16.お姉さまは預言者の生まれ変わりなんですよね?

(預言者の生まれ変わりって、ミントちゃんは何をいきなり言い出すの……?)


 預言者・ヘカテー。

 それは魔王の存在を予言した伝説とまで言われる存在。


 何百年か前の魔王復活の予言がきっかけで、教会は勇者や聖女の育成を始めたと言われている。そして予言のとおり、ほんとうに魔王は復活したのだ。

 この大陸に生きていて、預言者ヘカテーの名を知らぬ者はいない。



「エクスカリバーが無いと魔王は倒せない。数ある神器の中からエクスカリバーを名指しで宣言するなんて――それが肝になると、お姉さまには確信があるんですね?」


 ミントは目をキラキラさせていた。



(じ、神器って何!?)


 そんなこと小説に書かれてたっけと首を傾げ、アンリエッタは諦める。

 魔王が3行でサクッと倒される小説に、そんな詳細設定があるとは思えない。

 そもそもアンリエッタは、小説の会話以外は読み飛ばす主義であった。

 たとえ書いてあっても、読み飛ばしたことだろう。


「ええ、そんなところですわ」


 それでも涼しい顔で相槌を打つ。

 たとえ内心で、


(知らないんだけど! なんにも知らないんだけど!)

(異世界転生のお約束っていったら、現代知識で知識無双じゃないの!?)


 などとテンパっていても、貴族令嬢モードのアンリエッタは表情を押し隠すことが出来るのだ!



「実に興味深い。詳しく話して貰えるか?」


 エドワードが希望を見出したとばかりに、明るい表情で尋ねる。


(くっ。詳しくって言っても何も知らないわよ)


 アンリエッタの知識無双は、極めて中途半端であった。



「聖女の加護を宿したエクスカリバー。それをエドワード――あなたが振るうのですわ。魔王に唯一対抗できる勇者として」

「お、俺が?」


「はい。魔王を打ち滅ぼす神器を扱える方は、ミントとエドワード――あなたたちを置いて他に居ませんわ」


 アンリエッタは実に姑息であった。

 だめだったじゃねーか! となったときに、それはあなたがポンコツ勇者だからいけないのよと、言い逃れできる余地を残したのだ。

 失敗したらおそらく死ぬので、そんなことは杞憂なのだが。



「……はは。責任重大だな」

「ええ、そうですわ。この世代の勇者パーティが成功するかどうかは、すべてあなたにかかっています」


「それも預言なのか?」

「――そう思っていただいても構いませんわ」


 曖昧に微笑む。

 大事なのは、肯定も否定もしないこと。

 

(う、嘘は言ってないわ。エクスカリバーなるもので魔王を倒したって、小説にちゃんと書いてあったもの!)


「そうか。捨て駒だと思っていた俺たちが……。――そうか。そんな預言がな」


 今にもバレそうなアンリエッタの演技。

 しかしアンリエッタを疑う者は、この場に居なかった。



「そんな重要な役割なんですね。やっぱり私の代わりに、聖女として力を使いこなせる先輩を呼んできた方が――」


 信じ込み過ぎて、ミントはそんなことまで言い出す始末。



(駄目に決まってるでしょう!)

(ミントちゃんが居ないと始まらないんだから!)


 主役のいない脇役の物語――生き残れるビジョンが見えな過ぎた。

 ミントからは憎からず思われている(希望的観測)が、ここで別れたら、話が一年後とかに飛んでしまいそうだ。

 今は亡き勇者パーティの墓参り。


 かたきは絶対に取りますお姉さま――と涙ながらに誓うミント。

 ちょっとだけ闇落ちしたミントが主役となり、隣国の王子の手を取り、ともに困難を乗り越えて魔王を倒しにいく――あれ、ちょっと見たい。


 でも死んだら見れない。

 だからアンリエッタは、ミントを全力で引き止める。



「ミント! 自信を持ってくださいな。ほかの誰でもない――あなただから魔王にも届くのです。エクスカリバーに加護を与えられるのは、あなただけです」

「……どうして?」


 ミントは悩んでいた。

 こんなことではいけないと思っていても、俯いてしまう。


 力になりたいと心の底から思っても。

 聖女の力を使いこなしたいと願っても。

 自分より優れた聖女なんて、いくらでも居る――そう思ってしまう。


 世界の命運を背負う旅になる。

 勇者がどれだけ力を発揮しても、ミントが駄目ならこのパーティは全滅して世界は救われない。

 その背にのし掛かる重圧を振り払えるほどミントは図太くない。


 こんなことなら、どれだけこき使われたとしても。

 一年で帰れる雑用係と割り切ってきたころの方が、遥かに気楽だった。

 弱気な心が顔を出したところで――



「気負う必要はありません」


 柔らかい手がミントを包み込んだ。

 顔を上げると、驚くほど近くにアンリエッタの顔があった。

 

(お姉さまだって不安がない筈がないのに……)


 アンリエッタの笑みは、凍りついた心を溶かすような暖かな微笑みだ。

 預言者の生まれ変わりである彼女の背には、果たしてどれほどの重圧がかかっているのだろう。


「そうなる運命なんですから」


 当たり前の事実を告げるような気負いない言葉。



(ああ――私はこの人のためなら何でもやると決めていたのに)


 敬愛するアンリエッタからここまで言われて、何を恐れる必要があろうか。



「それも――預言なのですね?」

「……へ?」


「お姉さまは預言者の生まれ変わりなんですよね?」

「いや、違うからね!?」


 どうして今更、否定するのだろう?

 ミントは小首を傾げてアンリエッタを見つめるのだった。

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