over extended.

 上半身だけ、なんとかして起き上がる。


 セックスしたわけでもないのに、下半身のだるさと重さが抜けなかった。


 夢を見ていたような、気がする。もう、思い出せない。


 ひとりの部屋。


 生まれてから、ずっとひとり。セックスの経験もない。


「ばかだな」


 セックスしたこともないのに、セックスの経験がないのに、セックスしたら勝手に下半身が疲れるものだと決めつけている。


 たぶんこのまま、ずっと。


 ひとりで生きる。誰も愛さず、誰からも愛されないまま。


「セックスか」


 この世でもっとも、わたしから遠いもの。いくら近付こうとしても、絶対に辿り着けないゴール。


「さて」


 起きようかな。まだ午前四時だけど。もうすぐ朝が来る。


「よいしょ」


 ベッドから起き上がるときに。


 ねちょっという、音。


 自分のふとももの付け根あたりから。


 ふともも。開いたり閉じたり、してみる。そのたびに、ねちょねちょという、音。


「寝てる間に、ひとりでしたのかな」


 そんなに濡れない体質なので、珍しいなと思った。これまでも、これからも、自分の指以外を受け入れることがない、自分の奥。


 何かが、もぞっと、動いた。


「ひぃぁ」


 感じたことのない刺激に、思わずびぐびぐする。


 何か。


 いる。


 暖かい何かが、下半身を。舐めて。


「あっ。おはよう」


「えっ誰」


「うわひどい」


「ちょ。え。んっ」


 綺麗な顔の女性。やたらと自分のふとももの付け根を舐めてくる。


「忘れたの。わたしの、こと。あれだけがんばって、わたしに、逢いに、来てたのに」


 その言葉で。


 思い出した。


 彼女に。


 彼女。


 わたしを、舐めてる。いつもより粘っこい液体が、わたしの中から出ていた。彼女の頬をべっとりと濡らす。


「なんで、ここに?」


 舐められながら。腰が震えるのを感じながら。彼女の存在を、問いかける。


「あなたに、逢いたかった。逢いたかったの」


 ふとももの付け根。何か、自分が出す液体ではないものが、暖かく、触れる。それが、数滴、流れ落ちていく。


 彼女の涙だと、思った。


「う」


 そのまま。開いた足を、閉じて。


 彼女を受け入れる。


「ん。う」


 彼女。


「ぐるじい」


 死にかけていた。


「ごめんごめん」


 脚を開いた。ねぢょっ、という、変な音。彼女の顔。糸を引いている。


「こっちに来てすぐ逝きかけるなんて。ひどい」


「ほら。わたしもするから。こっちに向けて」


「ああっ」


「自分だけ舐めて、終わりなんて。思わないで」


 午前四時。


 まだ朝は来ない。


 きっと、朝が来たら。ふたりとも、眠ってしまっているかもしれない。


 彼女の初めてのものに甘く噛みつきながら、なんとなく、思った。


 彼女に逢えた。


 それだけでいい。


 彼女の味を、たしかめる。


 自分のより、少し、甘かった。

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駆け抜ける。夢の向こう側へ(※えっち注意) 春嵐 @aiot3110

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