短粗筋】騙していたお前が悪い。例え叛逆だろうが、必ず王家を滅ぼすと決めた【タイトル】魔女狩りの英雄はそれでも全てを捨てる

みなみなと

第1話最果ての森

 ──とうとう、ここまで来たか。待っていろよ、リデット。


 ブレない信念の灯火を内で熱く静かに燃やしながら過去を思い返す。


『我が国の誇りであるシュバリエよ。そなたの吉報を心待ちにしておるぞ』

『はい。自分の全てを賭して、必ずや魔女・リデットを討ち果たして来ます』

『うむ。我は確信しておる。そなた達が勝つことを──』


 デサード王からの激励を思い出し、その対話をしたのが一年以上も前だと気が付く。とても長い時間旅をしていた。時には迷い。時には挫折をしかけ。それでも頑張れたのは、皆を──そして、皆を導く王を思ってこそだった。


 ──英雄になるんだ。


 小さき頃からの夢が今、果たされようとしている。昂る気持ちをなだめ、深呼吸をして今一度、リデットがいるとされる森をシュバリエは視界におさめた。


「さあ、行こうじゃねぇか! シュバリエ」

「そうよ! 立ってるだけじゃ何も始まらないわ。なりたいんでしょ──英雄に!」

「英雄になる前に、ナディア。お前とシュバリエの挙式だな?」

「茶化すのはよしてよ、ダグス! 今は」

「そうだぞ。何勝った気でいるんだよ。相手はあの魔女だ。驕りは死を招く」


 武道家のダグスに白魔道士のナディア。唯一の仲間であり幼なじみの二人。この二人には死んで欲しくはない。大切な存在なんだ。かけがえの無い──人生において最高の友であり恋人。だからこそ、ダグスの余裕な様は見ていて分からないでもない。


 鍛え抜かれた屈強な体を持つダグスだからではなく。村一番の魔力を持つナディアだからじゃない。


 信頼し合ってるからこそ、しないんだ。──負ける気が。けれど、それじゃあダメだと知っているが故に、喝を入れた訳だが、ダグスは人の顔を懐かしむように見て──


「俺の命はお前に託してる。何があってもずっと一緒だ」

「そうね。シュバリエ? 私もよ」と、ナディアも同調し、白い法衣服を風に靡かせながら言う。


「それなら俺だって一緒だっつーの」


 気だるげに反応しながら、本心ではナディアに見蕩れていた。柔らかい黒髪に、線の細い体。なにより、優しい表情にそれを映えさせる宝石のように黒い瞳。いつみたって、ナディア──彼女は美しかった。


 ──守ってみせる。


 強く誓い、目を背けて今一度、リデットがいる森タナスを瞳に写した。


「行こう」


 今までで何よりも重たい一歩を踏み出す。腰にぶら下げた魔剣デュラハンの柄を強く握りながら、シュバリエは細い息を吐いた。


 ここまでの道のりは、決して綺麗事じゃ済まされないほどの犠牲を生み出してきてしまった。時には魔女を崇拝する異教徒とは言え子供や女性にさえ、天秤にかけては、剣の刃を振り下ろしてきた。今でも夜な夜な聞こえる、彼等の憎悪に満ちたざわめきが。


