30、助太刀

 その日、美夜子と梨乃はA地区六番通りの担当になった。

 三番通りまでは、廃墟の街の中を巡回することになる。

 四番通りからは崩壊したものが多くなり、五番通りから先は瓦礫の山と廃墟の残骸ばかりだ。

「今日もいっぱいいるねえ」

 ビルの残骸の影に身を潜めて、双眼鏡を覗いた美夜子がのんびりと言う。梨乃は隣で周囲の警戒だ。

「また群れがいるとかないですよね」

「それは大丈夫。離れたところにぽつぽつ五匹ぐらいいる感じ。群れじゃないね」

「なら、いいんですけど」

 災厄獣討伐の基本は二体一だ。

 狙撃手スナイパー蒼光銃そうこうじゅうで災厄獣の攻撃を妨害し、その隙に懐に潜り込んだ闘士バトラーが、急所に赤光刃しゃっこうじんを叩き込む。

 複数の災厄獣と同時に交戦したり、闘士バトラーのみ、または狙撃手スナイパーのみで戦うことは想定されていない。

「じゃあ、左端から行ってみよっか。とりあえずこれで五匹は確定だね」

 双眼鏡から目を離し、隣の梨乃に向き直る。

 梨乃は、美夜子の言葉に小さく頷いた。

「わかりました。今日の討伐王は、私達ですね」

 梨乃が大真面目な顔でそんなことを言う。口元に、淡い笑みが浮かんでいた。

 第五部隊では、最終的に誰が何匹討伐したのかを報告した際、最も討伐数が多かったペアに討伐王の称号が贈られる。

 災厄獣と遭遇するかどうかは完全に運の問題だ。守護兵ガードマンとしてやるべきことをやっているだけなので、討伐数が多いからといって昇給したり、階級が上がることはない。

 その日に飲み会があれば割り勘の免除、無ければ翌日にお菓子やジュースの差し入れの確率が上がり、しばらくの間あだ名が「討伐王」になったりするが、それだけだ。

「どうだろうねえ。今日は森村くんと高崎さんが七番通りにいるし。朔間と中山さんは六番通りだし」

(··········気を遣わせちゃったな)

 美夜子と梨乃、森村と高崎、朔間と中山は討伐王常連だ。

 だが、梨乃がこの手の冗談を言うのは珍しい。

「それじゃあ、討伐王目指して頑張ろうか、梨乃ちゃん!」

 梨乃の肩を一度軽く叩いて、美夜子はビルの残骸から飛び出した。

 まずは、この付近にいる災厄獣を、一匹残らず討伐する。



「うわあああああっ」

 目についた災厄獣を片っ端から討伐して、次の獲物を探そうと移動を始めた時。

 微かな悲鳴が向かって左側から聞こえたような気がした。

(────誰の声だ?)

 まだ幼さが強く残る、少年の声だ。恐ろしさ半分、気合い半分といったように聞こえる。

「梨乃ちゃん」

「はい」

 片手を上げて呼び止めると、梨乃はすぐに察してくれた。

 周囲の警戒は梨乃に任せて、双眼鏡を目に押し当てる。

 六番通りと七番通りの境目あたりで、一人の闘士バトラーが災厄獣と向き合っていた。やや離れたところで、片膝をついた狙撃手スナイパーがいる。

 闘士バトラーは赤光刃を盾に変えて、災厄獣の猛攻に何とか耐えている状態だった。

 狙撃手スナイパーが何とか隙を作ろうと蒼光銃を乱射しているが、災厄獣の肩や脇腹を掠めるだけで、上手く急所に当てられないでいる。

 彼らのすぐ近くに、既に息絶えた災厄獣の遺体が転がっていた。

(一匹狩った直後に、不意打ちを食らったのか)

 あの状態では、狙撃手スナイパーが災厄獣の動きを止められなければ、闘士バトラーは逃げることすらできない。手助けが必要だ。

「ちょっとピンチになってる子がいる。助けに行くよ、梨乃ちゃん」

「はい」

 保護用ゴーグルを掛け直し、地面を蹴る。既に加速器の起動は済ませてあった。始めは点のようにしか見えなかった二人の姿が、どんどん近づいてくる。

 点が人の形に変わったあたりで、保護用ゴーグルが二人の戦闘服のタグを読み取った。四角いアイコン名前が表示される。

 闘士バトラーの方は伊山いやま光太郎こうたろう

 狙撃手スナイパー桜田さくらだ春樹はるき

(伊山さんと桜田くんか。急いであげないと)

 伊山は守護兵ガードマン歴七年の、そろそろベテランの仲間入りをしてもおかしくない闘士バトラーだが、桜田の方は守護兵ガードマンになったばかりの新人だ。

 頼りにしていた先輩は身動きが取れず、自分が何とかするしかない。パニックを起こしても仕方がない状況だろう。

 足は止めずに、腕につけた通信機を操作する。

 相手は、災厄獣の猛攻に耐えている伊山だ。

「こちら珠野。伊山さん、大丈夫ですか?」

「うわああああああっ」

「桜田ァッ! 落ち着けッ!」

 通信を繋げた途端、桜田の悲鳴と伊山の焦ったような声が聞こえた。

 こちらの声に応答できる状態ではない。

「今すぐ応援に向かいます。もう少しだけ、耐えてください」

 一方的に言い捨てて、美夜子は地面を強く蹴った。

 美夜子の右頬を掠めるように、青い光が通り過ぎていった。

 梨乃の狙撃だ。桜田が乱射する青い光を飛び越えて、梨乃の一撃が災厄獣の左目に突き刺さる。

 伊山に向けて、めちゃくちゃに鉤爪を振り下ろしていた災厄獣が、びくんと大きく跳ねた。

 動きが止まった一瞬を見逃さずに、伊山が大きく後ろへ下がる。

 美夜子は、伊山と入れ替わるようにして災厄獣の正面に躍り出た。

 災厄獣は大きく鉤爪を振り上げるが、振り下ろす前に腕の付け根を梨乃に撃たれて、硬直する。

 目を血走らせた災厄獣が、大きく口を開けて、咆哮を上げようとした────そこに。

「攻撃!」

 半開きになった口の中に、美夜子は赤光刃をねじ込んだ。

 赤い光が災厄獣の喉奥を貫き、更に後頭部まで突き抜ける。

 傷口から青い血が吹き出し、災厄獣の目から光が失われた。

 力を失った災厄獣の身体が、美夜子の方へ倒れ込んでくる。

「おっとっと」

 下敷きになっては堪らないので、美夜子は慌てて赤光刃を喉奥から引き抜き、後ろへ下がった。

 ずずん、と腹の底へ響くような音を立てて、災厄獣が崩れ落ちる。

 しばらくの間、美夜子は赤口刃を構えたまま災厄獣を眺めていた。

 災厄獣の生命力は強い。急所である喉奥を貫き、討伐できたと油断していたら、実はまだ生きていた災厄獣に不意打ちをされる────などという事態は避けたかった。

 災厄獣は、ぴくりとも動かない。

(────殺せた。これなら大丈夫)

 災厄獣が息絶えたことを確認して、美夜子はほっと息をついた。

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