第4話 舞えや踊れや
~ 王都 ユニガン ~
「ありがとう君たち」
ナオ・セーナがアドルたちから受け取った材料を丁寧に机に並べていく。そして初めに”ツルリン”の『苦い紫の実』を手に取る。
「これは素晴らしい、この色、艶、毒々しさ、質の良い苦み成分が取れそうだ」
近くにいた助手らしき人物を呼び止め、苦み成分の抽出を指示する。
「おお、これもまた──」
次に持ち上げたのは”重装マッシュ”から採った『怪しいキノコ』だった。
ナオ・セーナはそれを裏返したり、大きさや重さを量ったりしたあと顔を近づけクンクンと匂いを嗅いだ。一通り終わるとアルドたちの方を振り返り。
「本当に素晴らしい、まさかあの『怪しいキノコ』がこんなに完璧な状態で手に入るとは!」
後から聞いた話だと、『怪しいキノコ』は収集家たちでもルチャナ砂漠にたまたま落ちているところを発見することしかできていない貴重なキノコらしく、その発生場所や生育法はすべて謎に包まれているということだった。
「もしやあなた達は、直接これが生えてる場所を発見したのですか?」
キラキラとした少年のような眼を向けてくるナオ・セーナに、アルドがポリポリと頬をかきながら、あいまいな笑みを返す。
生えてる場所を発見したにはしているのだが、普通に地面に生えてるのでなく”重装マッシュ”の頭の上に寄生していたと知ったら、きっと色んな意味で驚くに違いない。そう思った。
「ところで、これは?」
最後に素晴らしい踊りを披露してくれた”ダンシング”から採れた、アルドたち曰く『超オドッテ草』を手でつまみ上げる。それを太陽に透かして見たり、感触を確かめたり色々した後、アルドたちを振り返って訪ねる。
「超ダンスが上手だった”ダンシング”から採ってきた『オドリ草』です」
「超ダンスが上手だった”ダンシング”……?」
「そう、他の”ダンシング”のダンスなんかとは格段に違う、素晴らしい腰(茎)のうねり、切れのある腕(葉)の広げっぷり、激しいヘッドバンキング(花)にもかかわらず標的を見失わず仕掛けてくる素晴らしい攻撃の数々、強敵でした」
「なにを言っているのかさっぱりわからないが、なんだかすごく苦労して手に入れた大切なものだということはよくわかったよ」
アルドの力説に、いままでぐいぐい来ていたナオ・セーナが初めて自分から引いた。
「『超オドッテ草』に進化してないんですか?」
「チョウオドッテソウ?」
「あの”ダンシング”よりさらなる強者がいるということでござるか!?」
ナオ・セーナのいまいちな反応を見てサイラスが驚愕の表情を浮かべる。
「君たちさっきからなにを──」
困惑の表情を浮かべて困っているところに、ちょうど材料集めを終えた他の兵士が帰ってきた。
「先生遅くなってすみません」
「あぁ、おかえり。例のものは手に入ったか?」
──やはり、あの動きでなく、後ろで茎を三回転半ねじってた、あいつだったんじゃ。
──いや、実はゆっくりとした動きをしてたが、まるで優雅に舞うバレリーナのようなきれいな葉の伸ばし方をしていたやつだったのかも。
あーだ。こーだ。とナオ・セーナにはわからない話を仲間たちで始めたアルドたちをちらりと見ながら、ナオ・セーナは帰ってきた兵士たちから材料を受け取った。
「あることにはありましたが、なんせ時期が時期なだけに、これしか手に入りませんでした」
兵士の一人が懐から大事そうに布に覆われた一本の小さなガラス瓶を取り出す。
「仕方ない、ちょうど終わったばかりだったからな、それでもよく手に入れたくれた」
「優勝者が旅人だった話も聞いたので、そこの線で今ほかの兵士たちが聞き込みをしています」
「まぁ、あまり期待はせず待っているが」
ナオ・セーナが瓶に入った液体をスポイトで一滴紙に垂らした後、メモリのついたビーカーに移して、なにやら計算を始める。
「くそっ。もう少し早くにこの『超オドッテ草ッス』が薬になるとわかっていたら」
兵士が悔しそうに自分のこぶしを自分のもう片方の手に打ち付ける。
「俺も調子に乗って一気飲みなんてもったいないことしなかったのに」
他の兵士もクッと唇を噛みしめる。
「終わってしまったことは仕方ない、それよりもこれを早く加工施設に運んでくれ」
ナオ・セーナに「君たちはよく探してくれたよ」とねぎらいの言葉をかけられた兵士たちがテントを後にする。
