7.戯れは命懸け

「──では始めてくれ」


 そんなアーサーの号令とともに新入生達は立ち上がり、各々の竜を見て回る。流石、竜の加護を受けた者たちなのかその足取りに迷いはなかった。竜を怖いと思う気持ちがあまり感じられない。

 少し驚いたようにその様子を見ていたイルムにミラは立ち上がって胸元で小さく手を振る。


「わ、私も行きます。いいパートナーに巡り合える様に頑張りましょう」

「おう、頑張ろうな」


 イルムはそう言って小走りで歩いていくミラに手を振っていると、突然背後から尋常じゃない冷たい殺気が飛んできた。

 それも二つ。イルムは身体をまるで錆びた歯車の様にギギギと振り返ると背後にユリスとそして少し離れたところに第三王女レムリアナが立っていた。


「ど、どうした? ユリスさん?」

「別に。ただ入学初日からナンパとは先輩がプレイボーイとは知らなかったわ。まさかあんな幼気な少女を釣るなんて、最低だわ」

「いや、待って違うから。落ち着け。あの子は寝てた起こしてくれた優しい女の子なの。だいたいなんでお前一人で行っちまったんだよ?」


 置いていかれた自分がなぜ責められているのか分からないが、自分だけ責められるのは納得いかないイルムはそう反撃する。しかしユリスはその冷気を感じさせる殺気をさらに纏う。


「はい? 今そんなことどうでもいいでしょ。私が言っているのはここに何しにきてるんですか貴方は、ということを言ってるの」

「んぐっ、確かにそうだが。ある程度人間関係の構築は必要だろ? お前、そういうの苦手だろ」

「…………別に苦手ではないわ。不得意なだけよ」

「それを苦手って言うんだ」


 そうしてようやく殺気を解いたユリスに冷や汗を流して安堵の息を吐いたイルムだが、未だに突き刺さる王女からの視線にその冷や汗は止まることを知らない。

 しかしそんな時、イルムにとって救いの声がかかった。


「えーっと、本契約を済ませてるのは三人か。レムリアナさんと、ユリスさん、そしてイルム君、だね」

「……え?」

「話を合わせて」


 救いかと思ったアーサーの言葉にイルムは首を傾げるが、ユリスが耳元で小さくそう言った。むず痒さを感じるがイルムはユリスに任せることにし、アーサーの声に耳を傾けた。


「レムリアナさんとユリスさんの竜は既にこちらに来ているから呼べばくると思うよ。それでイルム君、君の竜は怪我で竜の専門病院で治療中だと聞いてるんだけど、どんな感じかな?」


 突然ふられた話にイルムは一瞬、逡巡すると話を合わせる。


「えっと、もう少しかかると聞いてます。完治したら手紙が届く様になっているのでその時に」

「そうか。でも、本契約するとその人はパートナーの竜のものってことになって他の竜とは接触できないからな〜。これから竜と一緒に授業受けなきゃ行けないのが多くなると思うけど……大丈夫?」


 大丈夫かと、言われると絶対に大丈夫じゃない。どうしようかと頭を回していると、そこでユリスと目があった。

 そして思い出す。ユリスはイルムをフォローするために呼ばれたと、ならばフォローさせよう。


「こいつの竜とは長い付き合いで、何度か乗せては……くれないですけど指の先っぽで掴んではくれるので、なんかあったらこいつに頼みます」

「……はい?」


 イルムはユリスに指差してそう言うと当のユリスはまさかこんなところで自分を使われるとは思っていなかったのか、驚きの声を上げる。


 そんな様子にアーサーは戸惑った様に声をかけた。


「そのユリスさん、彼はそう言ってるけど大丈夫?」

「………………はい。大丈夫だと思います。しかし、それは私とこの人が一緒のクラスならばの話です。違うクラスならどうにもできませんので」

「そ、そう。分かった。検討する様に上に掛け合ってみるよ」


 そのまるで同じクラスにするなと言わんばかりのものいいとユリスから視線にアーサーは言葉を濁してそう伝える。

 当のイルムは既に明後日の方向を見て下手な口笛を吹いて、ユリスに絶対に目を合わせない様にしている。


「あの、もういいですか? パートナーの様子を知りたいんですが」


 痺れを切らしたようにレムリアナはアーサーに聞くが彼は思い出したのうに名簿に目を向けた。


「あ、ちょっと待って、その前に君達の授かった魔法を見せてもらいたいんだ」

「…………」

「ふんっ」


 その言葉に今度はイルムがユリスを見る。しかしユリスは完全に知らん振り。

 ──魔法、それは竜と本契約を済ませたことで与えられる力だ。

 竜の加護によって体に新たな器官としての刻印が魔力を生成し貯める。そしてその魔力を扱うことで魔法を使うことができる。パートナー契約は生涯に竜も人も互いに一度しかできない。そして竜が人に与えられる魔法も基本一つ。

