第55話、死に急がず、生き汚く生きて残り償うことが私の天啓



「……っ」


どれくらい意識を失っていたんだろう。

オレが目を覚ますと、そこは中央棟の外、中庭だった。




「ノヴァキ、大丈夫?」

「え? あ、うん……」


視界のすぐ近くにサミィ。

その隣にリシアと、マイカがいる。


「り、リシア! 大丈夫だったのか?」

「いや、それはこっちの台詞でしょ。理事長先生に引っ張られてここに来たらあんたが気を失ってて、姫様に膝枕してもらってるんだもの」


タインの言葉を思い出しての言葉だったが、どうやら特に問題はなかったらしい。

と言うか、どうしてか言葉が随分と冷たかった。


「あ、ごめん。サミィ、ありがと」

「いいえ、大事ないならそれでいいんだけど……」


膝枕されてるのはほんとだったので、礼を言って起き上がると、そこにはみんながいた。

タインを除く、みんなが。

それに気付いた時、マイカと目が合う。

さっきまで重症だったはずのマイカは、服はぼろぼろだけど元気そうだった。



「マイカ、怪我は?」

「……治った」


オレの問いに簡潔な答え。

あまり触れられたくない、そんな感じ。

だから代わりの言葉をオレは紡いだ。


「タインは……」

「謝りに行かせた。あたしは謝ってもゆるさないけど」


君がエクゼリオ当人だったのか?

初めに思い浮かんだのはその事だったけれど。

別にだからどうだと言うわけじゃなかったから。

十年前の件に負い目を感じていたのは分かったから。

口には出さない。

そうやって怒る様は、オレたちと何も変わらなくて。



「やられたらやり返す……これって間違ってるかな?」

「……」


オレは、その問いには何も言えなかった。

ただ、首を振る。

それでも駄目だと、今までのような甘い考えは、口にできなかった。


知りたかった理由。

知らないほうが良かった。

そう思ってしまっているオレには。



それに、カリウス・カムラルの件を置いても。

タインは庇いきれない罪を犯している。


「時の根源はどうなったの? 世界は……」


このままマイカがかつて口にした通り、均衡が崩れて世界が滅びてしまうのだろうか?

