22、ああ、同じだ

 三階から下は、子供達が寝起きする寄宿舎だ。

 三階が女子、二階が男子と性別で分けられている。一階には、食堂や大浴場、まだ一人では寝かせられない幼児や新生児のための部屋がある。

 十二年前、〈笑顔の里〉で聞き分けのない子供を閉じ込めるために使用された反省室は、一階の一番北側にあった。

 光が入らないように窓を潰し、内側から開けられないような細工をドアに施し、膝を抱えて蹲ることしかできないような狭い部屋に子供を閉じ込める。

 当時、〈笑顔の里〉の大人達は、暗闇に怯え、泣き叫ぶ子供を見て、さも愉快そうに笑っていた。

 大人達に笑われてなるものかと、歯を食いしばって堪えたら、水すら与えられずに衰弱するまで放置された。

 お前が逆らうからいけないのだと、閉じ込められるようなことをするから悪いのだと、大人は幼い美夜子を怒鳴りつけた。

 〈笑顔の里〉の大人達は、ことある事に感謝することを要求してきた。

 〈やすらぎの園〉の教師達は、今のところは子供達に向かって怒鳴ったり、感謝を強要したり、罵声を浴びせたりする様子を見せていない。

 だが、教師が子供に話しかけることもなかった。黒板の前に腰掛け、作業をする子供達をぼんやりと眺めているか、不機嫌そうに睨みつけるかのどちらかだ。

 身体に合っていない継ぎ接ぎだらけの古着。

 私語を許さない奉仕活動。

 子供達を忌々しそうに睨みつけ、面倒くさそうに接する教師。

 〈やすらぎの園〉は〈笑顔の里〉にそっくりだ。

 もし、〈やすらぎの園〉に、〈笑顔の里〉と同じ反省室があるなら────

「────少しは反省したか?」

 低い男性の声で、美夜子は我に返った。

 一階の北側。食堂の脇を通り過ぎ、長い廊下の先にある、倉庫や物置が集中している場所。

 小さなドアの前に、大柄な男性教師が立っていた。両手を腰に当てている。

(反省室があったところだ)

 まだ美夜子が近くにいることには気づいていない。手近な柱の影に隠れて、様子を伺う。

「お前が勝手なことばかりするからこんなことになるんだ。わかってるのか?」

 忌々しげに毒づきながら、男性教師はポケットから小さな鍵を取り出した。

 がちゃりと鍵が回る音の後に、ぎいぃと木が軋む音がした。

 薄く開かれたドアの隙間から、小柄な少年が這い出して来る。まだ十代前半あたりのように見えた。

 彼はすぐに立ち上がろうとしたが、ふらりとよろけた後に床に膝をつき、うずくまってしまった。

「おい、人に何かしてもらったらどうするんだ? それくらい幼稚園児でも知ってるぞ。お前今いくつだよ。幼稚園児以下か? あ?」

(うーわー)

 柱の陰に隠れて様子を伺いながら、美夜子はジャケットのポケットに入れていた携帯端末を取り出した。ボイスレコーダーを起動させて、録音を開始する。

 僅かに顔を上げた少年が、男性教師に何か言った。声が小さすぎて、聞き取れない。

 だが、男性教師はその言葉が気に食わなかったらしく、少年の頭を平手で叩いた。

「お前さあ、それ本当に本心から言ってるか? 口だけじゃ意味ないんだよ、口だけじゃ。心を込めなきゃ駄目なんだよ」

 少年の顔が、再び床に向けられる。

 うずくまったまま黙りこんでしまった少年に、男性教師は、

「お前、心が何かわかるか? わからないだろ。だからそんな風に適当なことができるんだよ」

「感謝っていうのはな、人に促されてするもんじゃないんだ」

「なあ、聞いてるか? お前一人養うのに、今までどれだけ掛かったと思う? 金、時間、食べ物、服、命。みーんな先生たちがお前のために消費してきたものだ。これがどれだけ大変で凄いことか、お前本当にわかってるのか?」

 男性教師に何を言われても、少年はうつむいたまま動かなかった。

 柱の陰で録音を続けながら、美夜子は唇を噛む。

 何を言ったところで無駄なのだ。大人の気が済むまで怒鳴られ続け、ただひたすら黙ってやり過ごすのが一番被害が少なくて済む。

 反論したら反論しただけ、罵倒される時間が増えるだけ。

 どれだけ罵倒を続けても少年が黙りこんだままなのを見て、男性教師は深々とため息をついた。

「だんまりか。お前みたいな馬鹿には、どれだけ説教してやっても時間の無駄なんだな」

 うずくまったままの少年の腕を掴み、乱暴に引きずり起こす。放り出すように手を放して、男性教師は盛大に舌打ちした。

「今日はこれくらいで勘弁してやる。優しい先生を持ったことに感謝するんだな」

 最後にもう一度少年の頭を平手で叩いて、男性教師は大股に歩き去って行った。

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