第54話、想いのすれ違い、気づくことができなかったのはきっと……



オレたちは闇の中、走っていた。

絶望に苛まれながらも、北……『闇(エクゼリオ)』の陣がある場所へと。

カリウスを……ノヴァキを殺し世界を滅ぼそうとする、その人物の元に。


そこにたどり着いたのは、オレたちが一番乗りだったらしい。



「随分と遅かったじゃないか……」


その人物……タインは笑っている。

初めて見るギラギラして瞳をたたえて。

その手には、魔人族しか扱えないはずのものを持って。



『魔人族は上手いんだ』

今更ながらに思い返されるのは、ノヴァキのその言葉だったけれど。



「マイカっ!」


それよりも。

直視できないものは、暗い大地にあった。

マイカが倒れている。

うつぶせのその背中には、形容しがたい傷跡。

その小さな身体を真っ赤なものに染めて、沈みこむように。


「すべてが手遅れだと、そう言ったろう? これで至近距離で風穴を開けてやったんだ。即死さ。……もっとも、世界は終わるのだから、意味はなさないがな」



「何があった!」


と。

そこに、ルートやキキョウたちも駆け込んできた。

そしてすぐに状況を理解し、息をのむ。



「マイカっ! ……き、きさまぁっ、ゆるさんっ!」

「おっと、こいつは趣味の悪い。もっと無残な死がご所望と見える」

「ぐっ……や、やめろぅっ!」


駆け寄り、殴りかかろうとしたキミテ。

しかしタインはそんなキミテを嘲うように、花びらめいたマジックアイテム……ノヴァキのものとは色違いのそれを、倒れ伏すマイカに突きつける。



「時の根源リヴァは死んだ。もう世界は終わりなんだよ。魔人様の勝利宣言くらいさせてくれよ、なぁ?」


タインは薄ら笑いを浮かべて、一同を見渡す。

それに反応して最初に口を開いたのはルートだった。



「何故だ、お前が魔人族だと? そんなはずはないっ、お前はオカリー家のものだと、私に言ったではないか!」

「はははは。助かったよ。こんな嘘も見抜けないんだからさぁ。すっかり本物と私を勘違いして、気に入らん、とか怒っちゃってさ。かわいそうに。主が愚かだから今頃本物は腐れた骨にでもなってるんじゃないかな?」

「お、お前と言うやつはっっ!」


悔恨の呟き。

ルートの眦に涙が滲んでいる。

それはきっと、騙されたことより、気付けなかったことが悔しかったんっだろう。



それを見て、オレは一歩前に出る。

タインと真っ向から対話するために。

その身隠す仮面を、取り払って。



「タイン、そこをどいてくれ。話なら後でちゃんと聞く。マイカを助けなきゃならないんだ」

「……ほう! やはりそうだったか。魔人族の風上にも置けぬ臆病者のノヴァキよ。お前がなにもしなかったから苦労したぞ。せっかくカリスを殺す機会を与えてやったのに、あっさり返り討ちにあうのだものなぁ?」


オレの言葉にまったく聞く耳持たず、タインは笑う。

ノヴァキとの接点を匂わす言葉とともに。


「あのリシアって子も可哀想に。せっかくみんなで一緒に死ねるのに、今頃は同志たちにひどい目にあわされて先に死ぬ破目になるなんてさ。臆病者のお前のせいで!」

「……っ、リシアに何をした!」

「何って? 知ってるくせに。……約束しただろう? カリスを殺さなかったら辱めて殺すと!」

「……っ」


ニタニタと、心底おかしそうにタインは笑う。

もうそこにかつてのタインの面影はなかった。

だけどノヴァキの行動の意味が、ようやく分かった。


ノヴァキはやっぱり、弱みを握られていたんだ。

ノヴァキは本当はそんなことしたくなかった。


信じ続けてきたことが報われた瞬間。

だけど心はちっとも晴れない。

重くなる一方で。



「どうしてっ、どうしてこんな事するんだっ!」

「どうして? ……はん。そんなもの楽しいからに決まってるだろう? 騙し、裏切り、殺戮、それが私の生の価値だからだよ! それを理解しようとしないお前が悪いのだ!」


本気の叫び。

知りたかった理由としては最悪なもの。


物語に出てくるような諸悪。

オレはそんなもの、実際にはいないんだって、そう思っていた。

それなのに。



「……楽しい? だからそんなことを? だからカリウスを殺したの?」

「あれはそうでもなかったなぁ。刺しても刺しても、泣きも苦しみもしない……全く腹が立つ。あの反吐が出る人を見下して勝ち誇ったような笑顔でさ! 死ぬ間際まで私を見ていたよ……」


