3.幼女の発明

 キリスからの指令にこれ以上は歯向かったところで結論は変わらないことはイルムも分かっていた。


「わかりましたよ、分かりました。その任務承りました。……それで俺の家に少佐の荷物がというのは……住む気ですか?」

「その通りだ。私がお前のいない三年ほどお邪魔しよう」

「……そうですか。くれぐれもネイの教育に悪いことはしないでくださいね。……例えば泥酔とか」

「ぐっ。……ま、まぁ月一くらいには控えようか」


 痛いところを突かれたように苦い顔をするキリスにイルムは心配そうに見つめる。

 しかし、今一度考えるとネイはイルムよりもしっかりしている。どちらかといえば世話をするのはネイの方になりそうだ。そう思ったイルムはさらに心配になるが考えるが、これも無駄に近い。


「話を戻しますが、理由を聞かせてもらえないでしょうか。王の暗殺未遂によって王引いては王族が狙われている可能性は分かります。この事件俺達の部隊が外れてる時に起こったことなんですよね。

──つまり相手方に俺たちの存在が割れてるということじゃないんですか?」

「だから、だ。その報告書では王暗殺未遂と書かれているがどうやらのその場には第三王女もいたらしい。私はこの犯行は王ではなくその王女を狙った物だと睨んでいる」


 キリスの言うことはおかしなことではない。第三王女よりも王に目が行くのは当然だが、そう言うこともあり得る。


「理由は?」

「──勘だ」


 自信満々で正当性のないことをドヤ顔で言ってのけるキリスは実はすごい人なのではないだろうかと思えてくる。いや、事実キリスは凄い人である。二十七という若さで少佐まで昇進し、こんな危なっかしい部隊を任せられているのだ。優秀なのは間違いない。

 だがいかんせんキリスの命令はどこかふわふわした物で当たる時もあるし当たらない時もあるという確率付きの命令だ。そしてイルム達部下は毎度その命令に振り回される。


「…………そうですか。まぁ、少佐の勘に助けられた身としてはそれを信じる他ありません」


そう、何を隠そうイルムが『ファントム』に入り、軍人になれたのはキリスのおかげなのだ。ネイと共に孤児院にいた時に、彼女が手を取ったくれたのだ。その理由も勘とキリスは言う。


「ではもう一つ、俺の記憶が正しければ学園の入学試験は既に終わってるはずなんですが、そこんとこわかってますか?」

「護衛任務の協力要請として学園長の許可も取ってある。まぁ、入学を許可されたのは竜の加護を持ち、入学できる学力を持ったものと言われたがな」

「それ遠回しに拒んでるのと同じじゃねぇか。……あの……もしかして、先月にやったあの謎のテストがそれを測るためのもの、とか」

「その通りだ。いや〜どいつもこいつも頭悪いったらありゃしない。お前とあともう一人だけだぞ、入学基準を上回ったのは」


 イルムはその言葉を聞いて、そのテストのことを思い出す。あれは緊急任務として部隊全員がキリスに呼び出され、そのテストという名の軍人学校入試試験のモニターということで参加させられた。

 今に思えば、あんな問題普通の学生が解ける問題じゃない。イルムのいる部隊の隊員は全部で八人だ。同じ試験を助けたイルムの同僚の何人かなんて開始数秒で夢の中だった。他のやつは出席すらしてなかった。


「はぁ。それじゃあ竜の加護……はどうするんですか? 俺、加護は受け取っていませんが」


 ──竜の加護。

 それは竜からの信頼の証と祝福。これは研究によればおよそ三歳までに竜と触れ合い、その竜に認められたものが与えられる加護のこと。


 そして残念ながらイルムはそんなもの持ち合わせていなかった。


「──クックック。ここで私が──来た!」


 そんなイルムの疑問に答えたのは目の前にいるキリスではなかった。答えたのはイルムの背後の扉を開き不気味な笑い声を上げ、身を包んだ白衣をはためかせた少女、という幼女だ。


「よく来たな。ケイ」


キリスはまるでナイスタイミングというように親指を立てた。その様子にイルムは冷たい目で彼女達を見る。


「待ち伏せご苦労なことで」


 彼女、ケイ=アモルはこの『ファントム』の技術専門の隊員だ。この隊室のそばにある研究室に年がら年中篭り、何やら開発に勤しんでいる。この上官にしてこの部下と言える。

 ボサボサな赤髪を無造作に後ろに留めて、くりっとしたエメラルドの瞳を覆う眼鏡を若干傾けている。

 そしてその小さな手には黒い箱を持っているようだ。


「小僧、お前にこれをくれよう」

「十六の俺とお前は四つしか違わないだろうが」


 ケイは腰に手を当てて、その子供体型に相応しい薄い胸を張ってその箱をイルムに差し出してくる。イルムは胡散臭そうに目を細めるが、その自信溢れる顔に押されるように受け取った。