「貴様今あの瓶に入った液体を『超オドッテ草ッス』と言ったか?」
いつの間にかアルドたちがじっとナオ・セーナを見ている。
「葉っぱじゃなくて……・液体なんですか?」
フィーネが首をかしげて聞く。
「なんと、まさか”ダンシング”の蜜のほうでござったのか?」
「アルドが最後までちゃんと話を聞かないから」
エイミが腕組みしながらアルドに不満げな声を上げる。
「ナオ・セーナ先生、次こそは、ちゃんとハイテク優雅に踊りまくっている”ダンシング”の蜜を取ってきます」
困惑の表情を浮かべているナオ・セーナに向かって、名誉挽回とばかりにアルドが言い放つ。
「ちょっと君たち落ち着きなさい」
「──?」
またすぐにでもどこかに行こうとしているアルドたちをナオ・セーナが慌てて引き留める。
「なんだかよくわからないのですが。なにやらとてつもない勘違いを君たちがしているということだけは、僕にもわかりました」
「勘違い?」
「君たちが先ほどから『チョウオドッテソウッス』といっているものは、もしかして『超踊ってソーダー酒』のことなのではないのですか?」
「『チョウオドッテソーダーシュ?』」
みんなが口をそろえてナオ・セーナの言葉を繰り返す。
「そう『超踊ってソーダー酒』」
いまいちまだピンと来ていないアルドたち一向に
「『超踊ってソーダー酒』トハ、ユニガンの伝統的なお祭りで振舞われる祝い酒の一つと判明」
リィカがチカチカと目を点滅させながらそう告げた。
「お酒!?」
「リィカそんなこと一言もいってなかったじゃないかっ!」
「スミマセン。入力音声にミスが生じていた模様デス」
「オレたちはいったい……」
「仕方ないよ、誰も気が付かなかったんだし。お兄ちゃん」
「そうでござる。覆水盆に返らず。いや失敗は成功のもと。いやいや、なんだったでござるかな」
サイラスはほうっておいて、ギルドナが口を開く。
「その『超踊ってソーダー酒』というのは、先ほど兵士たちが持ってきた分で足りるのか」
「いや、ある程度の数の薬は作れる計算ですが、それでもまだぜんぜん足りません」
ナオ・セーナが顔を曇らす。薬が行き渡るより先に、病魔の方がここ数日のうちにネズミ式に増え続けているらしい、このまま後数日もすれば、爆発的な数になり、そうなってはとてもじゃないが、抑えることはむずかしくなるだろう。
「同時進行でワクチンも作っているのですが、そちらはとりあえず近隣の町や村に先に配布しているところです」
もうユニガンの中では誰がかかっていて、誰が大丈夫なのかすらわからない状態だということだろう。
それならば、まだ広がってない地域にワクチンを先に回してこれ以上の被害の拡大を食い止めるつもりなのだ。
「なら話は簡単だ今度こそ俺たちで『超踊ってソーダー酒』を持って帰ってくればいい」
ギルドナがそれで問題ないだろうという顔をする。
「ですが、兵士たちの報告では、もう近隣の村や町でもほとんどの『超踊ってソーダー酒』はなくなっているという話なんです」
「そんなに貴重なお酒なんですか?」
「貴重というか、今のこの数か月以外はわりと手にはいりやすいお酒なのですが……」
『超踊ってソーダー酒』は祭りで飲まれる祝い酒である。材料もこの時期どこにでも手に入る果物からできる果実酒だ。
踊り出すほどうまいということで昔から『踊り酒』『狂い酒』『ダンス酒』いろんな地域で色んな名前で作られている。ユニガンの特徴としてはソーダー水で割ってありとても飲みやすいということぐらいだろう。
元が神に捧げられる収穫祭の時の祝い酒のため。この秋の収穫が終わったこの時期はすでにどこの村や町でもほとんどが飲まれてしまった後なのだ。来年に向けてお酒はまた造られてはいるものの。
「果物があればすぐにお酒はできないのですか?」
「お酒として飲めるようになるのは数か月で大丈夫です、でもそれが薬として使えようになるにはしっかり発酵させた、一年、早くても半年以上のものでないと意味がないのです」
「半年!?そんな時間はない」
ナオ・セーナの説明にギルドナが反発する。
「ねぇ、その果物で発酵してできたお酒なら、『超踊ってソーダー酒』でなくても大丈夫なのよね」
エイミが訪ねる。
「それは大丈夫です。今兵士たちも同じ果物から作られているお酒を探してくれています。でもやはりどこも収穫祭が終わった後なので、ほとんど消費されてしまっているみたいなんです」
ナオ・セーナが心底悔しがる。
「昔からやっていたお祭りというと、いつごろから飲まれていたんですか?」
「文献を見る限り パルシファル王朝時代にはすでに飲まれていたようです」
それが何かというようなナオ・セーナを無視して。
「なら、お兄ちゃん」
「そうだな、フィーネ」
みんなも分かったらしく頷く。
「よし、古代の村に行ってみよう」
アルドたちは再び古代に出発した。
~ 火の村 ラトル ~
「あのすいません、この果物を発酵させたお酒はありませんか?」
今度は間違えが起きないように、あらかじめナオ・セーナから預かってきた果物を村人に見せる。
「あーあるよ」
拍子抜けするぐらいあっさりと村人があると言い切る。
「やったね、お兄ちゃん」
「ちょっとアルド、大切なこと忘れてるわよ」
「あぁそうだった。ちなみにどれくらいの間、発酵させて出来たお酒なんですか?」
「変なこと聞くなぁ、一年に一度の祭りなんだから一年に決まってるだろ」
今度こそアルドがガッツポーズをとる。
「あのそのお酒、オレたちに譲って、いや売ってもらえませんか?」
しかし村人から返ってきた答えは意外なものであった。
「いやいや、あれは売り物じゃないよ。勝ち取るものだよ。兄ちゃん」
「勝ち取る?」
「そうだよ、それで来たんじゃないのかよ」
そうラトルでは今日が1年に1回行われる収穫祭の日。神に感謝を込めそのお酒を捧げる日。捧げられたお酒は、村人たちが行うそのあとのお祭りの景品となるのだ。
「譲ってもらうことも買うこともできないんなら、その祭りとやらに参加して勝ち取るしかないな」
ギルドナが柄に手をかけ、なみなみならぬ殺気を放つ。
「多分ギルドナが思っているような勝負の仕方じゃないと思うぞ」
アルドが慌てて止めに入る。
「おじさん、それはどんなお祭りなんですか」
「なんだ本当になにも知らずに来たのか。なら本当に運がいい。この酒は一年でこの日にしかお目にかかれないからな」
「運がよかったでござるな」
「で、いったいどんなお祭りなのよ」
エイミが痺れを切らしたように口をはさむ。
「まあ、見ればわかる。ちょうど今の時間帯なら、子供たちがでているはずだよ」
「子供?」
いわれるがまま、おじさんの後について、村の中に入っていく。
「ほら、あそこ」
おじさんが指をさした先には、大人が両手を広げてもぶつかることなく10人ほど横一列に並べられそうな正方形をした少し高さのある石の台があった。
その四隅には石作りのかがり火が置かれている。
「祭壇?」
「まあいつもはそうだね」
「この祭りはもともと巫女が神に感謝の舞を踊ることから始まってるからね」
「舞?」
「そう、今日は誰が一番素晴らしい舞を神様に捧げることができるか競い合う」
踊りのうまい魔物から名前をとった。「ダンシング祭りだよ!」とおじさんは言った。
「ダンシング祭りだと」
ギルドナがギリリと歯を食いしばる。
「拙者踊りならとくいでござるよ」
準備ができたのか、祭壇では子供たちが思い思いの踊りを披露し始めた。周りでは大人たちが太鼓をたたいたり、笛を吹いたりして踊りを盛り上げている。
「大人たちが踊るのは日がもう少し落ちてからだ。飛び入り参加も大歓迎だ。酒が飲みたきゃ参加しな」
そう言い残すと、いろいろ教えてくれたおじさんは、子供たちが踊るダンスを見ている人々の中に去っていった。
「どうする?」
「どうするもなにもないでござるよ」
「そうよお兄ちゃん、優勝してお酒を持って帰らないと」
「で、誰がでるのよ」
「…………、俺はでない」
「特に人数の指定はされていませんノデ、みんなで出ることが一番優勝に近づく確率があがると計算ででマシタ」
「──っ!」
ギルドナが大きく目を見開きリィカを凝視しているのがわかったが、みなそれを無視する。
「そうだな、みんなで出場しよう。そうしたら誰か一人ぐらい優勝できるかもしれない」
「できるかもじゃなく、するんでしょアルド」
エイミが強い口調で訂正する。
(アンガルのそして今はユニガンの人々の命もかかっているのだ。負けるわけにはいかない)
「あぁ、みんな優勝するぞ!」
一人を除き、みんなで大きくオーと声を上げる。
──しかし勝負の世界はそんなに甘いものではなかった。
「無念でござる」
「…………」
「ギルドナさんは素敵でしたよ」
