10、平和な日

 災厄獣の活動が最も活発になるのは昼過ぎだ。夜はほとんど動かない。朝の動きは鈍い。

 雨の日や、曇りの日なども、災厄獣の活動は緩やかだ。

 理由はわからない。爬虫類のような頭を持つために、ある程度の陽の光を浴びて身体を温めなければ動くことができないのではという仮説が有力だ。

 だから、守護兵ガードマンの巡回は、災厄獣の活動時間にあたる昼から夕方に掛けて行われる。

 万が一の事態に備えて待機している守護兵隊ガーディアンはいるものの、夜間と早朝は、遠隔モニタによる監視だけで済ませている。

 守護兵ガードマン第二部隊から第六部隊までの五部隊が、一條の街の東側、A地区を巡回する。

 第七部隊から第十一部隊までは、西側のB地区の担当だ。

 五人の英雄ヒーローを中心に構成されている第一部隊は、守護兵ガードマンでは対処しきれない大型の災厄獣が出た時や、災厄獣の群れが現れた時に備えて待機している。

 巡回は、朝の十時から、日が沈むまで行う。

 毎日二部隊ずつが担当地区を確認し、一部隊が夜間の緊急出動に備えて待機する。

 一條の街は、円のような形になっていた。

 A地区とB地区は、それぞれの外層街がいそうがいの一番外側から、おおよそ五キロずつで区切られ、街から近い順に一番通り、二番通りと呼んでいた。

 一番端の通りは、A地区、B地区共に七番通りだ。その先は、更に荒廃した不毛の地が広がっている。

 朝の九時過ぎ。朝礼を終えて、武装を手にした守護兵ガードマンたちは、十名ずつ戦闘車両に乗り込み、それぞれが担当する地区の巡回へと向かった。

 外層街の一番外れには、夜間の出動待機のための監視塔がある。

 石造りの無骨な塔の頂上で、双眼鏡を手にした守護兵ガードマンが地平線を見張っていた。

 第五部隊と第六部隊の戦闘車両が監視塔の近くで停車する。

 塔の中から、夜間待機担当だった第二部隊の隊員が、ぞろぞろと姿を現した。

「お疲れ様です。夜間帯は特に異常ありませんでした」

「お疲れ様です。承知しました。これより巡回に向かいます」

 隊長同士の短い引き継ぎの後、夜間待機組は一條の街へ帰還する。それと入れ違うように、第五部隊と第六部隊は、戦闘車両をA地区へと進めた。

 今日の巡回の割り振りは、第五部隊が一番通りから三番通りまで。第六部隊が四番通りから七番通りまでだ。

 災厄獣との遭遇率は、五番通りを過ぎたあたりで急上昇する。守護兵ガードマンだけでは対処できない、大型の災厄獣や群れにかち合ってしまう確率も高い。

 一番通りから三番通りまでは、災厄獣と遭遇する確率は低いが、だからといって巡回する守護兵ガードマンたちが気楽になるわけではない。

 むしろ、気を抜いてはいけないのはこちらの方だ。

 三番通りで災厄獣と遭遇したら、一條の街の外層街がいそうがいまでは十五キロしか離れていない。目と鼻の先と言っても良い。

 だから、災厄獣を見落とすことなど許されないし、見つけ次第速やかに討伐しなければならない。

 戦闘車両を一番通りに停めた第五部隊は、二人一組になってそれぞれが担当する通りへと出発した。

 美夜子と梨乃は、三番通りへ向かう。

 守護兵ガードマンの兵種は二種類だ。赤光刃しゃっこうじんを用いて災厄獣を相手に接近戦を挑む闘士バトラーと、蒼光銃そうこうじゅうを使用して遠距離から攻撃する狙撃手スナイパー闘士バトラー狙撃手スナイパーの二人組が基本である。

 どちらになるのかは、入隊前の訓練生時の成績で決定される。美夜子は闘士バトラー、梨乃は狙撃手スナイパーだ。

 瓦礫の山や崩れかけた廃墟ばかりの五番通りと比べて、三番通りはまだ原型を保っている建物が多い。その分、確認しなければならない物陰がたくさんある。

「こちら珠野。三番通りに到着。巡回を開始します」

 一番通りで指揮を執るケイトにそう報告して、美夜子と梨乃は目の前の建物へと足を踏み入れた。

 かつては多くの子供たちが通ったのであろう、小学校である。

 校舎は二つ。子供たちの教室や職員室のある長方形の建物と、少し離れた場所に音楽室や美術室などを集めた特別教室の正方形の建物がある。特別教室の校舎の脇に、円形の体育館があった。

 長方形の校舎は三階建て、特別教室の校舎は二階建てである。

 錆付き、半開きになった門をすり抜けて、まずは手前にある長方形の校舎に向かう。

 左手には広々とした校庭があった。かつては大勢の子供たちが走り回っていたはずの場所が、今は無人である。

 人の手が入りなくなったことで、あちこちがひび割れ、その隙間に雑草が根を下ろしていた。

 災厄獣の影は見当たらない。

 美夜子たちにとっては、それが何より重要だった。

「手前から、順番に行くよ、梨乃ちゃん」

「わかりました」

 子供用の大きな玄関から、校舎の中に入る。長い廊下の両脇に、ずらりと教室が並んでいた。

 ひとつひとつ順番に確認していった。小さな机と椅子が並んだままの教室もあれば、黒板しか残っていないがらんとした教室もある。

 一階は異常無し。

 二階にも何も無かった。

 三階まで上り、ちょうど半分というところで美夜子が立ち止まる。

「見ぃつけた」

 椅子も机もないがらんとした教室。黒板の前に、小型の災厄獣が一匹うずくまっていた。

 まだ美夜子たちが居ることに気づいていない。

「こちら珠野。三番通りで災厄獣を一匹発見。排除します」

 通信機にそう囁いてから、美夜子は口元に笑みを浮かべた。

 今度は梨乃に向けて言う。

「正面から行くよ。梨乃ちゃんは後ろに回り込んで」

 梨乃が小さく頷く。

 身を低くして、災厄獣に気づかれないよう、美夜子とは反対側の入口へ向かった。

 蒼光銃を構えた梨乃が、小さく手を上げたのを確認する。美夜子はあえて派手に音を立てて、教室に飛び込んだ。

 災厄獣が顔を上げる。目がまともに合った。血走った大きな瞳が見開かれ、鋭い鉤爪を振り上げる。

 威嚇の咆哮を上げようと、口を開きかけたところで、災厄獣のこめかみに蒼光銃の光が突き刺さった。

 びくん、と災厄獣の身体が大きく跳ねる。

「さっすが梨乃ちゃん、完璧!」

 歓声を上げて、美夜子は災厄獣の懐に飛び込んだ。

 災厄獣はまだ硬直したままだ。口をだらしなく半開きにして、無防備に急所である喉奥を晒している。

(────殺せる)

 唇の両端が吊り上がる。笑みを抑えることができない。

(もう子供じゃないんだ。殺せる。今の私なら、災厄獣を殺せるんだ!)

「標的を確認。攻撃!」

 半開きになった災厄獣の口の中に、美夜子は赤光刃を叩き込んだ。

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