 恐る恐る中を開くとそこには竜の紋様が描かれた一枚のシールが入っていた。イルムは首を傾げると、ケイは部屋をトコトコと回りながら、自慢するようにそのシールについて説明し出した。


「それはな、先程小僧が気にしていた竜の加護の確認を騙すための、まぁ偽刻印じゃ」

「偽って……」

「そのシールに描かれた竜の紋様には少しの竜の魔力が込められておる。そのシールを左手の甲に張り付ければ、特殊な液体をつけなければ剥がれない刻印の完成。それがあれば竜は騙されぬが人間なら騙せるはずじゃ」


 竜の加護を貰ったものは全員その証として左の手の甲に人それぞれの竜の紋様が刻まれる。そしてその刻印には竜の魔力が込められる。それが竜の加護だという証拠になるということだ。ケイはそれを利用し、ごまかせということだろう。


「それって結局竜の加護でもなんでもないだろ。魔力を生成できない俺はただの人じゃねぇか」

「知らん。そこにおるキリスの依頼は誤魔化せというものじゃ。あとは自分でなんとかしろ。それに加護を貰っていない体で魔力を蓄積でもしてみろ、四肢が破裂するぞ」


 ケイはなんでもないようにそう言う。まるで見たことがあるような言い方にイルムは顔を引きつらせる。


 竜の加護を貰った者そうでない者には圧倒的な違いが生まれる。

 それは魔力だ。

 本来竜にのみ許された魔法という力の源。その魔力を人間の体でありながら生成し、蓄積できる。それは竜の加護によって刻まれた刻印の制御によってできるのだ。

 そして竜騎士は竜とその魔法を駆使して戦う。つまり、魔力を持たないイルムは学園に入れても、魔法を使えない時点でバレる可能性があるということ。


「まぁ、バレないように頑張るしかないだろうな。大丈夫だ。お前にはその馬鹿げた身体能力があるんだ、何とかなるさ。……細かいことは今夜お前の家に行くからそんとき話すぞ」


 無責任なその言葉をかけたキリスはこれで話は終わりだというように立ち上がるとケイと報酬の話をしながら部屋の外に出て行ってしまった。


「あぁー……勘弁してれよ、ほんと」


 一人残されたイルムのその悲痛な叫びはその部隊室に小さく反響した。しかし、その声を拾ってくれる者は誰もいないだろう。




 イルムを置いて外に出たキリスとケイは地下の道を歩いていた。キリスのまるでいたずらが成功したような顔に隣を歩いていたケイはその顔を見上げてジトっとした目で見る。


「さっきも言ったが、あれは人は騙せても竜は騙せない。竜との契約ができなければ、最悪退学もおかしくないぞ。そこのところはどうするんだキリスよ」


 竜騎士学園では入学すぐに飼育されている竜の中から、パートナーとなる契約を結ぶ。そしてそれがこれから学園内における相棒となるのだ。しかし、それができるのは竜の加護を貰ったものだけ。

 それが分かってるのかというようなケイの言葉にキリスは肩を空かせた。


「さぁ? 私はある御方に頼まれただけだ。それに……任務に就くのが誰もあいつだけとは言ってない。くくっ、これから楽しくなるぞ、ケイ」


 キリスはさらにいたずらっ子の顔になると、気分良くしたようにケイの体を抱っこした。ケイは特に抵抗することなく抱えられたがその顔には不機嫌と書かれていた。


「楽しそうで何よりだ。……はよ、降ろさんか」

「すまんすまん」

「……それであの小僧が抜けた穴はどうやって補う気だ? あの小僧はあんなでもこの国の──」

「だから、さ。だからあいつを王女の護衛に就かせるんだよ。補うも何もない。……さっ、質問タイムは終わりだ。気分がいい。ケイ、今から酒でも飲むか!」


 意味深なことを言うキリスはケイを床に降ろした後、指でコップを持つようにすると何回か傾けてみせた。そんな仕草にケイは立ち止まり、先程出てきたその部屋を見る。


「小僧についさっき注意されたばかりだろうに。……だが、おごりなら行かんでもない」


 まるで阿保を見るようにキリスを見るが、悲しいかなケイもこの部隊の酒豪の一員だった。まだ日が出て時間もたってない朝っぱらから酒を飲もうとする二人はたわいもない話をしながら、地上への階段を昇って行った。




あとがき


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