8.保健室は予約しておくもの

「……よ、よぉ。アイ、だいたい一週間ぶりだ──ぶべっ!!」


 イルムが引きつった顔で挨拶しようと手をあげたその瞬間、イルムの顔面にその大きな手が振り払われた。ザザザザァァ、と体を回転させながら地面を転がっていくイルム。


「…………い、イルム君! ちょっと大丈夫かい? え、仲がいいんじゃないの?」


「えぇ、見ての通り仲がいいですよ。ねぇ?」


 アーサーの焦った疑問にユリスは綺麗な笑みを浮かべてアイと笑い合っている。その笑みにアーサーは声を失う。

 すると吹き飛ばされたイルムはガバッと立ち上がると頭から血を垂らし、顔にかすり傷を作りながらも笑みを浮かべた。


「は、はっはっはっ! い、いいパンチだ、アイ!」

「い、イルム君、その傷大丈夫なのかい?」

「え、ええ! いつものことなので! なんならこれが俺とアイのスキンシップみたいなところがあります」


 胸を張ってイルムは妙に焦った様にテンションでゴリ押す様に畳み掛ける。しかし、アーサーはその様子に訝しんだ様に見る。


「完全に嫌いな人を攻撃する感じだったけど」

「馬鹿言わないでください。俺とアイはマブダチですよ。な!」

──ペッ!

