4.桜舞う中、同僚と出くわす

 それから一週間が無情に経ち、当のイルムは商業・学園区域の商売が盛んな学園通りを歩いていた。彼の着ている服はいつもの竜の刻印がされた軍の制服ではなく、高貴さがうかがえる竜騎士学園の制服だった。

 質の良い黒色のジャケットを身に着け胸元からは紺色のネクタイを付けている。そのジャケットの肩には竜の刻印が刻まれていた。


 平民オーラ駄々洩れでそんな似合わない制服を着て歩くイルムにはその通りにいる人々から多くの視線が突き刺さっていた。

 だか、その視線も分からなくもない。彼等からしたら期待の星なのだろう。戦争における花形な竜騎士になる学園の生徒たちは民衆にしてみれば注目の的なのだ。


 それに竜騎士学園には貴族が多く、貴族区域から来る彼等はこの学園通りを歩いてくることはない。そうなれば珍しさも出る。


「あ~、やばい。緊張してきた」


 少し落ち着きない雰囲気を醸し出しながら歩くイルムは腹に手を当てる。緊張から逃げ出したいと願いながらもその足取りには迷いはない。


「ネイめ、あんな嬉しそうな顔しやがって。……はっ! これがお兄ちゃん離れという奴では……」


 イルムは家を出てきた時のことを思い出す。一週間前からすでにイルムたちの家に住み始めたキリスとそのキリスと手をつないだネイはニコニコと手を振ってイルムを送った。兄の立場をキリスに奪われたようで、思い出しただけでもイルムは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 重たくなる足取りに覇気をいれて歩き出すと学園通りから目的の竜騎士学園の校門が見えてきた。


「……やっぱ、デカいな~」


 王国最大の敷地を有したその学園の校舎はイルムがそんな言葉を無意識に呟いてしまうほど大きかった。その何に使うかわからないほど大きな門とおそらく敷地を囲む檻のような壁はその潔癖さをうかがわせる。


 校門近くにはすでに何人ものイルムと同じ制服を着た新入生がおり、案内を受けていた。イルムはハッとなったように意識を取り戻し、案内役の受付に並び自分の番になるまで待った。


「次の方どうぞ」

「はい。イルム=アストルです」


 何やら資料と羽ペンをもち、資料をパラパラとめくる。その様子に汗をだらだら流しながら固まったようにイルムは待つ。キリスには手続きは完了してある、と言われているが入学の仕方が仕方だけにこの待ち時間は心臓に悪い。


「はい、加護の提示を」


 左手の甲に刻まれた、イルムの場合は貼った、竜の刻印を見えるように胸の前にもっていく。スッと目を細めた受付は目を離し、資料にペンでチェックを入れた。その様子にイルムは緊張して固まった体をほぐす様に息を吐いた。


「イルム=アストル様。入学おめでとうございます。このまま門をくぐり、正面の校舎に入ってください。そこに案内の掲示板がありますのでそれに従い入学式の出席をお願いします。では良い学園生活になることを願っております」

「は、はい。ありがとうございます」


 小さく礼した受付の人に咄嗟にイルムは癖で敬礼しそうになるが、すぐに気付いたように抑えると返す様にお辞儀して中に入っていった。

 その様子に受付は意外そうな目でその背中を見ていた。学園には貴族が多いことからあまりそういう返しをされることが珍しかったのだろう。


 そんなこと知らないイルムはきょろきょろと周りを見渡しながら歩いていた。校門からその校舎までの道の両端には満開の桜の木が咲き誇っており、新入生を歓迎するように花びらが舞っていた。

 そして校舎の外壁には大きく竜の刻印が描かれている。そうイルム達が着ているこの竜騎士学園の制服の肩に刻まれた刻印と同じものが。

 その刻印は学園設立、つまり百年前に現れた英雄ブリューナクに刻まれていたとされる竜の刻印だ。それが今学園の校章として使われているのだ。


 イルムがふへーとそれを見上げていると突然背後の校門からざわざわと人の声が混ざり合った音がイルムの耳に入った。振り返ると門のほうは人ごみになっており、すでに校門から離れていたイルムには何が起こっているのかわからなかった。