笑いを引っ込め、低い声。

それは決定的な言葉だ。

そこにあるのは、苛立ち。

それは暗に、楽しいからという理由を否定しているようにも思えたけれど。



「見下してなんかない、一度だって!」

「見下してただろうが! それはお前が一番分かってるはずだ! 人間族はみんなそうだ、魔人族を蔑み、見下す。弱いものの服を着て迫害する。見下して、同情してたんだよ。試験の時だってそうじゃないか! お前が可哀想だから助けた! みじめだからってお前と組んだ! 余計な同情でみすみす殺されるのにも気付かずによぉ!」

「違う……絶対に違う、カリスはそんな子じゃない! 種族なんて関係ない、みんなが仲良くなれるって信じてた! だってカリスは……っ!」


オレよりも早く。

そう叫んだのはサミィだった。

そして、オレのことをじっと見据える。


「ノヴァキと出会って幸せそうだった、楽しそうだった! ……私にはカリスの気持ちが分かる。種族の違いなんて、ないんだって!」


タインは間違っていると、叩きつけるように。



「……嘘を、嘘をつけ! だったら何故、私は受け入れられなかった? 私のものにならなかったんだ!」

「……っ!」


それは、タインの本音の叫び、だったのかもしれない。

その瞳に、初めて悲しみが浮かんだ。

今までマイカに向けられていたマジックアイテムの銃口が、サミィのほうに向けられる。


「サミィっ!」


オレは無意識のままにそんなサミィを庇って。

聞こえてくるのは、懐かしくも怖い音色。

オレは来るだろう衝撃に備えて身体をこわばらせたけど。




ザシュッ!


「が……あっ……っ?」


衝撃はなかった。

聞こえてくるのはタインの苦悶の声。

何が起きたのかと瞳を開けたのに、視界は闇一色。

何も見えない、濃密な闇の気配が、その場を支配している。


一瞬、一瞬のことだ。

あまりに目まぐるしい展開に、理解追いつかなかったけれど。



(これは……)


オレにはその気配に、見覚えがあった。

それは十年前。

祭の日。

遠目で見た……闇の根源、エクゼリオの気配だ。




「何故ですって? そんなの聞くまでもないでしょ。あたしの親友はね、あんたみたいなどうしようもないのに惹かれるほど、馬鹿じゃないの」



心まで染み入り、同化して一つになってしまうような、深く思い闇。

それは、苛烈な意思を持ち……鈴なる可愛らしい、少女の声を発する。


「あなたの罪は重いわ。……絶対にゆるさないから」


それはオレの知っている声。

マイカ・エクゼリオ、そのものの声で……。



闇の魔精霊で、闇の根源であるそれと同じ名を持つことは知っていた。

だけど、お互いを等号で結ぶことはなかった。

敬い従う神の名を、自分の名前につけるのは、魔精霊でなくたってたくさんいるからだ。


まさか本人だったなんて思いもよらなかった。

父さんの死で少なからず恨んだこともあるその当人が。

オレの、最も近い場所にいたなんてこと、信じられなかった。


オレが知らないせいで、傷つけただろう人がもう一人。

そう思うと、いてもたってもいられなくて……。



その瞬間だ。

視界を覆い浸食し始めていた闇は、ふわりとオレを包み込む。



―――全てを一人で背負い込むことなんてないよ。



そんな、暖かく柔らかな……声とともに。


そう認識した瞬間。

オレの意識は途絶えていた。


優しくその闇に……飲まれるようにして。



             (第55話につづく)








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