20、〈やすらぎの園〉
錆び付いた門の向こうには、五階建ての大きな建物があった。
やや離れたところに、正方形の建物がある。入ってすぐ左手には大きな運動場があり、その片隅に小さな畑があった。
規模や大きさに多少の違いはあるが、A地区三番通りにある小学校と似たような造りだ。
岩渕は護衛の三人の男を引き連れて、正方形の建物へと向かう。ケイトと美夜子は、その後に続いていた。
「ケイトさん、ここって」
「ええ、そうよ。〈笑顔の里〉が解体された後に、〈やすらぎの園〉ができたの」
門や屋根に掲げられた名前こそ〈やすらぎの里〉だったが、外観は〈笑顔の里〉そのままだった。
灰色にくすんだひびだらけの外壁に、窓に嵌め込まれた鉄格子。
萎びた野菜が植えられた小さな畑と、遊具など何一つない広いだけの運動場。
正方形の建物は、職員室と宿直担当の教師のための仮眠室がある。
敷地内で一番大きな五階建ての建物は、子供達が寝起きする寄宿舎と、勉強や奉仕活動をするための教室だ。
一階から三階までが寄宿舎だ。四階は十歳までの子供が勉強や奉仕活動をする教室で、五階は十一歳から十五歳までの子供のための教室だった。
〈笑顔の里〉や〈やすらぎの園〉のような児童保護施設が保護するのは義務教育にあたる十五歳の子供までで、十五歳を過ぎた子供は施設を出て自立すべしと決められている。
一般の授業の他に、子供達に奉仕活動が課せられるのは、施設から出た後のことを見据えた職業訓練だからだ。
(でも、重要なのはそこじゃない)
施設の外観やカリキュラムが〈笑顔の里〉と同じだとしても問題はない。
子供たちは、きちんと食事を与えられているのか。
肉体的、精神的暴力に晒されてはいないか。
〈やすらぎの園〉の教師達は、子供達にどのように接しているのか────それが問題だ。
正方形の建物から、男性教師が走り出てきた。岩渕の前で立ち止まり、頭をぺこぺこと下げる。
「ああっ、すみませんすみません。お出迎え出来ずに本当に申し訳ありません」
「女性育成委員会会長の岩渕です」
「一條ケイト・優里愛です。今日はよろしくお願いします」
「す、すみません、そんなご丁寧に…………私は
吉原は、三十歳前後のように見えた。身につけているのは、白いシャツに紺色のスラックス、それから薄緑色のエプロンだ。
目が細くなで肩で、眉尻が下がっているせいか、いかにも気が小さく押しに弱そうなタイプに見える。
(逆にこっちは超尊大で押しが強そう)
岩渕は相変わらず口をへの字に曲げ、自分に向かってぺこぺこと頭を下げる吉原を睨みつけていた。
背後に佇む護衛の男達は無表情。
美夜子はぎりぎり愛想笑いを保ち、にっこりと綺麗な笑顔を浮かべているのはケイトだけだ。
「あっ、そうだ。いつまでも立ち話というのも何ですから、お茶でも────」
「その前に」
岩渕の低い声に、吉原が怯えたように身を竦ませた。
目の前で小さくなっている男性教師をたっぷりと睨みつけた後、岩渕は重々しく告げた。
「まずは子供達の様子を見せてもらいましょう。お茶会はその後でよろしい」
「は、はい。そ、そうですよね。失礼しました。そのためにいらっしゃったんですよねえ」
乾いた笑い声を上げる吉原には構わず、岩渕はケイトの方をちらりと見た。
右の頬が、軽く痙攣する。
「ケイトさんも、そう思うでしょう?」
岩渕の唇の端が、僅かに吊り上がる。眉間にしわを寄せ、いかにも不機嫌そうな表情はそのままだが、岩渕なりの愛想笑いを浮かべようとしているらしい。
話を振られたケイトは、少し困ったように首を傾げた。それから、穏やかな調子で言う。
「そうですね。私も岩渕さんの仰る通り、まずは子供たちの様子を見たいと思います」
「だそうよ。ほら、一条家のお嬢様がそう仰ったのよ。早く案内しなさい」
「あ、はい、すみません。こちらです…………」
すっかり恐縮した様子の吉原が、岩渕とケイトに向かって頭を下げた。頭を下げたまま、片手で寄宿舎の方を指している。
吉原の先導に従って、美夜子たちは、寄宿舎に足を踏み入れた。
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