 これは代償であり、シュバリエが一生背負わなきゃならない十字架だ。世界を──大衆を守る為には、少数を切り捨てなければならない。


 数多くを守る為には仕方がなかった。そんな言い訳じみた言葉で片付けてはならない罪。大罪。


 けれど、その犠牲も今日で終わる。この最果ての森、タナスにいる魔女を討ち取り、最後にするんだ。無駄な争いも、何もかも。


「なあ、分かるか?」


 鬱蒼と茂る木々を縫いながら歩いていると、ダグスは息を吐くように問いかけた。主語を言わず漠然とした問いに対し、普段ならば意図がわからず小首を傾げていただろう。


 しかし今は違う。例え端的だったとしても、ダグスの言いたいことが分かる。


「ああ。ヒシヒシと伝わる。奴の魔力を」


 今まで感じた事のない空気の淀み。ねっとりと纒わり付く陰湿な魔力が肌呼吸を苛む。これが島の大半を占める森を覆っていると考えるだけで息が詰まりそうだ。


 いったいリデットは、どれぐらい強大で巨悪な存在なのか。これを一言で片付けるならば、“計り知れない”が正解に最も近いだろう。


 だとしても、鼻白む訳にはいかない。二人が顔をひきつらせ、不安を露にしている時こそ悠然ゆうぜんとし神妙しんみょうにシュバリエは努めた。


 自分に言い聞かせ──


「まあでも、ナディアがキレた時の方が数倍も凄いだろ?」と、おちゃらけて見せた。


「…………」

「………………」


 空気も読まない発言に生じた僅か数秒足らずの沈黙。これがまた息苦しくて仕方がなかったが、静寂はダグスの口を尖らして吹き出す「ぷッ」と言う言葉によって切り裂かれた。


 [ちげーねーや。……ッて、痛てぇッ]

 [どうした?]

 [ん? いや、木に手をかけていたら虫に噛まれただけだ。毒もないみたいだし、大丈夫だろ。ほれ、見てみろ。ナディアなんか心配する素振りひとつねぇじゃねえか]


 ダグスの投げやりな声を元にナディアをみれば、なるほど。

 確かに心配をまるっきりしていないようだ。けれど、ダグスには申し訳ないが花を愛でる目の前の彼女には見蕩れざるを得ない。


 [でも、見た事のない花だな]

 [確かに。さっきの虫もそうだが……この島特有の生き物ってことかもよ?]

 [そうじゃないかしら?私も花は好きだけれど、こればかりはしらないもの]と、花弁を触りながらナディアは言う。


 だがまあ、そんな事は正直どうでもよかった。目の前の二人から少しでも緊張感が解れた事が何よりも嬉しい。


 [この戦いが終わったら、調べてみればいいさ]と、言い残し魔女がいるであろう場所へと向かった。


 次第に肌寒くなり、吐く息は白くなってゆく。今まで鬱蒼としていた景色も枯渇し、霜がおりた大地では、歩く度にミシミシと音を響かせる。


 生命と呼べるものが次第に数を減らす中で開ける視界。その先に立つは一人の女性。


 [あいつか]

 [だろうな。二人とも準備はいいか?]

 [ふん。そんなん、お前と一緒に旅へ出た時からどうに出来てるわ! ──救世主になる覚悟がな! 先手……行かせてもらうぜ!]


 剛毅を帯びた力強い声音と同時に、ダグスは内から溢れる覇気をさながら鎧が如く纏う。それは可視化される程の力を持ち、野生の動物達が慌ただしさを見せるまでに恐ろしい。


 身近で幾度となく見てきたシュバリエですら、言葉を息と共に呑み込み、緊張感からは冷や汗をひとつ額から流す。


 中腰になったダグスは、お構い無しに拳を地面に添えた。金色の髪や道着が激しくなる中、紡は闘詩とうし


 [天地を乖離させ、魅せるは極楽浄土──爆砕破落ばくさいはらくだ、ごらぁあ!!]


 うねらせた声と共に訪れる地響き。次第に地面には亀裂が走り、底なしの闇が足を竦ませる。


 [いきなり全力かよっ。まずは相手の出方をだな]


 縺れる足をどうにかこうにか体制を崩さないよう堪える。


 [何あまちゃんなこと言ってるのよ。ダグスに続くわよ、シュバリエ]

 [あ、ああ。分かってるよ!!]


 鎖が鍔に絡まっている鞘をカチャリと掴む。


 [我が想いに応えよ、首無し騎士デュラハン!]


 真紅に染まる鎖は粒子に変わり、赤い胞子が中をまい消えゆく刹那、鞘からは光を呑み込む黒い刃が顔をのぞかせる。


 [まったく。こいつは今でも俺を喰らう気かよ。まあいい、威勢があるだけ、な]


 鞘走らせる隣でナディアは手を編む。


 [いつも通りで行くわよ。まずはダグス、貴方に肉体強化を!]


