第5話 春の風と共に
~ 王都 ユニガン ~
「ナオ・セーナさん、これ『超踊ってソーダー酒』とは違うけど、同じ果物で作ったお酒です」
そういってアルドは”ダンスダンス酒”の入った酒瓶を二本、ナオ・セーナの前に置いた。
「本当ですか!?ちょっと見せてください」
ナオ・セーナはアルドたちから酒の入った瓶を受け取ると、それを小さな小皿に移し、さらにスポイトで一滴づつ紙に垂らしていった。
「こっこれは!」
酒を垂らされた紙の色の変化をみてナオ・セーナが驚嘆の声を上げる。
「どうです?やはりダメですか」
「ダメなんてとんでもない。これをどこで手に入れたんです」
アルドの肩を両手でつかむと激しく揺さぶる。
「失礼。すっかり興奮してしまいました」
そういうと色の変わった紙を見せながら、
「これは発酵度合いがわかる用紙なのですが、色が濃いほどよく発酵して上質な薬の成分だとわかるようになっています。普通は上質で淡い赤なのに、これもう真っ赤ですよ」
話していくうちにだんだんまた興奮してきたのか声が大きくなる。
「それにこのアルコール度数はいったいなんなんだ」
──本当にお酒として売られていたのか?
となんだかちょっと物騒なことを言っている。
「この度数なら、この瓶一つで相当な数の薬が作れます」
「よかった」
みんなの顔に安堵の色が浮かぶ。
「しかし本当にどこでこんなお酒見つけたんです。こんなアルコール度数が高く果物も入れれるだけいれましたみたいな濃さのお酒、薬に使ってくれといわんばかりじゃないですか」
「そんなに濃いんですか」
「この果物を使ったお酒はそのあまりのおいしさにどんどん飲まれてしまうのですが、もともとアルコール度数が高いものがおおく、そのせいでアルコール中毒を起こす人が昔はたくさんでたらしんです。だからいまではアルコール度数をわざと低く作ったり、初めから水やソーダー水などで薄くして売っているものばかりなんです」
瓶の中のお酒を眺めながら
「何も知らずにこれをそのまま飲んでいたら、一杯で……ってなことにもなりかねない代物だよ」
今の時代違法薬物に近い作りのものらしい。
ラトルの人々が、このお酒を割らずに飲んでいた光景を思い出す。
「昔の人は強いでござるなぁ」
ぼそりとサイラスが呟く。
「先生!」
アルドたちのいるテントに助手の男女と兵士が走ってきた。
「追加の薬ができました」
「ありがとう、では君たちにこれを」
「これは」
「君たちが持ってきてくれたこのお酒のおかげで、ユニガンの人々を救う分にはもう十分なほどの薬を作ることができる見通しがたった、だから今きたこの追加分は君たちに譲るのがなによりの感謝の気持ちになると思うんだ」
「でも」
「大丈夫です。今から作れば今日の分も後数時間で作れます。それにワクチンもいきわたったせいか新規の患者も少なくなってきたんです。だから──」
それ以上はなにも言うんじゃないと言わんばかりに、助手が持ってきた薬の入った袋をアルドに押し付ける。
「小さな村一つぐらいなら十分救える量はあるはずです」
「ありがとうございます」
六人が深々と頭を下げる。
「よし、アルガンに戻るぞ!」
そうしてアルドたち一行は十分な薬を持って再びアンガルの地へ帰ったのだった。
~ 再生集落 アンガル ~
「母ちゃん、これも食べて」
「ありがとっ──ゴホゴホゴホ」
「母ちゃん!」
息子に背中をさすられ少し楽になったのか、大丈夫よ。とほほ笑むと少し横になるからと布団をかぶる。しかしその顔にはもうほとんど生気が感じられなかった。
「薬!持ってきたぞ!」
突然飛び込んできたアルドに、魔獣族の男の子がびっくりとして持っていたパンを落としそうになる。
「お兄ちゃん!」
「早くこれをお母さんに飲ませて」
「わかった!」
男の子はアルドから液体の入った薬瓶を受け取ると、母親の背中を支えながら起こす。それを口元に持っていく。
──ゴクリ、ゴクリ。
薬瓶の中の液体を全部飲み干すと、母親をまた床に寝かす。
「どう母ちゃん」
「あぁ、良くなった気がするよ」
そんな即効性はないが、母親の言葉に男の子はうっすらとその瞳に涙を浮かべながら安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとう。お兄ちゃん」
