鈴の音が聞こえる

@smile_cheese

鈴の音が聞こえる

どこからか鈴の音が聞こえる。

もうすぐクリスマスがやってくるのだ。


街全体が浮き足立っている中、富田鈴花は焦っていた。

クリスマスに開催される弾き語りライブで披露する予定の新曲が完成していないのだ。

鈴花は相方の松田好花と一緒にユニット『花ちゃんズ』としてステージのトリを務めることになっていた。

クリスマスという特別な日のトリを飾るのだ。

そこで新曲が間に合わなかったとあれば、お客さんもさぞやガッカリするだろう。

鈴花はそんなプレッシャーと焦りで頭がパンクしそうになっていた。

そんな中、好花が練習時間になってもスタジオに現れない。

鈴花は何度も好花に電話を掛けてみるが全く繋がらない。

好花がいないことで更に焦った鈴花は心配よりも苛立ちが勝ってしまい、首に掛けていたヘッドホンを外して壁に投げつけた。

30分後、好花が息を切らしながらスタジオに現れた。


好花「ごめん、寝坊しちゃって」


鈴花「何度も電話したのに」


好花「慌てて出てきたからスマホ置いてきちゃって。ほんと、ごめん!」


鈴花「もう遅いよ。クリスマスライブはキャンセルしよ」


好花「え?なんでそうなるの?遅れたのは本当に悪いと思ってるけど、なにもキャンセルしなくても」


鈴花「時間がないの!今日だって1秒でも長く練習したかったのに。なんでこんなときに遅刻するわけ?」


好花「それは…昨日、徹夜で…」


鈴花「ほら、遊んでたんじゃん。ライブのことなんてどうだっていいんだ!」


好花「違う!」


鈴花「もういい!どっちにしろ間に合わないよ」


そう言うと、鈴花はドアを強く閉めてスタジオから飛び出していった。


気がつくと鈴花は駅まで来ていた。

このまま電車に乗ってどこか遠いところまで行ってしまおうか。

そんなことを考えていると、どこからかギターを弾く音と綺麗な歌声が聴こえてきた。

音のする方へと歩いていくと、同い年くらいの少女がギター1本で弾き語りをやっていた。

鈴花はしばらくその少女の歌に耳を傾けた。

そして、自分たちもこの駅でよく弾き語りをやっていたことを思い出していた。

鈴花は歌い終わった少女に話しかけてみることにした。


鈴花「あなたはどうして歌を歌っているの?」


少女の答えはシンプルだった。


『歌うことが好きだから』


そうだった。

私も歌うことが好きなんだ。

好花と一緒に歌うことが何よりも好きなんだ。

鈴花は少女にお礼を言うと、急いでスタジオへと向かって走り出した。


一方、好花は遅刻して鈴花を怒らせてしまったことを心の底から後悔していた。

もう戻ってこないかもしれないという不安が頭を過る。

好花は一人残されたスタジオの静けさに耐えられず、ギターを弾き、歌い始めた。


好花「骨董通り曲がったら…」


それは、二人で初めて作った曲だった。


『まさか偶然』


突然、好花の歌声にハモりが加わった。

好花が振り返ると鈴花が今にも泣き出しそうな顔をして立っていた。

二人は何も言わずしばらく見つめ合うと、軽くうなずき、続きを歌い始めた。


『君のコートによく似ていた


 深緑と茶色のタータンチェック


 人混みの中でハッとしたのは


 忘れられないあの恋』


二人の息はピッタリと重なっていた。


好花「鈴、本当にごめんなさい」


鈴花「ううん。私の方こそ逃げ出したりしてごめん。私、このと一緒に歌を歌うのが好き」


好花「私も。あのね、徹夜しちゃったのは遊んでたからじゃないの。これを書いてたの」


好花は鈴花に1枚の紙を手渡した。


鈴花「これって…」


好花「新曲の歌詞を考えてみたの。いつもは曲が出来てから歌詞を付けてたでしょ?けど、鈴が作曲で悩んでたのは知ってたから、何かヒントになるんじゃないかと思って」


鈴花「この…ありがとう。それなのに私ってば」


鈴花が大粒の涙を流す。

それに連れて好花も涙を流した。


好花「もういいんだって。結局、そのせいで寝坊しちゃったんだから」


二人は力強く抱きしめ合った。

幼なじみや家族とはまた違った温かさと安心感があった。


鈴花「あ!降りてきたかも!」


好花「新曲のメロディ?じゃあ、忘れないうちに今から曲作ろうよ!」


こうして、二人はあれこれと意見をぶつけ合いながら新曲作りに集中していった。


鈴花「ここの歌詞はさ、こっちに変えたらどう?」


好花「確かにその方が良いかも。あとさ、この曲やるときはお客さんも一緒に歌ってもらうのはどうかな?」


鈴花「うん、それ良いね!じゃあ、何人かのお客さんには楽器も渡そうよ」


好花「楽器か…何が良いかな?」


鈴花「そりゃあ、この歌詞ならアレしかないっしょ!」


好花「そっか!じゃあさ、タイトルはこうしない?」


スタジオに笑い声と歌声が響き渡る

二人はとても楽しそうだった。

そして、あれだけ悩んでいた新曲もこの日の内になんとか完成させることが出来たのだった。


1週間後。

クリスマスライブはたくさんの人で溢れ返っていた。

トリを務める花ちゃんズのライブも大いに盛り上がり、いよいよ最後の曲になった。


好花「この日のために新曲を作ってきました。クリスマスにぴったりの曲です。お配りした歌詞を見ながら一緒に歌ってもらえたら嬉しいです」


鈴花「何人かのお客さんにはある楽器もお配りしているので、一緒に楽しく演奏しましょう!それでは、最後の曲です。聴いてください」


『鈴の音が聞こえる』



完。

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