その割にはオレの周りを取り囲む世界はいつも通りに見えたけれど。



「……何だ、呼んだか?」


その時オレに言葉を返してきたのはキミテだった。

とたん、それまで怖いくらいだったマイカが、気まずそうに視線を逸らす。


「え? も、もしかして……」

「その疑問には私が答えるよ」


オレが言葉を失い、すべてを理解しかけたところで、アルがルッキーとともにやってきて挙手をする。


そして、明かされたその真実は、中々にどえらいものだった。




時の根源リヴァ。

時間旅行のようなだいそれたことはできないが、自分に起こる事を予知することはできるらしい。

自分の命の危険を知ったリヴァは、こっちの世界に来ていた先輩、マイカに相談を持ちかける。


それに対し返ってきた言葉は、だったらこっちに来るのを少し前倒しにして祭の日は魔法で作った偽者を囮にしたら、というもので。


拾ってきたって言うからどこでって気にはなってたけど、そんな真実があったとは驚きを通り越してしまうくらいである。

更に、驚くべきことに、今回の中央棟の会場自体が作り物の偽物だったそうで。

本物は、本物の神の世界へと続く扉は、母さんが守ってるらしい。


いろんなものに混じって、長年の謎まで解明してしまったその瞬間で。




「カリスのことがなければ百叩きくらいで許してやったのに……」


言葉尻とは裏腹に、重いマイカの声。

タインは文字通り神の怒りに触れてしまった、ということなんだろう。


そして……。

タインが口にしたこと、それは嘘じゃなかった。


タインは人に紛れて過ごす魔人族の仲間がいたのだ。

それは、スクールの教師だった。

試験の地図に載らなかった場所があったのは、オレを陥れるための彼らの仕業だったらしい。


リシアに危険が及ぼうとしていたのも事実で。

その魔人族たちを捕らえたアルやルッキーがリシアのことを助けてくれたらしい。

周りを騙していたようで……しかし確実に罠に嵌められていたのは、彼のほうだったのかもしれない。



「あ、そうだ。タインがなりすました、オカリー一族の人は?」


ガイゼル家に代々仕える従者の一族。

タインがその人になりすましていたのなら、その人は今頃……。



「みゃん」


最悪の想像に思いをめぐらせていると、さっきのキミテみたいに返事をしたのはルートの腕の中にいる白猫さんだった。



「……助けてくれてありがとう。そう言っているぞ。うちの従者が世話になった」

「ええと……」

「この子は獣人族なんだ。タインの姦計に嵌り、捕らえられ、ひどく衰弱してしまい、しばらくは猫の姿しか取れないそうだ」

「みゃんみゃん」


そうだそうだと頷く白猫さん。

じっと見つめていると、ぷいと視線を逸らされる。

もしかして、戻れないなんて嘘なんじゃないかなって思ったけど。



「となると後はオレだけだな……」

「ノヴァキ?」


落とし前、というか約束だ。

不安げなサミィを制し、オレはアルの前に立つ。



「どした?」

「アルさんは……こう言ったよね。オレの無実が祭始まるまでに証明されなければ、オレの命はないと」


首を傾げるアルに、オレは片眼鏡を指し示す。


「犯人はオレじゃないことは証明されたかもしれない。だけど、オレに責任がない、とは言えない」

「少なくとも犯人と通じていたのは間違いない。加えて、カリスと組んだのは計画的なもので、共犯と言ってもおかしくない……と」

「ちょっと、二人とも何言って!」


オレたちのやり取りに、声上げて駆け出そうとするサミィ。

しかしそれは、いつの間にそこにいたのか、ケイラさんたちに止められる。



「待ってよ、それってワタシのせいで脅されてたからでしょ! ノヴァキは悪くないじゃない!」


確かに、それはあるだろう。

でもこれは、オレ個人の落とし前だった。

オレがノヴァキとしてこれから生きることが本当に正しいのか、答えが欲しかったんだろう。


「そうです、ずっと一緒だって約束したじゃないですか!」


続き口を挟んだのは、リシアと一緒にいたワカホだ。

そう、彼女の言う通りだ。

オレがノヴァキとしてみんなと一緒にいていいのかどうかと。

オレはそんな想いを込めて、アルを見据える。



「わかりました。それじゃあ今から審判にかけます。あなたが生きる価値なしと十二の神に判断されれば、その眼鏡はあなたの頭蓋を砕くことでしょう」

「……はい」


真剣な瞳。

オレは一つ頷く。

近付くアルの手。

それがそっと、片眼鏡に触れて……。



「ていっと。……おやおや、神は生きよと申しておるようです。救われましたね、ノヴァキさん」

「……え?」


あっさりと、なんの余韻もなくアルは眼鏡を外し、放り投げる。

そこには、呆然とする無事なオレが残されて。


「……ちょっと、何これ。ただの眼鏡じゃない。びっくりさせないでよ!」

「もう! からかったんですか!」


何故かオレが怒られる。


「ちょ、ちょっと、どういう事? こ、こんなんでいいんですか? ほんとに神様に聞いた?」


あまりの温情に、逆に焦る。

オレは、リシアから受け取った眼鏡を確かめながら(確かにただの眼鏡だった)

そう聞いて。


「そりゃもちろんっていうか、聞くまでもないっていうか? 疑うなら聞いてみれば? ちょうど今ここに四人ほどいらっしゃるんだし」

「ええっ?」


根源は祭の後、誰に知られることなく、世界に同化するという。

同化するってそういうこと?

人の世界に溶け込むってこと?

そんなのってあり?

慌てて辺りを見回す。

マイカとキミテ以外に二人、あからさまに反応した人が二人いる。

ちっちゃい羽根の人とか、いっつもおどおどしている異国のお姫様とか。

世界に関わることだから、誰とは言わないけど。



「でも……」


ほんとにいいのだろうかって、そう思う。

オレがノヴァキとして生きる、価値があるのかって。


「うだうだ言うなって、何かを償いたいんなら、生きて償え、生き地獄を味わえ。……それが生きてるやつの責任じゃねえのか?」


そうしたら、オレに価値ある言葉をくれたのがルレインだった。



「そっか。そうだよね」


それは天啓。

まさにその瞬間こそが、本当の意味でオレが生きる価値を見出したその瞬間で。


「ほら見てみろ、お前の決意にあった素晴らしい朝日じゃねえか」

「ほんとだ、綺麗だな……」



そうして。

オレたちは、ずっとずっとその空を眺めていたのだった。


新たな明日を指し示す、その光を……。



           (第56話につづく)






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