会場の隅で小さくなっている元魔獣王にフィーネが駆け寄る。
「そうよ、ギルドナとフィーネはよかったわ、ただ今回は場の求めていたものとはちがっていたというだけよ」
エイミもフォローいれる。それからため息をつきながらアルドを指さし
「アルドはひどすぎだわ、あれは踊りといえる代物ではないわ」
「演武は舞のようなものだろう」
「それならせめてもっと技をコンボさせなさいよ」
「そうでござるな。ガチガチであれでは、ゴブリン一匹も倒せないでござるよ」
「それを言うなら、エイミだって、上空でくるくるとパンチと蹴りをしていただけじゃないか。サイラスなんて、なんなんだよ、人前で裸踊りなんかして、はずかしくないのかよ」
「裸踊りとは破廉恥な、ちゃんと下は履いていたでござる。それにちゃんと腹に顔が書いてあったでござろう。あれは『腹芸』という由緒正しい伝統ある芸術的踊りでござる!」
「確かに、酔っ払いの男たちには大うけだったわね」
エイミの冷めたまなざしに「そうでござろう」とサイラスが得意顔で語る。
(誰もほめてないぞ、むしろ軽蔑されてるぞサイラス)
「スミマセン。ワタシがもう少し力のコントロールができていレバ」
リィカはダイナミックでアクロバティックなブレイクダンスを披露し。会場のだれよりも観客を沸かせていた。しかし最後のヘッドスピンで、鳴り止まない歓声に応えるあまり、顔が埋まるほどの穴を掘ってしまったのだ。
「でも、祭壇すぐ修復できてよかったよ」
「でもあのセイデ、ワタシは失格になってしまいまシタ」
「あれがなければ優勝間違いなかったわよね」
エイミが心底残念がる。
「どうしましょうカ」
「優勝者に事情を話して分けてもらうしかないんじゃないか」
「それがだめなら」
いつの間に復活したのか、アルドの隣に立っているギルドナが剣の柄を持つ手に力をいれる。
「ダメだってそれは」
「早まってはいけません。ギルドナさん」
フィーネが何を勘違いしたのか、ギルドナの腕にしがみつく。
「おい!兄ちゃんたち!」
──ヤバい。今の話を聞かれたか!?
聞かれてまずい話はしていないのだが、おもわず焦る。
「さっきから隅でかたまって話してないで、こっちに来いよ!」
酔っ払いたちがエイミの手を引く。
「ちょっとやめてください」
そういいながら、酔っ払いの腕をねじり上げる。
「いっ、痛たたたたっ、待ってくれ姉ちゃん、そうじゃなくて」
「なにが、そうじゃなくてなの──?」
それを見ていた近くの酔っ払いが、慌ててエイミの顔の前に陶器でできたコップのような入れ物を差し出す。
「姉ちゃんたち、こいつが飲みたかったんだろ」
エイミがねじり上げている手を放しそれを受け取る。
中には並々に注がれた透明な液体が入っている。
「これって」
一応確かめようと顔を近づけたが、鼻を突くような強烈なアルコールの匂いで顔を引っ込めた。
「お酒だわ!」
「そうだ、これがこのダンシング祭りの景品、”ダンスダンス酒”だ」
「えっ?だってこれは優勝者にしか」
「なにをいってるんだ。飲みたきゃ出ろって教えてやったろ」
「えっ?」
「祭りに参加したやつらにはみな一杯づつ振舞われるんだよ。ただし優勝者はこれを壺一杯にもらえる、そしてその余った分を参加者全員でわけるんだよ」
──そういう意味だったのか。
「しかし兄ちゃんたち本当に運がいい、今回は出場者も多かったのに昨年実が豊作だったから、一人こんなになみなみと注がれてる」
「あぁ、こんなに飲めるのなんて、何年ぶりだろう」
「一口で終わる年もざらだからな」
思い出話に花を咲かせながら、酔っ払いおやじどもが、グビグビと酒を喉に流しこむ。
「この祭りには金持ちも貧乏人も関係ない、飲みたい奴は恥もプライドも捨てて踊らにゃならん」
「ノリのいい奴、悪い奴、酒を飲みたきゃ、踊らにゃソンソン」
酒も回って祭りもいよいよ最高潮。壊れた石の台の上にはたくさんの人が押し合い圧し合いすし詰めになりながら踊っている。
「アルド」
「お兄ちゃん」
エイミとフィーネの言わんとしていることがわかった。
「一人一杯だが、オレたちの分全部持って帰れば」
「十分たりると思いマス」
リィカがツインテールをくるっと回すとそう言った。
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