33、小型なら
────ギャオォォオォ!
大型災厄獣が身悶えしている。
長い鉤爪で頭を抱えるようにして、何かを嫌がるように首を左右に降っていた。瞳がきつく閉じられている。
少しでも怯ませられれば大成功だと、半ば自棄になって投げつけてみたが、予想以上の結果になった。
それでも思う。
(口の仲で爆発したんだから、もうちょい堪えてくれたって良いのに!)
身を隠す場所を求めて、美夜子は必死に走っていた。
大型災厄獣の視界が回復するまでに、少しでも安全な場所に行かなければならない。
六番通りの外れから、七番通り、そして、七番通りより先の〈ERROR〉まで────美夜子はずっと全力疾走だった。
心臓は早鐘のように打ち、背中や額には嫌な汗が滲んでいる。肩は大きく上下して、自分の呼吸音がやたらと耳についた。
背中や肩に、痺れるような痛みがある。何より足の筋肉が悲鳴を上げていた。一度、動かすことを止めたら、しばらくは歩くことすらままならないかも知れない。
もう一度、同じように災厄獣と追いかけっこをする体力や気力は残っていない。
死にたくないのなら、
瓦礫の山の中を、隠れる場所を求めて走り続ける。
崩れかけた廃墟でも、建物の形をしていなくても良い。せめて、潜りこめるだけの隙間があれば、
「────っ!」
不意に、左足ががくんと沈んだ。
足元に、地面がない。ぽっかりと穴が空いている。
(しまっ────)
どうすることもできずに、落下する。
鳥肌が立つような浮遊感の後、左肩を強く打ち付けた。
目の前が一瞬暗くなった。右手に握りしめた赤光刃を手放さなかったのは奇跡だと思う。
しばらく、左肩を下に横になったまま、身動きが取れなかった。転がったまま辺りを確認する。
瓦礫の山の間に、ぽっかりと空いた穴。そこにうっかり落ちてしまった。
深さはそれほどでもない。二メートルあるかないかだ。最初から跳び降りるつもりでいたなら、対処できたかも知れない。
元々は、商業施設の地下駐車場だったのだろう。ひび割れたコンクリートの床が、白線で区切られている。
(結構広いな)
横になったまま、深呼吸を繰り返した。落下の衝撃で麻痺していた感覚が戻ってくる。
がらんとした駐車場は、静かだった。空気が湿っている。まだ昼過ぎあたりなのに、辺りが妙に暗かった。
(雨、降るのかな)
災厄獣がの活動が活発になるのは、太陽が出ている日中だ。雨や曇りの日は、夜ほどではないものの動きが鈍くなり、大人しくなる。
(雨、降って欲しいな)
まずは上半身を引きずり起こし、一度大きく息を吐いてから、気合いを入れて立ち上がる。
とりあえず、自分の足で立つことはできた。身体のあちこちに軋むような痛みを感じているが、動かすことはできる。
「折れてない…………折れてないぞー。多分また全身打撲入院コース」
自分に言い聞かせるように小さく呟いて、打撲という言葉に顔をしかめる。
すでに充分なくらい身体のあちこちが痛いのだ。このうえ痛そうな言葉を思い浮かべるものではなかった。
〈…………あこ、美夜子、聞こえる?〉
腕につけた通信機が、ジジジと虫の羽音のような音を立てた。
押し殺したケイトの声。通信はまだ繋がっていた。
思わず頬が緩む。
「ああ、ケイトさん。大丈夫です。生きてますよ。何とか大型災厄獣を撒きました。近くに災厄獣は居ません」
〈…………もしやばそうな状況になったら、すぐ通信を切りなさい。逃げることだけに集中して〉
「はい」
ケイトの声が硬い。そんなに気にすることないのに、と再び思う。
(私には家族がいないんだし)
〈
「あら。それなら撒かない方が良かったかな」
〈馬鹿。相手は大型よ。あんたの位置情報なんか無くても、すぐ見つかるわ〉
黒と赤の
瓦礫の山の間を縫うようにして走る大型バイクが見えたような気がした。
〈あとはあんただけ。美夜子、すぐに迎えに行くから、もう少し────〉
────キィィエェアアァァァ!
「…………っ!」
災厄獣の咆哮。胸元を丸太で殴りつけられたような衝撃が走った。
息が詰まる。呼吸ができない。
〈美夜子っ!?〉────ケイトの声が、遠い。
大きな塊が、体当たりをしてきた。壁に叩きつけられ、倒れ込む前に腹を太い足に踏みつけられる。
目の前に白い星が散った。右手に握った赤光刃を、顔の前に突き出せたのは、奇跡としか言いようがなかった。
右の手の甲に、焼け付くような痛み。痛みにぼやけて歪んだ視界の中で、美夜子の手首から先をがっちりと咥えこんだ災厄獣の姿が見える。
体毛は────白だった。小型だ。目を大きく見開いている。
(小型…………小型だ。大型じゃない)
それなら、戦える。反射的にそう思った。
〈美夜子? 美夜子っ!〉
「大丈夫…………大丈夫ですよ、ケイトさん」
通信機から流れるケイトの声は、完全に悲鳴だ。それに、低い声で答える。
喉の奥が震えて、勝手に乾いた笑い声が出た。
「大型じゃない。小型です」
咄嗟に突き出しただけの攻撃では、致命傷にはならなかったのだろう。
今まで、何十匹もの災厄獣を討伐してきた。だから、感覚でわかる。
これでは、口の中に赤光刃を突っ込んだだけで、急所である喉奥を貫けていない。
だが、それがなんだというのだ。
腹を踏みつけている鉤爪の力が強くなる。左の脇腹に災厄獣の爪が食い込み、じわじわと出血していくのを、どこか他人事のように感じていた。
「小型なら」
右手が裂けるのを構わずに、赤光刃をさらに奥へと押し込む。
届いていないのなら、押し込んでやれば良いのだ。
相手は
災厄獣の身体が、びくんと跳ねた。
「小型だったら────殺せるんだよ!」
腹の底から叫ぶ。こいつを殺す。それしか考えていなかった。
災厄獣の後頭部を、赤い光の刃が突き破った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます