––! いや、なんでもない。最初に話は戻すがリアナはここで何してんだ?」


 瞳の奥にどろりとしたものが見え始めた瞬間、様子のおかしいことにリアナが気づきイルムは沈んだ意識を取り戻した。心配そうな視線から逃れるように切り出した話にリアナは少し小首をかしげたあと、話に乗った。


「私はもうパートナー契約は終わってるから早めに寮に帰ったの。でも寮にいてもつまらないからなんとなく出てきたって感じね」


 そこでイルムは考える。


 イルムも寮に行っても特にすることはないだろう。リアナに近づくにはいい機会だ。クレアから来週に交流会がありその班にイルムとユリスがリアナと同じになるためにいずれ仲良くする必要もある。


 そしてなにより––––嫌なものが見える。


 そう結論づけたイルムは思い切って口を開こうとしたが、そこから言葉が出ていこうとしない。


「ん?」


 首をかしげるリアナにイルムは顔を引くつかせる。イルムは気づいだ。

 ──あれ? これナンパじゃね? と。

 幼少期から軍で金を稼ぐことに精力をつぎ込んできたイルムには女性経験というものは皆無に等しい。

 あっても妹か、酔っ払い上官か、毒舌同僚、引きこもってなかなか出てこない偉そうな科学者ぐらいだ。

 どれも今使えるような経験ではない。しかしここで引くわけにもいかなかった。


「あー、えっと……あれだ、そのどうせ暇だったら一緒に学園内回らないか?」

「––––!」


 案の定まさにナンパの定例文を口にしてしまったイルムは頭の中で自分が言った言葉が反響させ、すぐさま自己嫌悪に陥る。

 頭の中でユリスがごみを見る目で自分のことを見ている幻覚さえも浮かんでくる。


 そんなイルムをよそにリアナは驚いたように目を見開いていた。リアナは王族だ。そういうこともあって、お誘いと言うものはよくされたことがある。

 しかしそれはプライベートではなくパーティなどの社交的な場でのこと。リアナはイルムと同様竜騎士になることを目標にその力を磨いてきた。

 この容姿だ、婚約ということも一時期上がったこともある。しかしそれをことごとく無視してきた。

 だからリアナはその新鮮さに少しだけ興味を持った。王族ではなく一人の女の子としての自由がどんなものか知りたいとそう思ってしまった。


「……いいわよ。でもエスコートはお願いするわね」


 そんな予想だにもしない返事にイルムはリアナの目を見て固めるが、それも一瞬で視線を彷徨わせる。


「えーっと、あー、了解。だが期待はするなよ」

「えぇ」




あとがき


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