間章
入学式前日の夜
──その日、少年は自分が無力だと知った。
少年の住む、ユグドラシル王国と隣国のブリタニア帝国はここ数十年間戦争を続けてきた。その度に両国の民衆は怯えて、悲しみ、苦しむ。
どうして戦争をするのか、理由を考えたら両手でも数えきれない。それほど国の間では遺恨が積りに積もっていた。
そんなこと現代の国民からしたらどうでもいいのかもしれない、しかし王族は違う。彼等には威信と言うものがある。それを守るため彼等は幾度でも世代を超えて、権力を振るい戦争を起こす。
その犠牲となるのが国を守るためにその身を差し出した騎士と軍人だ。家族を守るため、大切な人を守るため、人の為に何かしたいため、いろんな意思があって従軍するのだろう。
しかしその戦争で犠牲になったのは騎士でも軍人でもない少年の両親だった。
王国側の竜騎士の隙を突かれ、帝国側の竜騎士が内部を破壊しようと試みたのだ。そしてその標的となったのが少年が住んでいた街だった。
その街は瞬く間に火の海に変わり、上空を飛ぶ竜と騎士から放たれるブレスによって建物も人も動物もすべてを焼き払って見せた。絶望の嵐が街を飲み込み、そしてそれは少年にも降り注いだ。
「お、おにいちゃん……」
「大丈夫、お兄ちゃんが付いてるから。ちゃんと捕まってろ」
少年に怯えた様子で抱きつく小さな少女に少年は引きつった笑顔で安心させようと少女の頭を震えた手で撫でる。
少女は手に持ってウサギの人形を力強く握りしめて耐える様に頷く。
そんなところに大きな声で二人を呼ぶ声がした。
「イル! ネイ! 出てこい、逃げるぞ!」
「イル〜、ネイ〜」
その声に二人は救われた様に笑顔になると、少年は少女の手を引っ張る様に家から外に出た。そして二人を抱きしめるては返したのは黒髪の男性と茶髪の女性だった。まるで目の前に広がるその光景から二人の目に映させないように。
「二人とも走れるな。防空壕の入り口まで行くからちゃんと捕まってろよ」
男性は少年を抱え、女性は少女を抱えた。その二人は子供の目を隠し走り出す。途中助けを呼ぶ様な呻き声が聞こえるが、歯を食いしばって耳を塞ぐ。
そんな時、地面が揺れた。
ゴゴゴゴッ!
振動は大人二人から少年達の方にも伝わり、そのせいで少女の手からウサギの人形が離れてしまう。
「──あ……!」
「ネイ! 帰ってきなさい! ネイ!」
揺れが収まると再び走り出した女性の腕から駄々をこねる様に飛び出した少女はその人形を取りに道を戻る。
「ウサギさん……」
だがそれがダメだった。再び地面が揺れた。しかもその震源地はすぐそば、少女の目の前だった。
「ガァァァァァォアア!!!」
その揺れは竜が地面に降りたった時の着地で発生した衝撃だ。竜は少女を威嚇する様に口を大きく開いて声を出した。
その瞬間少女の表情は安堵から恐怖に変わった。竜の真紅の瞳に見つめられ、体が固まり小刻みに震えたつことすらままならない。
そして、そんな光景に少年は見ていることしかできなかった。少年もまた体が動かなかった。涙を浮かべるその少女に手を伸ばすことすらできなかったのだ。
少女を助けようといち早くその意識を取り戻した男は腕の中の少年を女性に預けるように下ろすと脇目も振らずに走り出す。
しかしその竜は男が少女を助けるまで待ってはくれなかった。
「ネイ、すまん」
男は少女に近づくとその竜は嘲笑うかの様に口を大きく開け、赤色のエネルギーを貯める。
ブレス、この街を焼き払った竜の攻撃。男はそれに気づくが、少女に飛びつく様に駆け寄るとその体を持ち上げ、思いっきり投げ飛ばした。
「ネイ!」
飛ばしたところには女が待っており、少女を見事にキャッチして見せた。すると少年と少女を連れてそのブレスの斜線上から離すようとする。
女は決してその背後にいる男を見ることはせず歯を食いしばってその子供達を助けることを優先する。
「カナ!」
その男の声に何かを察した様に女は少年の手を強く握った。そして少年に笑いかけた。
「イル……生きて」
「かあさ──」
ドゴオオオオォォォォォ!!!
※
「──! っはぁはぁはぁはぁ」
余りにも耐え難いその悪夢にイルムは目を覚ました。身体からは大量の汗が滴り、きている服はベチョベチョになるほど汗を吸っていた。
吐き出される荒い息がその苦しさを加速させる。発作を起こしたように心臓が鼓動する。まるで心臓を握られたようなそんな感覚にイルムは吐き気すら感じていた。
体を起こしたイルムの体は小刻みに震えており、彼はその震えを抑えるように強く拳を握る。
しかし、爪が食い込むほど握られた彼の手を誰かが優しく包み込んだ。
「……ネイ」
隣で寝ていたネイが無意識なのか、そばにあったイルムの手を抱きしめるように包み込んでいた。幸せそうに笑みを浮かべながら寝る姿にイルムは毒気が抜かれたように徐々に心拍が正常に戻っていき思考がクリアになる。
「情けねぇ。ネイが乗り越えたってのに、兄貴がこれじゃあかっこ悪過ぎだろ」
哀愁漂う笑みを浮かべたイルムはネイの頭をそっと撫でる。
イルムは今でもこの悪夢をたまに見る。まるでわすれるなというように。
イルムにとってあの日が全ての始まり、そして決意の日。忘れられないのだ、あの日両親を殺した竜に乗っていた帝国竜騎士の顔が。
「──この手で必ず、殺してやる」
何十年にも渡った戦争は今、ある存在によって停戦状態へと移行している。いつまた何がきっかけで戦争が勃発してもおかしくない。
だからイルムは自分の手に繋がれたこの小さな温かい手だけは離さない。何があっても。
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