9、ニュースの主役
美夜子の住む
木造の平屋は百階超えの高層ビルに変わり、土の道はアスファルトで舗装され、AIを搭載した流線型の
災厄獣が生息するA地区やB地区から遠くなるほど、街は都会的になる。中心街に住むことができるのは、莫大な家賃を払うことができる富裕層だ。
巡回バスを乗り継いで、一時間ほど。
着替えはもう済ませているので、今は色気もへったくれもない紺色の戦闘服だ。
始業時間は朝の九時。まだ少し時間に余裕があった。
売店で買った、ミルクが多めのカフェオレを片手に、休憩室に設置された大型モニタを眺める。
画面の向こうでは、険しい顔をした中年男性が怒鳴り声を上げていた。
「この街の女性たちは! 仕事なんかしている場合じゃないんですよ!」
モニタの右上に、テロップが表示されている。
名前は可愛らしいが、外見はそれとは程遠い。
頭頂部は綺麗に禿げ上がり、こめかみのあたりに張り付いた細く白い毛が光っている。
「子供を産めるのは女性だけなんです! 勉強や仕事なんかに現を抜かしている場合ではない! 一人でも多く子供を産むべきだ!」
見るからに高価なダークスーツに身を包んでいるが、妊婦のように突き出した腹は誤魔化しきれない。他の評議員は涼しい顔をして座っているのに、怒鳴り散らしているせいか顔が真っ赤に染まっている。
「中途半端に権利を与えるから、女性たちがつけあがるんです! 職業選択の自由?
(うーわー)
げんなりしたところで、画面が切り替わる。男性司会者が、感情を消した声でコメンテーターに話を振っていた。
男性俳優が女性の人権の大切さを訴え、女性学者が女性の権利の弱さを語る。
そこへ、胸元や腹を大胆に露出した女性アイドルが「えー、でも桃りんの言うこともわかるかもー」などと言い出して波乱を呼んだ。
「やっぱー、女の子ってー、守ってもらいたいじゃないですかー。女の子なんだからどれだけ頑張ったって男の人には勝てないんだし。
まだ十代後半あたりに見える女性アイドルは、間延びした口調でそんなことを言っていた。
真っ青に染めた長い髪を指先にくるくると巻き付けて、男性司会者に向かって媚びるような笑みを見せる。
(ぜえったい
血相を変えた女性学者が女性アイドルに噛み付いた。
男性に負けず劣らず立派に働いている女性の
そうだそうだと、女性の
しかし、女性アイドルはしぶとかった。女性の権利や自立について熱弁する女性学者を鼻で笑い、
「それおばさんの理論だし。今の若い子は皆男に守ってもらいたいって思ってるよ?」
女性学者が言葉を失う。
収集がつかなくなったところで、次のニュースに切り替わった。中心街に新しくできた流行りの服屋についてだった。
女性アナウンサーの楽しそうな声が流れている。美夜子は渋い顔でそれを眺めていた。
「おはようございまーす。どうしたんですか、美夜子先輩。怖い顔しちゃって」
「あー、梨乃ちゃん。おはよう」
栄養ドリンクを片手に出勤してきた梨乃に向かって、渋い顔を向ける。
どろどろと地を這うような低い声で、美夜子は続けた。
「梨乃ちゃん、男の人に守って貰いたいとかある?」
「はい?」
「怖いこととか危ないこととか。男の人に守って貰えたら嬉しい?」
「何ですかそれ」
梨乃は不思議そうに首を傾げた。
「そんなの考えたこともないですね。だって自分でどうにかできますし」
「だよねえ!」
「なんでいきなりそんな話になったんですか?」
「もう終わっちゃったんだけど、さっきのニュースでさあ」
女性学者と女性アイドルの激突について説明した。
梨乃は口元にうっすらと苦笑を浮かべた。
「
「そうなの?」
「たとえ暴漢に襲われたとしても、きゃー助けてーより先に、不審者確保ーってなりません? 絶対こいつ捕まえて、警察に突き出してやろうって」
「あー、うん。なるねえ。鍛えてるしねえ」
悲鳴を上げて誰かに助けを求めるより先に、暴漢を殴り倒すか蹴り飛ばす方が手っ取り早いような気がする。
そんなことを考えているうちに、流行りの服屋コーナーが終わった。
画面の中に、男性俳優、女性学者、女性アイドルの姿が戻ってくる。
つい先程までの言い争いのことなどすっかり忘れたように、全員涼しい顔をして座っていた。
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