第10話 報せ

 神田は助役室の椅子に座ったまま大きく伸びをした。背中の凝り固まった筋肉が伸ばされ、気持ち良さに思わず声が出る。

 デスクワークはどうしても好きになれない。筋肉が強張るせいか体が怠くなり、立ち仕事以上に疲れを感じるのだ。早く立哨に出て体を動かしたい! という気持ちが強まるが、暑さが日に日に増しており外に出るのも気が進まない。

 内も地獄なら、外も地獄だ。


 ――だから夏は嫌なんだ。


 心の中で毒づきながら首の骨を鳴らした時、助役室の扉が強くかつ乱暴に叩かれた。木刀を叩きつけているような固くて破壊力のある音。一瞬ドキリとするが、聴き慣れた音だと気付いたことで逆立った神経が急速に治まっていく。


「京太郎! 居らんのか!」


 その怒鳴るような呼び声に、思わずため息が漏れる。渋々椅子から立ち上がり壁に設置された制帽掛けへと向かった。右から二番目に掛かっている自身の制帽を取り、数時間ぶりに頭へ被る。

 『京太郎』とは、神田のファーストネームだ。そして、そのような呼び方をする者を神田は二人しか知らない。

 いや、二と数えて良いのだろうか? と疑問を呈しながら、扉へと歩み寄る。半ば呆れながら、扉を叩いている相手に声をかけた。


「はいはい。出ますよ」


「はい。は一回で良い! 何度も言っておるだろう!」


「シンシサマが扉の叩き方を改めたら、私も直しましょう」


 そう返しながら、乱暴に叩かれ続けている扉を開く。視線を下げ、この場には酷く不釣り合いなその姿を見つめた。


「如何されましたか?」


 長いまつ毛に守られた大きな黒い目が神田を見上げる。その目の持ち主は、真剣ながらも嬉しそうな声色で報せた。


「覚醒だ」


 その言葉に神田の口元が緩む。つい、小さな笑い声が漏れた。


「それは喜ばしいですね」

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