第19話 微かな懸念
「三条は大丈夫だろうか。また新人を辞めさせなければよいが……」
上昇するエレベータの中で、神使がそう零した。
意外な言葉に、神田は少し驚いた。エレベータを降りたところで立ち止まり、視線を下げる。神使もその視線に気付いたようで、顔を上げて神田を見つめ返してきた。その黒い瞳はどこか疲れているように見えた。
「どうされたんです? さっきまで、その新人に随分と冷たい態度をとられていたのに」
三条は一年前、新人を退職させた経験があった。初日の座学から厳しく指導に当たり、それは周囲から見ても苛烈と言えるものだった。
本来なら、直ぐにでも三条に対して指導方法を見直すよう注意すべきだったのだろう。だが神田を含めた周囲は、指導の初心者である三条を『もう少しだけ見守る』という判断をした。
しかし、その判断は大きな間違いだった。改札の指導に入った頃、新人は遂に精神の限界を迎えた。彼は神田に退職届けを突きつけ、「もう耐えられない」と泣きそうな声で告げると駅を出て行った。それが彼の最後の姿だった。神田はあれ以来、乗客としても彼を見ていない。
新人の早い退職には駅の誰もが驚き悲しんだが、誰よりも悲しみを感じていたのは駅神だった。新たに息子を迎えられるという喜びを奪われ、駅神は数ヶ月もの間を深い悲しみの底で暮らしていた。
そんな駅神の感情を最も強く感じ取ったのは、駅神に一番近い立場の神使である。駅神を悲しませた三条に対する怒りが爆発し「親不孝者」「お前の方が駅から出ていけ」と三条を酷く罵った上に全身を角で激しく殴打した。神田達が必死に止めに入り事なきを得たが、一歩遅ければ三条は大怪我を負っていたかもしれなかった。
その件以来、三条は考えを改めたのか以前に比べて少しだけ柔らかくなった。とは言え、やはり優しさや気遣いが欠けている点は否めないが……。
「井上の力は第四世代に相当する、貴重な戦力だ。失うのは惜しい」
「その『貴重な戦力』に、出ていけ! と怒鳴りつけていた神使がいましたが……?」
神田は、手のひらを華麗に返す神使を再び誂う。神使は返す言葉が見つからないのか、一目散に助役室の方向へと逃げるように駆け出して行った。
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