 ピンク色を混ぜたような白い魔力がナディア中心に渦を巻く。暖かい風が巻き上がり、足元には小さな芽が顔を出す中で。


 [肉体強化アルトロン!]

 [おお!ありがてーぜ!おるぁぁぁあ!!]


 雄叫びを放ち、応えるように地面は更に裂ける。


 [次は貴方よ! 魔力強化マジティア! 俊敏強化ヘイス!]

 [助かる! 行くぞ、デュラハン!]


 切っ先を天に向け円を描きながらシュバリエは言葉を紡ぐ。


 [極光を喰らいし暗き星よ。始まりの大地を灰燼に帰す為に竈を開け──]


 次第に全身から魔力がデュラハンに集まり、四重に連なった魔法陣が展開。脱力感に苛まれながらも、シュバリエは力強く言い放つ。


 [降り注げ!! 黒星流こくせいりゅう!]


 それは、魔法陣の破壊と共に訪れた黒い星々。ダグスが地上をシュバリエが空中を。回避不可のである連携技だ。


 [後詰だ]と、砂煙と黒星流がぶつかる衝撃で変えた地形を見据える。


 残像を残し、シュバリエは未だ微動だにしない黒い影の背後に回る行動に移行した。


 けたたましい音が鼓膜を刺激し、速い移動は視界を狭める。目を細めながら、それでも黒い影からは目を逸らさない。


 視界は徐々に晴れ。近ずき次第に影は色を宿す。長く赤い髪に黒いローブ。左手には杖を掴んでいた。そしてそれを地面に突き刺す瞬間──


 本能的にシュバリエは距離を取った。


 [愚かな人間共め]


 横へと脱兎する刹那、震えた声音はそんな事を言っていた気がする。


 だが、そんな事よりも着地し、体制をたて直す間もなくシュバリエは言葉を失った。


 回避不可の連携技だ。

 つまり回避を前提にした攻撃。だが彼女は、赤い髪を炎が如く揺らめかせた彼女は回避をしていない。

 真っ向から受け止め──それでいて微動だとしていないのだ。


 違う。あれは違った。受け止めたのではなく、あの瞬間、消し去ったのだ。ダグスの爆砕破落も黒星流も。


 [クソッタレ……圧倒的過ぎんだろ]


 柄を掴む右手が震える。自分が恐れているのか、デュラハンが怯えているのか。

 しかし、臆していては埒が明かない。気持ちを瞬時に切り替え、シュバリエは言う。


 [なら接近戦だ! ダグス行くぞ! ナディア、援護を頼んだよ!]

 [分かったぜ大将!]

 [任せてちょうだい!]


 戦意が衰えていない声が鼓膜を叩き、頷き応えたシュバリエもまたデュラハンを斜に構える。


 深呼吸を数回し、細く空いた口の隙間から鋭い息を漏らす。


 [──シッ]


 陥没音を置き去りに、体を捻り体重を乗せたシュバリエが特攻。後に続くダグスもまた後ろへと回り込む。


 しかし、次に鼓膜を揺さぶる声音は、絶望に膝をつき滲ますものでもなく。また、慟哭を宿したものでもない。


 それは余りにも静かなものだった。


 [愚かで哀れな人間──安息の地に何をしに来た]


 だが、それ以上に驚いたのは二人の攻撃を意図も簡単に防いで見せたという事実。


 [へっ。んなん、お前を倒して平和を手に入れる為だっつーの]


 顔に、微かな焦りをみせながらもダグスは笑みを浮かべ言ってのける。


 [ふっ。なるほど。なるほど、の。かの者は破錠を望むか]

 [破錠? 何を訳の分からねぇ事をヌケヌケと!]


 語気を荒げるダグスの腕は、力いっぱい押し込んでいるのか震えている。にも関わらず、リデットへは触れる事ができない。まるで分厚く頑丈な壁を押しているような感覚の筈。

 斯く言うシュバリエも同じだからこそ分かった現状。


 [嘘偽りは時に真実を屈服させてしまう。愚かな人間よ。踊らされし道化よ。うぬらは最期まで演じ切る自信はあるかの?]

 [演じる? はん! 演じるんじゃねえ。なるんだよ、本物に! おっるぁぁあ! 吹き飛べ……ッやぁあ!]