 しかし、こんなに新入生の興味をひくものにイルムは一つしか知らない。


「王女か?」


 そう思い至ったイルムは観察のために道から外れ、桜の木下でその人ごみを眺めることにする。するとその瞬間まるでそこに竜のブレスでも打ち込めれたかのように人ごみに穴が開いた。人ごみはイルムと同じように道の端によけ、見惚れるようにその道を見ていた。

 そして、ついに人混みから彼女は出てきた。

 新入生と桜に歓迎されるようにその道から現れたのは一人の少女。その美しい水色の髪を桜とともになびかせる姿は見る者の目を奪っていく。高貴な制服を着こなし、ひらひらと舞うスカートから伸びるタイツを纏った綺麗な足が一歩一歩と真っ直ぐ歩く。冷たく見える青色の瞳には期待も不安も写していない。


「……ん?」


 そこでイルムはふと思った。あれ……なんか見たことあるな、と。


 イルムと同じ部隊『ファントム』に所属し、会えばイルムを罵倒し、話せば確実に毒舌を挟む。イルムのことを先輩と言うくせに敬う気は全く感じられない。責任を先輩のイルムに押し付けがち。ゴキブリが大嫌いで見つけると反射的に魔銃を打ち込む。


 それが、そうあの女、ユリス=クーベル。


「──ってお前かよ!」

「……あら、誰かと思えばその辛気臭そうな顔は先輩じゃない。いつから桜の木に擬態するようになったの?」

「擬態って……んなことするか。お前こそどうして……」


 相変わらずのユリスにイルムは呆けたように声を出すが、そういえばとキリスの言葉を思い出した。入試においてイルムとあともう一人合格した奴がいたと。


「何、知らなかったの? 私も貴方と一緒にこの学園に通うように言われたのよ。先輩が頼りなさ過ぎて、私にフォローして欲しいそうよ」

「フォロー……」


 イルムはその言葉を聞いて納得する。イルムはこの学園においてとても不安定な存在になることは既に決まっていると言っていい。しかし同時に思ったことがあった。


「何でお前がいるのに俺がいるんだ?」

「…………先輩がそうな様に私もそうということよ」


 前髪がその顔を隠す様に俯き、そう小さく呟いた。その言葉はイルムに聞こえていたがそれを聞き返す前にユリスはパッと顔を上げた。


「もういいでしょ。それより先輩こそこんなところで突っ立って何してるの?」


 イルムは誤魔化す様なユリスの態度が気になったが、触れない方がいいと直感が告げ話に乗ることにする。


「人混みができたからてっきり王女が来たのかと思って、少し観察しようとしたんだ。ま、来たのお前だったけど」

「先輩……貴方馬鹿なの?」

「な、何だ急に」


 前触れなく吐かれた既視感ある罵倒に戸惑うイルムにユリスは顔に手を当てて呆れた様にため息を吐く。


「はぁ、王女がこんな時間帯に来るわけないでしょ。混雑を避けるためにもう既に中に入ってるに違いないわ」


 現在時刻はそろそろ入学式が始まる十分前というところ。開門は一時間前だ。王族がこんな時間に来るわけがない。当たり前の予想だ。


「ああ、そっか。確かに」

「間抜けね。……まさか少佐から貰った資料を読んでないなんて言わないわよね?」


 少佐からの資料というのは、今回の護衛任務につき護衛対象である王女とその交流関係などの調査資料のことだ。


「お前、誰に物言ってんだ。だいたいお前に仕事教えたのは俺だろうが。自分ができなくてどうするよ」

「そう、ならいいわ。早く行きましょう。急がないと入学式が始まってしまうわ」


 イルムの不満そうな顔にユリスは気にすることなく、当然というような顔をするとイルムを置いて校舎の方に歩き出した。


「(なんか……こいつ)」


 そんなユリスのその足並みはどこか機嫌がいいと感じたのはきっとイルムだけだろう。




あとがき


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