 しかし何事にも例外は存在する。


「分かりました」


 レムリアナは即答するとその体から白い湯気の様な物を発した。そしてその瞬間、髪の色が金髪から赤い髪に色が変わり、そして目も真っ赤に染まった。


 その雰囲気はまさに竜そのもの。


「魔法名は竜化。感覚強化、身体能力向上、そしてこのオーラを自由に扱えます。拳に貯めると大きな岩も砕けます。あと、ブレスの様に放つこともできます」


 レムリアナは淡々とその能力を見せて、実演する様にその白いオーラを拳に乗せて空に打ち出すと雲に小さな穴が開いた。


「すごいな! 複数持ちと言うよりは総合と言ったほうがいいか、まさに竜化だ! これは将来が楽しみだ!」


 アーサーはその魔法にとても興味津々と言っと様にテンションが上がる。しかし、レムリアナのその早く終わらせろと言う目に冷静になったアーサーはコホンと咳払いすると次にユリスの方を向く。


「私は……意思伝達です。竜が竜との間で言語なく交信するように人と人の間で頭の中で会話することができます。だいたい範囲は……この学園の敷地くらいです」


 イルムはアーサーに見えない様に苦笑いする。そらそうだ。息を吐く様にユリスは二つの嘘をついた。

 一つは範囲。学園内なんて物じゃない、正確な範囲は知らないが最低でもこの王都セントラルのどこにいても交信できる。それはイルムが身をもって知っている。

 もう一つは魔法の数だが、ユリスとしても目立ちたくはないと言うことだろうか。とはいえ、おそらくもう手遅れだろう。


「おぉ⁉︎ 君もすごい魔法じゃないか!」


 イムルの思考を遮る様に驚いた声を上げたアーサーは頭に手を当てて、面白そうにしている。恐らくユリスがアーサーに魔法を使って見せたのだろう。


「ありがとうございます」

「うんうん。今年は豊作だな。君はどんな魔法をもらったんだい?」


 そんな期待な眼差しを向けるアーサーの顔は今この状況でイルムを苦しめるには十分な物だった。イルムはあからさまに顔を引きつらせた。


「え、えーっとおぉ」

「うん!」


 竜の加護を持たないイルムはまず魔力を持たない。左手の甲にあるのはただの後付けだ魔力が込められた紋様を貼り付けただけのもの。

 そして、イムルは竜と契約なんてしたことない。

 ──つまり、イムルに魔法は使えない。


「身体能力向上……です」

「……う、うん、そうか。い、いやおかしなことじゃないよ。この二人の魔法が希少も希少なだけだから。落ち込むことないって。ほ、ほら同じ魔法でも才能や努力で威力を強めることもできるし」

「百メートル走……五秒台です」

「…………うん、十分早いよ。いや、ほんとまだまだ入学したてなんだから、もっと強くなれるって」

「いや……別に気にしてないですから。……な、泣いてないですから、目にゴミが入っただけですから。だ、だから肩に手とか……おかないでくださいよ」


 いつのまにか始まった茶番の様なその会話に呆れたように見るユリスはチラッとレムリアナを見る。

 彼女はまるでイムルに攻めるような目で見つめた後に諦めたように背を向けると人差し指を丸めて口元に持っていくと甲高い笛を鳴らした。


 すると数十秒もしないうちに、空に影が現れた。それに気づいたイムル達も空を見上げると、空に浮かんでいた太陽がその影に覆われていた。その影は何でもない竜だ。

 しかし、その竜は大地を揺らすことはせず、ゆっくりと静かにレムリアナの側に降り立った。


「イブ、長い間待たせてごめんね」


 イブと呼ばれたそのパレードで見た白竜はレムリアナに顔を擦り付ける。まるで長い間会えなかった恋人に会って嬉しそうな様子だ。

 そしてまたして影が現れると次はユリスの隣に降り立った。蒼竜だ。こちらも嬉しそうにユリスと戯れあっている。


「アイ、元気だったか?」


 アイはイルムの声にゆっくりとこちらに顔を向けるとその綺麗でカッコいい顔がまるで嫌いな奴を見た様に顰める。


「……よ、よぉ。アイ、だいたい一週間──ぶべっ!!」


──そして、その鋭い爪を生やした大きな竜の掌がイルムの顔面を一瞬で薙ぎ払った。



あとがき


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