 地を揺らし、足を硬い地面にめり込ませるダグスの眉間には青筋が浮かび上がる。


 [いい事、言うじゃねーかダグス!挟撃はやめだ!]


 すぐさまに移動し、シュバリエはダグスの隣に立つ。


 [久々じゃねぇかよ、な!? この昂りはよ。いつからだ? 互いの役職の務めのみに、徹していたのは]

 [違いない。昔はこうやって、力を合わせて戦っていた! だからこそ、今の俺たちなら──作れる]

 [だな!]

 [[一瞬の隙を!!]]

 [[るぁああああああ!!]]

 [なるほど。これが、かの者が寄越した使徒の力か]


 今まで無防備だったリデットは体制を変え守りにはいる。だが、今のシュバリエにうれいはない。一心不乱に力を振り絞る。


 [ふ……きっ……飛べゃあ! だぁぁあ! らぁ!]


 途中で止まっていた刃が体制を崩すと同時に地面を叩く。踏みとどまれずに倒れ込みながら──


 [ナディア! 任せた!]

 [任せられる前から準備万端よ!]


 これだ。これなのだ。互いを信頼してるからこそ出せる力は想定を超える。


 [天の使者が繋ぐは契約と誓い。顕現せよ、天のエデンルクス!]


 重鎮たる鐘の音が響き、空は金色へと様変わる。次第に雲は裂け、天の梯子エンジェルラダーが地を照らさんと降り注いだ。


 ──そして。


 空からはいくつ目の鎖が顕現し、リデットの体を拘束。


 [はあ、はあ、はあ。今よ!!]


 膝をつきながら叫ぶナディアを見て頷けば、背からは衝撃が走る。


 [行ってこい、シュバリエ! その一撃、お前に譲ってやらあ]

 [あ、ああ! 後からグダグダ言うなよ!?]

 [ばーか。言うに決まってんだろ。ほれ、決めてこい]

 [おう。待ってろ、すぐ終わらせる]

 [酒ぐらいは奢れよな!]

 [禁酒……いや、そうだな。任せとけ]



 剣を構え、一切の雑念を切り捨て無我の境地に至る。


 耳鳴りにも似た音が心音を凌駕し、いずれ無音に変わった。視界が狭まり、ただ一点捉えるはリデット。


 腰を屈め、切っ先を魔女へ向けるとシュバリエは再び力強い一歩を踏み込む。


 [──これで終わりだ]


 肉を貫く感覚が剣から伝わり、赤い血で手は温かさを手に入れる。めてから訪れたのは勝利を手にした興奮ではなく、まったく違うものだった。


 違和感──そして嫌な予感。なぜ彼女はあれだけの魔力を持ちながらも攻撃を“一切”としてこなかったのか。胸を燻るざわめきに視線をリデットの顔へと持ち上げれば。


 [ククク……]


 嘲笑を浮かべ、紫紺の瞳は哀れむかのような視線をシュバリエへと送っていた。


 [何が面白い]

 [面白い……ぁあ、そうか。これは愉快?いや、違うの。悲しいのだ]

 [悲、しい?]


 問えば、リデットは震えた手を肩に乗せる。


 [妾には全てが分かった。お前達が殺して行った者たち。奪い取ったものたち。全てが分かった。理解した。かの者に踊らされし道化、よ。お前には罰……]


 沈黙。感じる事のない生命力。なんども見てきた生き物の成れの果て。


 [逝ったか]


 デュラハンを胸から抜き取り、血糊を払って鞘へと仕舞い振り返る刹那──


 [ちょっちょっと、ダグス!?何!?]


 声を上ずらせるナディアの目線の先には、拳を鳴らしながら敵意を剥き出すダグスの姿だった。


 [何やってんだあいつは!]


 急ぎ向かい、ナディアとの間に割って入る。


 [じゃれ合いはよせ。終わったんだ、帰るぞダグ]

 [ククク……クク……クハハハ]


 肩を小刻みに震わせ、怪しくダグスは笑う。豪快で大雑把な大男が今まで見せたこともない陰湿で嫌な笑い声。堪らず眉間を顰める。


 [おいおい、どうしちまったんだよ!?]

