17. 羽ばたけ、預言者・アンリエッタ!

(今更否定されても……)


 ミントは嘆息する。

 アンリエッタには、間違いなく未来が見えているのだろう。

 それはまごうことなき預言者の力だ。


 そうでなければ、どうして落ちこぼれの聖女見習いを必死に説得するのか。

 おまけに神器の中からエクスカリバーを選び、神器に聖女の加護を与えるなどという規格外の発想を持ち出してみせた。

 そうして舞台を整え、最後には――勇者がエクスカリバーを振るう。



「気負う必要はない。たとえ聖女が力不足でも、勇者である俺がそれを補おう」


 そう口にしたのは、昨日までミントに雑用を命じていたエドワードであった。


 まるで真っ当なリーダーのような発言。

 ミントだけでなく、パーティメンバー全員が目を丸くする。



「む、どうしたんだ?」

「いいえ、エドワード様のあまりの変わりように驚いただけです。失礼ながらそういうことを口にする人には、見えませんでした」


「……悪いか?」

「いいえ。改めてお姉さまの凄さを思い知りました」


 アンリエッタは眩すぎる光だ。

 そこにいるだけで、否が応でも関わった人間を変えてしまう。見ていると何かをしたくて仕方がなくなるのだ。

 


「ふん。アンリエッタさんの言うことが信用できないなら、貴様はいつまでも、そうしてうじうじしているが良いさ」


 まるでアンリエッタの理解者であるような発言。

 ちょっとだけムッとした。


「お姉さまのことが、信じられない訳ありません。預言者のお告げです――私は完璧な聖女になります!」

「そうか。ふん、最初からそう言い切れば良いものを……」


「ええっと……私、預言者なんかじゃ――」


 たとえ自分を信じられなくても。

 アンリエッタが信じてくれるなら、どうにかなる気がするのだ。

 ミントはエドワードに挑むような目を向ける。



「……エドワード様こそ、足を引っ張らないで下さいよ?」

「随分と大口を叩くではないか。昨日までは役に立たなくてごめんなさいと、ピーピー泣いていたくせに」


「そ、それをエドワード様から言いますか? 誰のせいでそうなったと……やぐされて平民虐めて悦に浸ってた勇者様は、懐の広さが違いますね?」

「そ、それは――すまなかった」


 素直に謝られて驚く。

 勇者に選ばれるだけあるのだ。

 基本的には善人なのだろう。



「私のことは良いです。謝るぐらいなら、その分も預言者としての重荷に苦しむ、お姉さまに力を貸してください」

 

 未だに微妙な距離感。

 それでもこうして軽口を叩き合えるなら――絶望的な出会いを思えば、少しは進んでいるのだろうか?




(天使のミントちゃんが闇落ちしちゃった!?)


 一方、エドワードと言い合うミントを見て、アンリエッタは困惑していた。


(そんな毒舌キャラじゃないはずなのに?)


 でもそんなミントも可愛い。

 目に涙を溜めながら「お姉さまのことなんて嫌いです!」って言って欲しい。

 でもってすくに仲直りしたい。

 ――って、そうじゃなくて。


「あの、おふたりさん? 私は預言者じゃないと……」


(あ、駄目だこれ)


 遠い目になる。

 まったく聞いていない。


(今はヒートアップしてるからね、ふたりとも。落ち着いたら誤解を解こう……)



「アンリエッタもルドガーも、食べ終わったなら手伝って? 今後の巡礼を考えると、そろそろ出発しないと……」


 呆れた目のルーティ。

 いつも通りの彼女を見て、どこか安心する。


「ああ。なんかルーティ見てると安心するわね」

「ええ……?」


 めっちゃ嫌な顔をする毒舌ボクっ子、可愛い。彼女なら預言者なんて馬鹿な言葉を鵜呑みにしたりは――


「預言者の生まれ変わりだからって、特別扱いはしないから! ちゃんと働いてもらうからね!」

「…………」


 おまえもか……。

 アンリエッタ、ついに無言。

 黙って食べ終わったお椀を、ルーティの方に持っていった。



「預言者アンリエッタか……」


 その時、黙って静観していたルドガーがおもむろに呟いた。

 そして突如としてアンリエッタに跪いたではないか。


(ええ……?)


 彼のことは小説でも、この異世界でもあまり記憶に残っていない。

 こんな奇行に走るとは。


「あの、ルドガーさん? どうか頭を上げてくださいな」

(なんだって言うのよ!)


「騎士団を追放されて死に場所を求めるだけだった自分に、このような最期を用意して下さるとは。世界のいしずえになれるなら本望。この命、アンリエッタ様に預けます」


「ルドガーさん。あなたは冷静さを失っているだけです――最初から死ぬつもりなんて……困ります」

(お、重いわ! どうしろっていうのよ!?)


 死に場所を見つけたとか不穏すぎる。

 そんな危険はご遠慮したいので、石橋を叩いて全員で生き残りたいものだ。


 ルドガーは目を瞬いた。

 そして――さらに深々と頭を下げた。




「預言者・アンリエッタ。――そうですね、お姉さまに相応しい二つ名です!」

「すでに終わっていた勇者パーティをこうして立て直し、魔王討伐への道筋を示したこと。たしかに預言者の名は、アンリエッタのような人にこそ相応しい」


 勇者とヒロインに跪かれる悪女令嬢。

 どうしてこうなった!?



「不本意だけど、あなたの能力だけは認めるわ。ほんっとうに不本意だけどね!」


(その能力、ガセだから! ルーティ、今こそ私の本性を暴くときだから――!)


 次々とアンリエッタに跪き、取り囲む勇者パーティの面々。困惑するアンリエッタを余所に、事態は進んでいく。

 何故か事態の中心人物へと祭り上げられつつあるアンリエッタを置き去りにして。




 ――そうしてアンリエッタは預言者になった。


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第六十七代目・勇者パーティ


勇者 エドワード

聖女見習い ミント

魔女見習い ルーティ

追放騎士 ルドガー

転生預言者 アンリエッタ ←NEW

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「ざまぁ」されてサクリと殺される悪役令嬢に転生してしまった ~破滅回避に奔走していただけなのに、何故かものすごい聖人だと勘違いされて、未来の大聖女に崇拝されているようです~ アトハ @atowaito

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