26、子供って何
────夕食を終えて、一人で帰ると言い張る美夜子を説き伏せて、自宅まで送り届けた後。
帰りの車の中で、ケイトはぽつりと呟いた。
「ねえ、松野。松野にとって、子供って何?」
長い間、一條家の運転手を務めてきた男は、穏やかな声で言う。
「子供は宝でございますよ、お嬢様」
「そう。··········そうよね」
ケイトがまだ幼く、雷に怯えていた時。
松野はケイトのために、即興で作った童話を話して聞かせてくれた。
主人公は今乗っているこの車だ。
松野が運転するこの車はとても強いので、雷ぐらいではびくともしない。たとえ直撃を受けたとしても、流線型であることを活かして、するりと受け流し、地面に向かって雷を流してしまうから大丈夫なのだと。
「子供というのは凄いものでございますよ。笑うだけで周囲の人を和ませ、優しい気持ちにさせるのです」
ピーマンが嫌いだと頬を膨らませたケイトに、松野は実は自分も嫌いなのだと小声で言った。
皆様には内緒にしてくださいねと前置きした後に、松野はピーマンのどこが苦手なのかを教えてくれた。
そもそも苦いのが嫌いだ。においも好きじゃない。皿の上にあの緑色を見つけると、ちょっとがっかりしてしまう。
自分と同じだ、とケイトは思った。自分よりずっと大きい大人の松野でも、ピーマンは嫌いなのだ。
松野は、ケイトにピーマンを食べるようにとは言わなかった。
後日、ピーマンを食べられるようになった時、ケイトは松野にそれを自慢した。
大人の松野でも苦手なものを克服した、私って凄いでしょう?
松野は、目を細めて、褒めてくれたと思う。
「幼く可愛らしい時期だけのものではございませんよ。お若い方が日々成長する姿を見ると、私も背筋を伸ばさねばと思うのです。それが、まだはいはいをしていたような小さな頃から知っているお方であれば、尚更です」
宿題を代わりにやって欲しいと言った時、松野は困ったように苦笑した。
それは松野の仕事ではありませんと、穏やかに、だがきっぱりと断られた。
ケイトが癇癪を起こしても、松野は折れなかった。
それはお嬢様の仕事です、他人がやるものではありませんと、静かに諭された。
「確かに、子供のことを足枷としか思えない未熟者はおります。ですが、そんなものこそ大人ではないのですよ」
「··········そう。そうよね」
大人とは、松野のような人のことだと思っていた。
けれど、実際には、岩渕のような人間もいる。
────だからいつまでも娘気分で、子供の考えを述べるのね。
一度、大きく深呼吸をした。
耳元に蘇った岩渕の言葉を振り払う。
「ありがとう、松野。ごめんなさい。今日は色々あったから、ちょっと八つ当たりしちゃったわ」
「いえいえ、とんでもございません」
運転手は穏やかに言う。
「お嬢様は立派な大人になりましたよ。長年お仕えしているこの松野が保証いたします。なにしろ、私はケイトお嬢様がおしめをしていた頃を存じ上げておりますから」
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