 [はぁ……新しい肉体とは、新鮮であるな。何も知らぬ哀れな者よ。お前を待ち受けるは感涙かんるいではない]

 [新しい肉体……ッ?ちょっとアイツ何言ってるの?]


 隣に立ったナディアの問に答えを知るはずがないシュバリエは、横に首を振る。


 [分からねぇ]

 [かの者の使徒よ。さあ、始めようじゃないか。罰を──悲しみと惨状の悲劇を!]

 [お前は……リデット!?]

 [……で、あるな]


 ゆっくり進みながらダグスは言う。冗談は好きだが嘘が嫌いだった奴だ。こんな笑えない状況を作るはずがない。かと言って、肩を叩き馴れ合いを求めるなんて正直無理だ。


 結果、後退りを余儀なくされたシュバリエは、ナディアを庇う形を取りながら後ろへとすり足で下がり続ける。


 [ダグスを返せ]

 [返せ?と?クハハハ。無理な話だ。妾の精神は地を這う根。この男の精神は既に妾が。さて、こうだったかな]


 腰を屈め、ダグスはくちずさむ。


 [天地を乖離させ、魅せるは極楽浄土──]


 熱量も感じない、冷めきった声音。いままでダグスの口から聞いたことも無い声。だがしかし、その闘詩は何回も聞いている。


 ──本当にダグは。


 [爆砕破落ばくさいはらく


 口の端を噛み締めたシュバリエは、ナディアの腰を抱え力を込めて後ろへ跳躍。数十メートルまで飛び上がった。


 リデットの周囲は崩落。それはダグスが扱える以上の効力を持っていた。足場をどうにか探し降りてみれば──


 [なぜ殺さない?]


 離れた場所に降りたはずが、目の前にはダグスの姿。


 [殺せるはず、ねぇだろ。返せよ!ダグスを!]


 血走らせた目を剥いて吼える。


 [散々、他者を殺めておいて仲間は殺せないと]

 [うるせぇ]

 [今まで何人の者を殺めてきた。他者の言葉も聞かず、自分が知りうる事を誠とし、何人の生者を刃にかけた]

 [お前に、お前に何がわかるってんだよ!!]


 やりきれないった。確かに、自分のしている事に疑念を抱いた事は数しれない。けれど、だからといって迷っていては刃が鈍る。だから信じ込むしか──思い込むしかシュバリエには出来なかった。


 鞘から剣を抜き、切っ先をダグスに向ける。声は震え、視点は定まらない。


 [何も分からない。分かる必要も無い。真実を知らぬ道化よ。お前にはこの上ない苦……るせぇよ]

 [ダ、ダグスなのか!?]

 [あ、ああ。すまねぇ……な。ちぃとばかし油断したみてえだ]


 冷や汗を垂らし、虚ろな瞳でシュバリエを見ながらダグスは辛そうに笑う。


 [馬鹿野郎が!今助ける]

 [そ、の必要はねぇ。なんと、妾の精神を覆す……うるせぇってんだろ!]


 ──メシャリ。


 骨がすり潰すれるような音が鼓膜に届く刹那、ダグスの左腕はあらぬ方向へ曲がっていた。


 [シュバリエよぉ……。俺事、この魔女を──殺せ]


 苦悶に満ちた表情を浮かべながらダグスは言った。聞き届けられる筈のない結末を。願いを。


 当然首を横に振るえば、ダグスは力いっぱいに叫んだ。


 [アホが!!お前……英雄になりてえんだろうが]

 [英雄になると、ダグスを殺すとは意味が]

 [一緒だ。バカタレが。俺を殺さねーと……何も変わらねぇ。時間がねぇ。俺には分かる。だから……だから]

 [嫌だに決まってる!まて、今解決法──]


 手に伝わる暖かさ。


 [ナディア……]

 [駄目よ。駄目なの。シュバリエ?ダグスの気持ちを──覚悟を踏みにじらないであげて]


 目に涙をうかべ、必死に訴えるナディアから目を背ける事しか出来なかった。


 [けれど……]

