5.入学式をかき乱すのは学園長
案内に従いイムルとユリスは大きな講堂の中に入る。新入生を集めた入学式がここで行われる。
窓から入る光のみで照らされたその講堂内は少し薄暗い。規則的に並べられた席には既に多くの新入生が着席していた。
しかしイムルはその不自然さに首を傾げた。
「なんか……おかしくないか?」
「くだらないわね」
「……俺が?」
「今更なこと言わないで。違うわ、見てみなさい。ステージの前と後ろで雰囲気が全く違う様に見えるでしょう?」
ユリスはイルムのよくわからない勘違いを正す様に講堂内を見渡し、その違いを判らせようとする。イムルは目を細めて観察すると、すぐにその違和感の正体に気づく。
「ああ、階級乖離か」
「この学園は実力主義で身分は関係ない、と謳っているけど新入生までもがそうとは限らない。というか今まで貴族学校に、平民学校にいた彼等が仲良くなるなんて全く想像が付かないわ」
ユリスは首を振ると、入り口近くの空いてる席に座ってしまう。確かに今までの環境が偏っている為、すぐには混ざり合うのは無理だろうが貴族と平民が仲良くなる証明なら今すぐそばにある。
「ま、そんなことないだろ。事実、俺はお前とそこそこ打ち解けあっていると…………思って……良いんだよな?」
不安に駆られ、途中自信なさげに問いかけられたユリスは冷たい青眼でイムルを睨む。
「ふんっ」
そんなユリスのつっけんどな態度に小首を傾げるとイルムは突然講堂内の窓がカーテンによって閉められたことに気づき、大人しくユリスの隣に座った。
しばらくすると魔力光による照明でステージに一人の女性が立っているのが見えた。その女性はピシッと姿勢を正すとハキハキとした声で入学式の始まりを告げた。
「これより第99期新入生の入学式を始めます。まずは学園長から一言」
その講堂内に突如ステージにある壇上に光が当たった。そこに現れたのは一人の壮年の男性。無造作だがどこか貴賓漂う白髪や髭はその男性にとても似合って見える。
「新入生諸君、まずは入学おめでとう。私はこのセントラル竜騎士学園の学園長、アルフォンス=ルーベルトじゃ」
アルフォンスは一息入れるとその開いてるのか開いていないのか分からなかった目を見開き新入生を睨みつけた。
「君達がこの学園に何を思い、何を考え、どんな未来を期待して入学したのかは人それぞれでいい。それは私の知ったこっちゃじゃないわい」
彼は新入生が分離するその光景を見渡す。そして、新入生一人一人の目を見て、脅す様に殺意を放った。
「だがこれだけは言っておく、今君達が当たり前と思っているその席は今日からぐちゃぐちゃに置き換わるだろう。この竜騎士学園では貴族も平民も関係ない。竜騎士としての才能と実力が全てじゃ。良いか、我が校に腐った貴族平民社会を持ってくるな、この学園で許される社会は我が校の学風だけじゃ」
話が終わると講堂内に充満していた殺意が一瞬にして風が吹いたかの様に消え去った。その殺意にイルムとユリスも冷や汗をかいた。イルム達でもこれだ、普通の新入生ならそれだけじゃ済まない。
そしてそれは起こった。
講堂全体を覆う広く濃い霧が現れた。目の前の見えない状態に驚いた声を上げる新入生だったがその霧はしばらくするとすぐに収まった。
──思わぬ置き土産を置いて。
「「「「──」」」」
視界が変わっているのだ。正確に言えば学園長のいる場所が変わっている、いや自分が見ていた角度が変わっている。あの霧の間、新入生が座る席が全てシャッフルされていたのだ。
「ふむ、ま、そういうことじゃ。つまらない話をして悪かった。これで私の話は終わりじゃ。ではな」
殺気を解いたアルフォンスはそのシワの多い顔をクシャリとさせて笑顔でステージの脇に入っていく。アルフォンスがいなくなったことで多くの新入生から吐き出される緊張の声がイルム達の耳に入る。
イルムは何故か席の変わっていない隣のユリスに話しかけてる。
「あの爺さん、俺たち見てたな」
「えぇ、特徴的な貴方の顔に興味でも出たのかしら?」
「いや、それならお前の美人さに目が引かれた方が可能性があるだろ」
「……」
何の気なしの話にユリスが息を飲む声が聞こえ、イルムは横を向くとそこにはいつもの無表情のままステージを見つめるユリスの姿が。
「おい、ユリス?」
「……なに、息が臭いのだけど?」
「え、まじ。確かに昨日刺激臭のする飯だったけど」
はぁはぁ、と自分の手に息を吹きかけて、臭いを確認するイルムの姿にユリスは呆れた様な顔になるとイルムに見えない様に小さく息を吐いた。
「学園長は私達のことを知っている。なんの意図があって見たのかは判らないけど、キリスさんからはあちらから特に関わってくることはないって聞いてるわ」
「はぁはぁ。そ、そうか。ならいいや」
未だに臭いを確かめるイルムを放っていると、またしても耳に響く司会の声が流れた。
「続きまして新入生答辞。新入生代表レムリアナ=ユグドラシル」
「──はい!」
元気の良い、耳によく通る綺麗な芯のある声にイルムはピクリと手に吹きかける息を止めて壇上に上がっていく彼女を見る。
「王女か……」
「えぇ。流石と言ったらいいのかしら。代表は入試トップの成績によって選ばれる。私達は特殊で筆記しか受けてないけど彼女は実技も通して新入生トップ」
「俺らいるんかねぇ?」
イルムの不満たらたらな声をユリスは無視する。ユリスもイルムの言葉を本気にしているわけではないので付き合う気がない様だ。
無視されたがいつものことだと思いイルムはレムリアナの話を聞こうと姿勢を正す。
彼女が今回、というよりこれからの護衛対象。
何かブリタニア帝国の弱みになるのか、それとも王国にとって強みになるのか。これから探っていこう、そう決意した途端のことだ。
あら不思議。イルムの目蓋が徐々に下がってきている。
「桜の蕾が芽吹き咲き誇るこの良き日に、セントラル竜騎士学園に入学を迎えることができとても嬉しく思います。────」
そういえばと、イルムは思い出していた。
「(俺、こういうお堅い式とか苦手なんだよな)」
あとがき
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