第7話 お姫様はやっぱり攫われたい。
「おねえざまあああ……」
死屍累々という表現がぴったりの男たちを転がしたままにして馬車の扉を開ければ、涙で顔をどろどろにしたツイアリティが抱きついてきた。鼻水も垂れ流しで、お嬢様然とした姿が台無しだがいいのだろうか。
「同じ年よね、なぜお姉様? まあいいけれど。あいつら、お兄様の婚約者候補である貴女を潰すためにシエナ侯爵から頼まれたそうよ。これで婚約者候補は貴女一人になったのだから、安心なさいな」
シエナ侯爵の令嬢は第四王子の婚約者候補だ。二人で争っていたので、結果的にツイアリティが婚約者に決定するだろう。宥めれば、彼女は必死で首を横に振った。
「わだじにば、むりでずぅぅぅ」
「え、唯一の候補になっちゃったのに、辞退とかされたら助けた意味がないじゃない」
「だっで…ごわいぃぃ、でんがだっで、妹のごどばっがりで…ぢっども相手じでぐれない…」
それはあのシスコン兄が悪いのか。
いや、むしろ可憐な美貌を持ってしまった自分の罪だ。
「そうなの。ごめんなさいね、でも私、ほら攫われる予定だから。お兄様も妹ばかり目を向けていられないっていうか。他のお兄様だって結婚したでしょう?」
「皆様…諦めるが……ずずっ同志になるがの二択しがないっで言われまじだああ」
皆とはたぶん兄嫁たちのことだろう。同志ってなんだ、と思わなくもないが賢明に尋ねることは堪えた。
「今さらだけれど、とにかく離れてくれない? 貴女の顔に血がつくわ」
自分のドレスは男たちの返り血でドロドロだ。あの鞭は切れ味を重視しているので、簡単に服の上から皮膚を切り裂くことができる。結果、汚れるのだが。
「大丈夫でずぅぅ……」
「いや、私が気になるから……」
「姫、遅くなりました!」
馬で駆けてきたキールダーが、飛び降りてルエットの元にやって来た。
ルエットは抱きついてくるツイアリティをべりっと引き剥がすとキールダーに向かって抱きついた。
「助けに来てくれてありがとうっ、キールダー!」
「いや、俺、何もしてませんよね?!」
騎士は抱き着いてきた姫をしっかりと抱きしめ返しながら、困惑しつつ叫んだ。
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「で、結局、なんで攫われたいって?」
いつもの物見台の塔に登って王都を見下ろしていたルエットに、キールダーが嫌そうに聞いてきた。
聞きたくなければ聞かなければいいのに、と思いつつ振り向いて正直に話す。
「だって、私、このままだと傾国の美女でしょう?」
「は?」
「お父様もお兄様たちも宰相や将軍も私に甘いのよ。法律は簡単に変えるし、騎士団も総動員で動かすし、誰も彼もが私の言いなりなのだから。やっぱりそういうの、よくないと思うの」
「あー…まぁ……?」
否定したいが否定しきれないといった苦悶の表情を浮かべて護衛騎士は唸る。
「平和な国に私がいたら悪くなるだけじゃない? でも相手が悪い人だったら正せばいいんだもの。悪い国でも同じよね。だから、そういう場所に攫われたいわけなのよ」
兄に溺愛された自分は一通り戦える。一番得意なのは鞭だが、剣も槍も弓も使える。乗馬もできるし、文官の仕事もばっちりだ。王太子教育だって長兄と一緒に受けている。一重に彼らが片時も自分と離れたくないと我儘を言ったからだ。
結果、様々な能力が身に付いたのに、活かせる場所がない。仕方ないので攫われることにした。どうせ頼んだところで誰も城から出ることを許可してくれないのだから。
色々とやりたいことはあるのに、どうしても望む場所に攫われない。
物語だとお姫様は攫われるのに、なぜ自分は攫われないのか。自分だって姫なのに。美貌を兼ね備えているのに、何故だ。
不思議で仕方がない。
「どうしてかしらね?」
「根本が間違ってるからじゃないですかね?」
攫われたい人は『鮮血の女王様』だなんて二つ名がついたりしませんよ、と肩を落としながらキールダーはなんとか答えた。
体ごと向きなおして、ルエットは護衛騎士をまっすぐに見つめる。窓から吹き込んだ風が優しく金色の髪を揺らした。
「それにね、攫われたお姫様は必ず騎士が助けにきてくれるのよ」
それに憧れているの、とルエットははにかむように笑うのだった。
お姫様は攫われたい! マルコフ。/久川航璃 @markoh
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