14、少年の夢
ユイの病室は、五階の一番奥にある個室だった。
淡い緑色の床に、乳白色の壁。
微かに消毒液の匂いが漂う空気の中を進んで、病室に向かう。
「ユイちゃん、こんにちは~。珠野です。遊びに来たよ」
「珠野さん、こんにちは」
「あっ、みゃあこさん」
白いベッドの上で、ユイが上半身を起こしていた。見舞い客用の丸椅子に、リョウが腰掛けている。
「リョウくんも来てたんだ。はいこれ、お見舞い」
「あっ、さくらママのクッキー! ありがとうございます!」
淡い水色の紙袋を渡すと、ユイは嬉しそうに笑った。
公立市民総合病院のすぐ近くにある、美味しいと評判の焼き菓子屋のソフトクッキーだ。淡い桜色の生地の中央に、桜の花びらが練り込まれている。
「いっぱいあるから、二人で仲良く分けるんだよ」
「はい!」
ユイとリョウが、二人揃って元気良く応える。
美夜子はにやけそうになる頬を、一生懸命引き締めた。
素直で良い子な未成年を見るのは楽しい。
だが、その未成年にだらしのない表情を見せるのはよろしくない。
大人としての意地である。
「いつも本当にありがとうございます。あの、美味しいもの、いっぱい頂いちゃって。嬉しいんですけど、太っちゃいそう」
「大丈夫大丈夫。君たちまだ成長期なんだから。むしろもっと食べなきゃ」
リョウとユイが
保護された時と比べて、二人とも頬が丸くなったような気がする。青ざめていた肌に血の気が戻り、表情も明るくなった。
擦り切れてぼろぼろだったリョウの衣服は、今は無地のTシャツとジーンズに変わっている。
ユイの方は患者用の入院着だが、退院すればいくらでも綺麗な服を着られるだろう。
(これが普通なんだ。恵まれてるとか、思わせちゃいけない)
意識していないように気をつけてはいるが、どうしても目を引いてしまうものがある。
災厄獣に肘から先を食いちぎられて、短くなってしまった、ユイの右腕。中身のない袖が、ゆらゆらと揺れていた。
「今は··········リハビリ中?」
「はい。利き手がこうなっちゃったので、左手を使えるように練習中なんです」
ベッドの脇に置かれたサイドテーブルに、小さなボウルが二つ並んでいる。その中に、小さなビー玉が入っていた。
ユイは左手で箸を持ち、ビー玉を摘んで、片方のボウルからもう片方のボウルへと移している。
「お箸は左手で持てるようになったんですけど、まだ字は書けなくって。練習、頑張らないとですね」
「あ、あのっ、みゃあこさん。ユイ、凄いんですよ。これ、俺もやってみたけど全然できなかったんです。全部床にばらまいちゃった」
その時のことを思い出したのか、ユイがくすくすと笑う。それを見て、リョウは照れたように頭を掻いていた。
「リョウくんだって凄いじゃない。
「おっ、そうなの?」
「··········はい」
リョウが小さく頷いた。
「高崎さんには、反対されたけど。でも俺、やられっぱなしは嫌なんです。災厄獣を倒せるようになりたいんです」
「そっか」
施設側は二人の引き取りを申し出ていたが、あんなところには二度と戻りたくないという二人の主張が重要視された。
だが、リョウもユイもまだ未成年だ。子供だけでは生活できない。保護者が必要だ。
もう児童保護施設には行きたくないという二人の希望を叶えるため、
養子を受け入れるための条件は厳しかった。
まず、既婚者であること。
妻、あるいは夫のどちらかが常に在宅していること。
ある一定以上の収入があること。
親として相応しい年齢になっていること。
美夜子、ケイト、朔間、梨乃はまだ独身で、全員成人はしていたもののまだ三十にもなっていない。十五歳の子供の親になるには若過ぎた。
中山と藤谷は結婚しているが、共働きである。また、年齢も足りていない。
森村はまだ未成年だ。
第五部隊の中で、リョウとユイを引き取れるのは、高崎しかいなかった。
「良いじゃん! 私は応援するよ」
美夜子はリョウの背中を勢い良く叩いた。少し力が強すぎたのか、リョウが咳き込む。
「あ。ごめん」
「リョウくん、平気?」
「だ、大丈夫です··········」
ユイが目を丸くして、リョウは大丈夫と片手を上げてみせる。
今度はちゃんと加減して、美夜子はリョウの背中をぽんぽんと叩いた。
「訓練生の特訓、大変だよ~。でも、あれを乗り越えたら、災厄獣ぶっ飛ばせるようになるから。頑張ってね、リョウくん」
「は、はい。頑張ります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます