21、私はここの卒業生なので

 吉原によると、今〈やすらぎの園〉の子供達は、それぞれ教師の指導の元、奉仕活動中なのだと言う。

 今は、寄宿舎には誰も居ないはずだ。

 そのため、一行はまず十歳までの子供達がいる四階へと向かった。

 来客用の出入口で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。

 エレベータなどという便利なものはないので、移動は全て階段だ。

 普段の移動で慣れているらしい吉原、護衛として同行した男三人、守護兵ガードマンであるケイトや美夜子はこの程度は何でも無かったが、中年女性の岩渕だけは三階あたりで息が切れていた。

「まったく··········思いやりのない··········来客のことを考えて、エレベータぐらいつけたらどうなの」

「す、すみませんすみません。エレベータをつけようという意見は以前から出ているんですけど、予算が足りないので」

「言い訳は聞きたくありません。目上の者への思いやりが足りないと言っているのよ。私より年上の方だって、視察にいらっしゃるんですからね。そういう方に、階段の昇り降りをさせるつもり?」

「すみません··········」

 忌々しげに毒づく岩渕に、吉原が消え入りそうな声で謝罪する。見かねたようにケイトが間に入った。

「吉原先生のせいではありませんから、謝らないでください。エレベータを取り付けるとなると大きな工事になりますし、そう簡単に出来ませんよね」

 岩渕の険しい視線が、ケイトに突き刺さった。ケイトは涼しい顔で受け流す。

「予算については、後で相談させてください。他にも足りない物とか、支援が必要なものがあれば、教えて頂けると嬉しいです」

「あ、ありがとうございます」

 そうこうしているうちに、四階に到着した。端の教室から順に覗いていく。

 一番最初の教室では、三歳から五歳あたりの幼児達が十人ほど、タオルケットを布団代わりにして寝転がっていた。

 目を閉じて眠っている子供もいれば、両目をしっかりと開けたまま、虚空を見つめている子供もいる。

 黒板の前の長椅子に、まだ二十代あたりの若い女性教師が座っていた。

 寝転がる子供たちをぼんやりと眺めていたようだが、教室を覗き込む美夜子たちの姿に気づいて、驚いたように目が丸くなる。

「五歳までの子供達には、まだ奉仕活動は難しいので、お昼寝の時間にてています。万が一に備えて、教師が一人監督につくことになっています」

 吉原は引きつった笑みを浮かべて、教室の中の女性教師に向かって手を振った。

 女性教師はしばらく目を見開いたまま固まっていたが、岩渕とケイトを交互に見たあと、小さく会釈をして子供達の方へと向き直った。

 こころなしか、先程より背筋が伸びているような気がする。

「いいわね、子供は。大人があくせく働いてる間にのんびりお昼寝できるんだから」

「··········布団とかは無いんですか? せめて、マットレスとか」

 ため息混じりに毒づく岩渕の隣で、ケイトが言いづらそうに吉原に尋ねる。

 吉原は困ったように眉を下げて、

「あの、でも、これが一番平等というかなんと言うか··········子供達全員分は用意出来ないので、それで」

 ケイトが小さくため息をついた。

「そうですか。エレベータよりは、こちらの方を先に何とかしないといけませんね」

 硬い床の上で寝かせるなんてと続けたケイトに、吉原は曖昧な笑みを向ける。岩渕が苛立たしげに言った。

「ここはもう良いでしょう。さっさと次に向かいなさい」

「は、はいっ」

 再び吉原を先頭にして、次の教室へと向かう。

 その途中で、ケイトは美夜子にしか聞こえないような小声でそっと囁いてきた。

「あんたの時もそうだったの?」

 同じように、小声で返す。

「流石にそこまでちっちゃい頃のことは覚えてませんけど··········でも、人数分の毛布はありませんでした」

「そう」

 ケイトの眉間に、ほんの少しだけしわが寄った。

 美人は険しい表情かおをしていても美人なのだと、美夜子が呑気にそんなことを考えているうちに、次の教室に到着する。

 そこには、六歳から十歳までの少女が集められていた。

 スカートを履いている少女、ズボンの少女、ワンピースを着ている少女────服装は様々だが、全て継ぎ接ぎだらけの古着である。中には身体の成長に服が追いついていないのか、明らかに丈が短くなってしまっている少女がいた。

「あの子のスカート、随分短いのね」

「··········。子供たちの服は、どのように配布してらっしゃるんですか?」

 ケイトの質問に、吉原があたふたと答えた。

「え、ええと、私は担当ではないのでそこまで詳しくはないのですが··········子供たちの服は、大部分を寄付に頼っている状態です。何歳の女児用、男児用と分けて送られて来るので、その中から渡しています」