「あぁ、これできっともう大丈夫だ」
「うん」
「薬の成分が、細胞に浸透していくのを確認しまシタ」
リィカが目をカチカチと点滅させる。
「明日には熱が下がる見通しデス」
男の子の家をでると、他のメンバーも一軒一軒、病に侵された人の家を回って薬を配り終わったところだった。
「ヴィレス、アルテナ、集落のみんなの世話ありがとう。それとセバスちゃんもありがとう。ただいま」
三人に挨拶もなしに男の子の家に直行したことを思い出し、いまさらながらただいまの挨拶をする。
「村のみんなにワクチンを打ってくれたんだな」
「ようやく帰ってきたのね、この私を働かせるなんて、後でなにを請求してあげようかしら」
セバスちゃんの言葉にアルドがお手柔らかにと引きつった笑みを返す。
「ギルドナ様お帰りなさいませ。ここ数日とても暖かい日が続いていましたので、食料問題ももうじきどうにかなりそうです」
「──うむ」
ヴィレスが眼鏡を上げながらギルドナに今後の話をしている。
「フィーネお帰り。大丈夫だった?」
「アルテナも、みんなの食事や病人の面倒見たり大変だったでしょ」
しかしアルテナは首を横に振る。
「セバスちゃんがワクチンの接種をするのに、沢山のエルジオンの医大生達も一緒に連れてきてくれたから、全然大変じゃなかったわ」と言った。
確かに、集落の人たちの間にちらほらと白衣の人物がみえる。
「ありがとう。セバスちゃん」
「研究のためよ。根絶したと思っていた病原菌ですもの、おかげでいいデータが取れたわ」
照れ隠しなのかセバスちゃんはプイッと顔を背けながらそんなふうに言い放つ。
エイミが余った薬を集めて籠にまとめる。
「たとえこのあと何人か発症者がでたとしても、これだけ予備の薬が残っていれば問題ないでござるな」
サイラスが籠を除きこみながら喉を膨らます。
「その薬は今後のためにエルジオンの医大病院で管理するわ。もちろんここの集落が完全に復活したのを見届けてからにするけど」
サイラスの驚いた顔にセバスちゃんが慌てて言葉を付け足す。
「なら、もうここも大丈夫だな」
アルドが晴れ晴れとした顔でアンガルを見渡す。
「ところで、リィカ」
「なんでしょうカ?セバスちゃん」
「エイミは大丈夫として、アルドたちは大丈夫なの?」
「はい、アルドさんたちはまだ病原菌に侵されてハいませんデス」
そしてリィカは続ける。
「そのため免疫もまだついていまセン」
「そうなの、なら」
セバスちゃんがアルドたちの方を振り返る。
「ちょっとあんたたち」
「なんだよセバスちゃん」
「ついてきなさい、ワクチン打つわよ」
「えっ!?」
──その言葉に明らかに三人が動揺を見せた。
「アルテナたちは?」
「大丈夫、私とヴィレスはもう打ってもらってるわ」
フィーネの言葉にアルテナはなぜかヴィレスの方を見て、口元を抑えて意味深にほほ笑んだ。
「アルテナ様っ!」
それを聞いていたヴィレスがなぜだか慌てた様子で首を横に激しく振りながらアルテナに何か合図を送っている。
「そっか、じゃあお兄ちゃんたち行こっ」
フィーネが声をかけたがなぜか誰も返事をしない。
「まさかお兄ちゃん、まだ、注射が怖いだなんて子供の時みたいなこと言わないよね」
「まさか……なぁサイラスいこうぜ」
「いや、拙者は……大丈夫でござるかな、ほら拙者蛙でござるし」
──理由になっていない。
「ギルドナお兄ちゃん?」
顔を覗き込むアルテナから、すっと目をそらす。
「全くいくつになっても、男どもわ──」
セバスちゃんがあきれたというようにふぅとため息を吐く。
「アルドさん。注射は今までの戦いで負った怪我と比べた場合、一万分の一以下の痛みしか伴いまセン」
リィカが分析した結果を報告する。
「いや、痛いとか痛くないとか、そういう問題じゃないんだよ、なんていうか気持ちの問題で……」
アルドが子供のように口を尖らす。
そんなアルドたちの様子を見ていたフィーネとエイミとアルテナの三人の目が合う。
「あはっ」
「あははは」
「ハハハ」
思わす笑いが漏れる。
その笑い声は春の訪れを告げる暖かい風と共にアンガルの集落を吹き抜けていった。
旅人達の束の間の出来事 トト @toto_kitakaze
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