 [言ったじゃねーか。俺は何があってもずっと傍に居るって、よぉ。だから──頼む。殺されんなら、親友の手で死にてぇ。──聞いてくれよ……俺の最後で最期の願いを……]

 [──ダグス]

 [おう]


 か細い声が鼓膜を掠める。きっともう、ダグスの精神は限界にちかいのだろう。それがわかってしまったシュバリエは、柄を強く握り直す。


 [俺はお前のデリカシーの無さが嫌いだった]

 [おう]

 [酒癖は悪いし、聞かれたくない事をズバズバいうし]


 ゆっくりと歩き、ダグスの元へと向かう。


 [おう]

 [俺が困った時は、豪快に笑って背中を叩くし]

 [だな]

 [俺に危険がないようにと、いつも先陣を担うし]

 [……]

 [俺は……俺は!!]

 [ありがとう、なシュバリエ。最高の親友だよ、お前は]

 [うあああああああ!!]


 ダグスの笑顔を見たシュバリエは叫び、剣を突き刺した。感じたくもない肉を貫く感覚に心臓は激しい痛みを伴う。


 [グ……ッ……]

 [ダグス……俺は]

 [良いんだ。俺は最期まで幸せだった。ナディアと──幸せに、な]


 寄りかかるように倒れ込むダグスを抱え、地面に横たわらせる。


 [最期まで人の心配を……。ダグス、最高の親友。俺はお前を絶対忘れない。これからも傍に居てく──]

 [グッァァァ……ッ!!]


 ダグスの頬に触れた瞬間、聞こえた絶叫。それは──


 [ナディア……?]

 [クハハハ。実に哀れで滑稽な死に方よ]


 脱力した様子で肩を落とすナディアに見たものは──


 [リデット……貴様ァァァァ!!]

 [ほう。こやつとお前は……ふふ。ふはははは!!これはいい。殺せるか?お前に……恋人のこやつを]

 [なんで、お前は次から次へ]

 [この森に住むもの達は言わば妾の目であり精神]

 [もしかして……それって]

 [察しが早い。こやつらは触れたであろう?妾に]


 これじゃあ、ダグスの死は──

 身を任せ、託してくれたダグスの覚悟は──

 ナディアの想いは──

 後に引くことはもう出来ない。


 大勢を守る為。人類を救う為。自分に言い聞かせ、シュバリエは剣を振るう。き弧を綺麗に描き、振り下ろされた剣はナディアの腹部を割いた。


 [なっ!? 躊躇いもなく斬った、と?]


 腹部に回復魔法を与えながら、リデットは驚いた様子を浮かべていた。


 血の涙を流した苦渋の決断。


 躊躇いがないわけがない。


 [俺はナディアを愛してる。だからこそ、俺が殺してやるんだ]


 踏み込み、ナディアの背後に周り心臓を貫く。


 [哀れな、道化。これで終わると思うなよ……世界は破滅へ向かう。お前が犯した大罪──その手で見届けるがいい]

 [ナディアの声で喋るな。消えろ]


 剣を抜き、鮮血が血を叩く。力なく倒れたナディアの頬に触れ、シュバリエはただただ涙を流す事しか出来ずにいた。


 [ごめん……皆、ごめん……俺だけ……俺だけ生きてしまった]

 [シュバリ……エ]

 [ナディア!? ごめん、俺……お前を……]

 [謝らないで。貴方は悪くない。寧ろ──正しいのよ]


 口から血を流し、ナディアは言う。


 [私──分かったの。彼女は悪くないわ。多分、この世界で一番の被害者]

 [何を言ってんだよ!?というか、喋るな。意識があるなら早く治癒を]


 手を握れば、ナディアは力なくも握り返す。


 [今から見せるのは彼女の記憶。そして、それが真実。ねえ、シュバリエ。私は信じてる。貴方が本当の英雄になるのを]

 [記憶なんざどうでもいい!俺はお前と未来を]

 [ふふふ。そんな顔をしないの。ねえ、記憶って形のない宝物なのよ。その引き出しにしまってもらえるって凄い幸せだって──思わない?]