 吐き出された大きな唾の塊が地面に叩きつけられる。


「「……」」


 なんとも言えない沈黙がイルムとアーサーの間に流れる。


 ──イルムは思った。

 やばいこれ以上何かいう様なら更にアイとの関係が悪化し、アーサーに怪しまれる。

 ──アーサーは思った。

 この子、頭おかしい。絶対に怪しい。


 しかし、そんな沈黙を破ったのはアイのパートナーであるユリスだった。彼女はしばらくアイとクスクスと笑ったあと大きく息を吐くとイルムに助け舟を出した。


「すみません。少し悪さが過ぎました。大丈夫です。アイはそこまで彼を嫌っていませんから、そうよね?」


 ユリスのそんな誤魔化す様な言葉にアーサーは疑う様に見ると、その視線は隣にいるアイに向けられた。

 アイはそのアーサーの視線を受けて、ジーッと見つめて固まっていると諦めたように、どこかめんどくさそうに首を縦に振った。


「そ、そうか。なら問題ないか。イルム君、取り敢えず君は保健室に行ってきなさい。今日はこれで終わりだから、明日のことはこの資料を見てくれ」


 アーサーは手に持った一枚の用紙をイルムに渡す。


「は、はい。なんか……すみませんでした」


 アーサーに気まずそうに頭を下げたイルムは用紙を受け取り、トボトボと哀愁漂う背中を見せて校内に入っていった。



 イルムはふらふらとした足取りで校内を歩いていると、消毒の匂いに誘われる様に歩いていくと保健室と書かれた部屋を見つけた。


「し、失礼します」

「あら、いらっしゃい。……その制服新入生?」


 イルムが部屋に入ると、部屋の奥から現れた女性が驚いた様にイルムの体を見回す。

 ふわりとしたクリーム色の髪を後ろでくくり、まるで犬の尻尾の様だ。ゆるりとした雰囲気と声はどこかイルムに癒しを与える。

 その女性はテキパキと救急箱を取り出して心配そうにイルムを見つめていた。新入生が初日で血塗れになって現れるなんて、例え保健室の先生でも予想外だろう。


「初めまして、保健室担当のクレア=ファランサよ。クレア先生って呼んで。傷は頬みたいだけど、顔中にかすり傷があるわね。なに、竜に平手打ちでもされたの?」

「んぐっ、スキンシップを少々」


 言い当てられたことに気まずくなったイルムに彼女はふんわりと笑った。


「ふふっ、馬鹿ねぇ。ま、竜に生身で立ち向かうなんて若くていいわね」

「はぁ、クレア先生も若そうですけど」

「ん〜、若いっていうのは歳とかではなくて、考えが若いって言ったの。ま、先生はまだピタピチの二十歳なんだけどね!」


 可愛くウィンクする姿にイルムはどうも見ていられず目を離す。するとクレアはそれに少し微笑むと救急箱から消毒と絆創膏を取り出して処置していく。


「いっつ」

「がまんがまん」


 しばらくして漸く終わったその処置にため息を吐いたイルムにクレアは元気をつけさせようと頭を撫でてきた。


「よしよし、明日からまた頑張ろう」

「はぁ」


 子供扱いしないでくれと言いたい気持ちはあるがなんだか疲れてしまっているせいかイルムには反撃するという気持ちが芽生えることなく、そのままなされるがままに頭を撫でられ続ける。


 しばらくしてようやく頭撫でを解放されたのがわかりイルムは頭を上げた。


「新入生のイルムです。処置してくださりありがとうございました」

「い〜え、先生ですから」


 クレアはその白衣の上からでもわかる豊満な胸を張る。サッと視線を逸らしたイルムは取り繕う様に会話を試みた。


「あの、少し雑談……というかこの学園のこと聞きたいんですけど、いいですか?」

「え? いいけど……私は保健室の先生だから授業内容とは詳しくないの」

「そうなんですか。……なら新入生の今年の全体的な行事って分かりますか?」


 竜騎士学園ともなればそう言う行事ごとは多いのだろうと思ってのイルムの発言にクレアは目を丸くするが、すぐに納得いった様に頷いた。


「いいわよ」


 本来普通の学園に入学する時はそのような資料はすでに配られるはずなのだが、この竜騎士学園は違う。

 情報規制が敷かれ外部に学園内の情報を流すことは固く禁じれているら。それは授業内容もそうだしなにより行事もだった。それによって竜騎士学園に入学する際にはその様な情報は一切新入生に話されることはない。わかるのは入学してからなのだ。


「そうねぇ、直近であるのは交流会かなぁ? 仮契約を済ませた新入生同士で同じクラス内で班を作って学園内にある障害物レースを行うな。ゴールまでの速さを競い合い、竜の騎乗力と一年生の交流を図るの」

「クラス……交流会……それっていつぐらいですかね?」


 冷や汗を流しながらイルムはまるで救いを求める羊のようにその女神を見つめた。

 イルムは頭の中でアイに首根っこ掴まれた状態で飛行し、イルムだけ障害物を避けられずにボロボロになっている姿が浮かんでいた。


「すぐだと思うよ。一週間後くらいじゃない。パートナーの竜に乗ることはそんな難しいことじゃないし、あとは実践あるのみって感じだし」


 どうやら現実はイルムに厳しいようだ。


「──あ、そうですか。……そのちなみにその日って保健室のベットって空いてますか?」


 サボるのが一番、王女の護衛はユリスに任せることにしようと他力本願なイルムだったがどうやらそうもいかないようだ。


「え? どうだろう? 毎年この交流会で怪我人続出の行事だし、多分開くことはないかな」


 怪我人続失って、イルムは妄想が具現化する気分に襲われ、少しだけ頭がクラクラした。そして交流会と聞いただけでお腹いっぱいになったイルムはサッと立ち上がる。


「先生、来週もお世話になります。ベットの予約って受け付けてますかね?」

「え、いや、流石にそれはないけど。出来れば怪我なく乗り切ってね。応援してるから」


 クレアは苦笑いしながらそう言うと心配そうにイルムに声をかけた。

 しかし、引き立った笑みを浮かべながらイルムはその席を立ち、保健室の扉の取手に手をかけた。


「ありがとうございます。では来週に……」


 何を聞いていたのか、同じような言葉を口にしたイルムだったが、パタリとその足を止めた。


「あ、クレア先生、学園の地図とか持ってます?」


 なんてことない、帰る場所が学園の何処にあるか知らなかったのである。





あとがき


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次回──プレイボーイ=イルム

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