29、大丈夫だよ
「美夜子先輩、大丈夫ですか?」
「··········うん。大丈夫。平気平気」
「いやいや大丈夫な顔じゃないですよそれ。やばいです」
「そんなやばそうに見える?」
心配そうに顔を覗き込んできた梨乃に向かって、美夜子はへらりと笑いかけた。
「もし体調が悪いのなら、ケイト隊長に相談した方が────」
「ああ、うん。ごめん。本当に大丈夫だよ。最近、
いつものようにカフェオレを片手に朝の休憩の一時を過ごしていた美夜子は、上半身をテーブルに投げ出すようにして突っ伏していた。
それを、遅れてやって来た梨乃に発見されて、今に至る。
上半身は起こさず、顔だけを梨乃の方に向けて、美夜子はへらへらと続けた。
「夢の中でなんだけど、なんか酷い風邪引いたみたいでさ。熱いわ寒いわ気持ち悪いわで流し台に向かってげえげえやってたら、いきなりやって来た大男に平手打ちされるんだ。仕事を増やすなーとか言われて」
「弱ってる人に平手打ちするんですか。最低ですね、その男」
ばっさりと切り捨てた後に、梨乃は美夜子の額に手を押し付けた。
「そんな最低野郎、私が殴り飛ばしてやりますよ」
「わあ、梨乃ちゃんってば物騒~。格好良い~」
高崎を殴り飛ばす梨乃の姿を想像してみる。
女性にしては長身の梨乃は、高崎よりも背が高い。とはいえ高崎は横幅がそれなりにあるので、梨乃が本気で殴ったところで、転倒はしないだろう。
ただ、物凄く驚いた顔はするかも知れない。
殴られた頬を抑えて、目を丸くする高崎の顔を想像すると、ほんの少しだけ愉快になった。
「気持ちは嬉しいけど、そういう最低野郎は自分で殴りたいなあ。素手が効かないなら武器とか使って」
「先輩の方がよっぽど物騒じゃないですか。··········熱は無さそうですね」
額から手が離れた。梨乃が、真面目な顔で言う。
「気持ち悪いとか、息苦しいとか、どこか痛いとかありますか?」
「··········大丈夫」
テーブルを両手で押すようにして、上半身を起こす。真顔でこちらを覗き込む梨乃に、美夜子は向き直った。
「ごめん、梨乃ちゃん。心配掛けちゃったね。でも本当に、嫌な夢見ちゃっただけだから」
今日の巡回では、第五部隊はA地区の四番通りから七番通りまでを担当する。
災厄獣との遭遇率が高い場所だ。可能な限り災厄獣を討伐する方針の第五部隊では、大体の
だから、少しでも体調に不安がある者は、連れて行くことが出来なかった。
梨乃が心配するのも無理はない。
「さーて、切り替え切り替え! 今日も頑張んなきゃね!」
「··········本当に大丈夫なら良いんですけど。もし辛いとか、きついとか、何か我慢してるとかだったら、後でも構わないので教えてくださいね。私には言い辛いなら、他の人··········ケイト隊長にでも」
出来る限り元気に聞こえるよう、努めて明るい声を出したつもりだったのだが、梨乃は心配そうな表情を崩さなかった。
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