 [何を]

 [私は──私達は生き続けるのよ。シュバリエ、貴方の記憶の中で永遠に]

 [そんなん、綺麗事だ]

 [綺麗ならいいじゃない。でもね、私の愛は本物よ……シュバリエ?私は貴方が大好きだった。したかったな……結婚]


 ナディアの手は淡い白さを帯びて発光した。やがて光は増し、シュバリエを包む。


 そして知るは明かされていない真実だった。全てを知ったシュバリエは、ナディアの亡骸を撫でつつ誓う。


 [これが俺の最期だ]


 全ての主犯であり、騙し続けてきた偽りの平和を齎し続けた者。


 [デザートを討つ]


 立ち上がり、剣を鞘にしまう。二人とリデットを土に埋め、花を手向け手を合わせる。


 今までしてきた事を無駄で終わらせないために。罪を償うために、シュバリエは今、叛逆を誓うのだった。


 [あの光の柱──リデットよ。逝ったな。ふふふ、これより我の時代が始まる]

 [まったく。お前はとんだ極悪人だよ]

 [言ってくれるな。で、そっちの準備はどうなんだ?]

 [首尾は上々だよ。いずれ我らの艦隊が空からくるだろうさ。では、長居をしても意味が無い。我はお暇させてもらう]

 [御苦労]


 もう少しで悲願が達成される。世界を愛したセフィロトの魔女の死が新たな時代の幕を引くのだ。


 [異世界からの来訪者……ッ!?──誰だ!?]


 書斎の扉が開け放され、振り返れば一人の騎士が肩を上下させていた。


 [何用だ。こんな時間に]

 [お逃げ下さい、デザート王!]

 [逃げる?一体何から。まったく変な事を抜かしよるわ]

 [シュバリエ=カーレッドの謀反……ぐふっ]

 [──ッ!?]


 デザートの瞳に写ったのは、銅から首が離れる瞬間だった。


 [誰だ!?]

 [誰って……コイツがァ言っていたじゃねえか。俺だよ、シュバリエだ。いいや違うな──あいつの言葉を借りるなら道化……か]


 崩れ落ちる騎士の背後から姿を見せたのは、血だらけの傷だらけのシュバリエだった。以前のような忠義心は見て取れず、ヒシヒシと感じるのは害意と殺意。


 [騎士達はどうした!?]

 [あいつらなら、皆殺しにしてやったよ]

 [皆殺し!?何を馬鹿な。ガーランド!早くこいつを殺せ!]

 [嘘かどうか。ガーランド、か。確か騎士団長だったか?]と、鷹のように鋭い双眸をしたシュバリエは何かを投げつけた。

 自然と視線はたぐられ、見てみれば──


 [ガーランドに与えた指輪]


 指ごと切り落とされた指輪を見て、デザートの表情は初めて蒼白する。


 [言い残すことはあるか?]


 歩きよるシュバリエから距離をとる。焦りは最高潮へと達し、冷や汗は背中を濡らす。


 [ま、まて!!]


 上擦った声で静止を試みても、シュバリエから零れるのは悪意に満ちた笑み。


 [安心しろ……俺が全てを引き受けてやる。英雄ではなく、悪としてこの世界を変えるんだ。デザート、お前の時代は今日をもって終わる。──死ね]

 [ふ、ふざけるなぁぁぁあ!!]


 手に触れた剣をすぐさま掴み、鞘を捨て斬り掛かる。


 だが──


 [なんだよこの攻撃は。お前が壊滅させろと言った町の子供の方がもっといい太刀筋をしていたぞ]


 弾きかえかれ、宙を回転する剣は天井へと突き刺さる。


 [こんな事をして……タダで済むと]

 [思ってなんかいねぇ。だがな、これが俺の贖罪だ。俺が担う罰だ。終われ、デザート]


 空を斬る音を最後に、視界は暗転。徐々に冷たくなる体温を感じながらデザートの呼吸は止まった。


 この日──長きに渡り大陸・ライハを総べて来たデザート家の歴史は、悪に身を落とした叛逆者──シュバリエ=カーレッドにより幕を下ろす。

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