第18話 和解、激励

 ――何故、これ程までに強烈な出来事を忘れていたのだろうか。


 和也はそう改めて思った。

 突然の激しい頭痛の後、あの日の出来事を夢に見た。現実とは思えないような空間とそこに住まう神との交流。目を覚ました時には、それらの記憶が完全に復活していた。


 自身の体調を心配する神田と椿に和也は記憶を取り戻したことを告げ、東京駅で何があったのかを伝えた。

 どのように結界内へと入ったのか、どのような言葉を交わしたのか。そして、どのように依代を得たのか。

 それを聞いた神田は依代の扱いの軽さに頭を抱え、椿は「変わった方ですね」と微笑している。三条は何かを言いたげに視線を彷徨わせ、神使は行き場のない怒りを押さえつけるように蹄を床に叩きつけていた。


「駅神様にあるまじき行為だ……何という……私は信じんぞ」


 ブツブツと呟きながら激しく音を立て続ける神使を、神田が冷ややかな目で見つめる。


「神使様、井上に謝罪を」


「煩い! 私は認めんぞ! 第一、井上の話もどこまで信じられるか――」


「いい加減になさってください。どうしての話を疑うんですか?」


 神田は、考えを曲げようとしない神使を言葉を強めて叱りつけた。神使は不服そうな目を神田に向けて抗議の意思を示すが、その口から言葉は出ない。

 そんな神使の大人気ない態度に、神田は呆れている感情を見せつけるようなため息をついた。腰を落とし、子供のように拗ねる神使と向かい合う。


「駅神様の力を持ってすれば花を取り返すことは造作もありません。花を持っているということは許可を得ているということでしょう?」


 その言葉に対して神使はぐうの音も出ないのか、俯いて目を逸らし、悔しそうに顔を顰める。神田はそんな神使の顔を両手で挟むと、無理やり自身の方に向けさせた。その体制のまま何も言わずに視線を合わせ続ける。

 神使はその視線に押し負けたのか、「分かった……」と弱々しい声で呟いた。


「分かったよ、京太郎……。すまなかった」


「分かって頂ければ良いです。もう我儘は程々にしてくださいね」


 神田は諭すように言うと手を離して立ち上がり、和也達の方に向き直った。神使も後に続いて向きを変える。そして、立派な角の生えた頭をゆっくりと下げた。


「……取り乱してすまなかった。申し訳ない」


 今までの暴れ具合が嘘かのように萎縮した神使を、和也は呆気にとられながら見ていた。神田は、念力を扱える第二世代。神田の父親に当たる人物も、同じ様に神使の横暴を抑え込んでいたのだろうか……。

 そんなことを思いながら立ち尽くしていると、神田に声をかけられた。


「そういうことだ。神使様を許してやってくれないか?」


「はい……。勿論です」


 和也の返答を受け、神田が神使に「許してくれるそうですよ」と声をかける。神使は頭を上げて和也を見ると、「感謝する」と今にもプライドが砕け散りそうな小さな声で呟いた。

 気まずい沈黙が続きそうな空気を、即座に椿が手を叩いて切り替えた。


「さあ。和解も済んだことですし、訓練の続きといきましょう」


 和也は「はい」と気合を入れた返事をすると、手元のハルバードを握り直した。三条は飛ばされた緑色のフライ旗の元へと億劫そうな歩き方で向かい、拾い上げたフライ旗の布地から軽く埃を払っている。

 椿はそんな三条の背中に少しだけ視線を送ると、和也の肩を優しく叩いた。


「この駅に第四世代はいませんが、今覚えるべき戦闘の基礎は変わりません。早く独り立ち出来るように頑張ってください」


 椿の激励に和也は再び気合の入った返事を返すと、ハルバードの刃先に目を向けた。自身の鉄道員の血が体現された、美しく紅い斧。見ていると気持ちが昂ぶる。


「いつまで見てるんだよ」


 三条から不意に声をかけられ和也は慌てて体勢を整えた。目線を三条に移すと、機嫌の悪そうな一重瞼がこちらを睨んでいた。その両手には、赤と緑の双剣。


「第四世代と同じ力を持ってるみたいだが、力も使いこなせない初心者が自惚れてるんじゃねえぞ」


「……はい」


 三条が武器を構える。次こそは斬りつけられるかもしれないという恐ろしさから声が出なくなった。深呼吸をして暴れる心臓を抑え込みながら、ハルバードを強く握る。

 右足を一歩引き、いつでも動き出せる体勢を取った。誰かが出て行ったのか扉の閉まる音が響く。

 それを合図にしたように、三条が素早く距離を詰めてきた。

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