 教室の中には、長テーブルが六台置かれている。その両脇に椅子を置き、少女達は四、五人ずつのグループを作っていた。

 机いっぱいに折り紙を広げ、黙々と折り鶴を作成している。時折、グループ内の年長の少女が、完成した鶴を集めて糸を通して繋げ、布袋の中へと押し込んでいた。

「あれは、何を作ってるの?」

「折り鶴です。千羽鶴を作ってるんですよ」

「そんなもの見ればわかります。何のために作ってるのかを聞いてるのよ。あんなゴミにしかならないようなものを」

 岩渕に低い声でそう言われ、吉原が首を竦める。エプロンのポケットからハンカチを取り出し、しきりに額の汗を拭い始めた。

「え、ええと··········い、イベントです。イベント会場の装飾品を作ってるんですよ」

「何のイベント?」

「さあ、そこまでは··········あ、いえ。私達は業者さんの指示に従って作成してるだけで、何処で使われるかまでは説明されてないんです。ただ、イベント会場の装飾とだけ」

 幼児達が昼寝をしていた部屋と同じように、黒板の前に長椅子が置かれていた。

 そこに、四十代あたりの男性教師が腰掛けている。眉間にしわを寄せ、険しい顔で作業をする少女たちを睨みつけていた。

 教室の中はしんと静まり返っている。折り紙が擦れる微かな音や、袋に入れる時の僅かな音しか聞こえない。

 喋りたい盛りの少女ばかりだろうに、小声の私語すら聞こえなかった。

 たまに、折り紙に苦戦しているらしい少女に、年長の少女がアドバイスをするような素振りを見せていた。

 だが、お互いの耳元で囁くようにしているので、美夜子達のところまでは届かない。

「みんな凄いですねえ。全然喋らない」

「折り紙と言っても仕事ですから。私語はしないように指導しています」

 関心したように言う美夜子に、吉原がほっとしたように言う。ハンカチをエプロンのポケットに仕舞って、少しだけ得意気な様子で続けた。

「次の部屋に行きましょう。男の子たちは、手裏剣を作ってるんですよ」


 吉原の言った通り、六歳から十歳までの少年たちは、黙々と折り紙の手裏剣を作成していた。

 五階に移動して、今度は十一歳から十五歳までの少年少女の行動を見守る。少女たちは造花作り、少年たちは船や車などの模型を作成していた。

 作成している物はそれぞれ異なるが、基本的には皆同じだった。

 教室に並べた長テーブルごとにグループを作り、年長者が完成品を袋にまとめる。

 黒板の前の長椅子に監督のための教師が一人。

 私語は禁止されており、年長者がアドバイスをする時も耳元で囁く程度だ。

「子供たちの奉仕活動で得た賃金は、施設の運用費に充てています。〈やすらぎの園〉は、現在九十五人の児童を保護していますが、百人近いと食費だけでそれなりに掛かりますから」

 最後の教室の視察が終わった後、吉原はそう言った。

 岩渕は相変わらず不機嫌そうに辺りを睨みつけ、ケイトは眉間にしわを寄せて何やら考え込んでいる。

「そっ、そろそろお茶にしませんか? 施設長室に行きましょう。長時間立ちっぱなし歩きっぱなしで、皆さんそろそろお疲れでしょうし、うちの施設長の挨拶もまだですし────」 

「吉原さん」

 吉原を呼び止めると、彼は驚いたように大きく目を見開いた。

 岩渕やケイトならともかく、まさか美夜子に話しかけられるとは思わなかったらしい。

 美夜子は、出来る限り人懐っこそうな笑顔を浮かべ、小首を傾げて見せた。

「私の分のお茶はいいので、ちょっと一人で見て回って良いですか?」

「え、あの、見回るって」

「あ、案内とかは要らないですよ。私はここの卒業生なので」

「そ、卒業生?」

 吉原がぽかんと口を開ける。

 岩渕の右の頬が僅かに痙攣して、ケイトの目が丸くなっていた。

 美夜子は、笑顔を崩さないまま続けた。

「より正確に言うなら、の卒業生なんですけど」

「えっ、あの、その、すみません。いくら卒業生でも、外部の方のみでは────」

「良いじゃない」

 割って入って来たのは岩渕だった。唇の端を吊り上げ、腕をゆっくりと組み、吉原に向かって嘲るように言う。

「何も疚しいことが無いのなら、誰が見て回っても問題無いはずです。それとも、見せられないものがあるのかしら?」

「そっ、そんなことはっ」

 慌てふためく吉原は放置して、美夜子は岩渕に向かって頭を下げた。

「お茶会は施設長室でやるんですよね。一通り見て回ったら戻りますから」

「ちょっと美夜子?」

「確かめたいことがあります。報告は後で」

 すれ違いざまに、ケイトに小声で囁いて、美夜子は一行から離れて階段を駆け下りた。

 目指すのは一階の北側。〈笑顔の里〉では反省室があった場所だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る