第52話、出会ったことのなかったふたりは、この先ずっと家族



そうして儀式が始まって。

一曲目は、火(カムラル)とはきっと対極にあるだろう水(ウルガヴ)の曲だ。


空舞うことを夢見る、魚の歌。

何でか分からないけど、泣けてくる。

歓迎の曲としてがいかがなものかとは思うけれど、オレは好きだった。


キキョウのように誰もが認める上手さではないけれど、それでもサミィが必死で頑張って歌ってるからそう思えるのかもしれない。



とはいえ、その感動もずっと続くわけじゃない。

何起こることもなく、あっという間に最初の一曲が終わる。


控えめに拍手。

きっと睨まれたけど、別に拍手をしては儀式に支障がありますと言われたわけでもないので別にいいだろう。


オレはそのまま立ち上がって、ねぎらいに陣の中へと入っていく。

後ろが闇なのはちょっと怖いのだ。

それに次の鐘がなるまでの時間は短いようで長い。

すこやかに次が迎えられるよう、小粋な小話の一つもしなきゃって思って。




「お疲れ様。やっぱり泣けるね、この曲」

「それは褒めてるんですか貶してるんですか?」

「もちろん褒めてるに決まってる」


これからの待ち時間は、未知の領域だ。

何せ練習の時は間髪おかずに鐘が鳴ったから。



「……そうですか」


オレがそう言って笑うと、すぐに興味を失ったみたいに、そっぽを向いて陣の真ん中にしゃがみ込むサミィ。

オレはどうしようかって考えていると。



「突っ立っていると目障りです。……座りなさい」

「う、うん」


少し怒ったような、そんな言葉。

従うようにして隣に座ると、きっと睨まれた。



「な、何?」

「……いえ、何も」


おそるおそる訊けば、さっきと同じ言葉が返ってくる。

そのまま顔を背けられて、気まずい。


それが夜通し続けばオレはおかしくなるかもしれない。

どうにかして状況を打開しなければと、オレは話題を探す。



「んーと、あ、そうだ。いつもの愚痴を聞こうじゃないか。今日はどうせここにいっぱなしなんだし」


まずは駄目もとでそう切り出してみる。

顔を向けてくれないサミィを見ていると、そんな気分ではないかな、とは思ったけれど。



「愚痴……になるかどうかは分かりませんけど、聞いてもらってもいいですか? 話を」

「うん、もちろん」


悩んだ末の了承の言葉。

オレは気分上げて頷く。


「以前私は……カリスに誘われたことがあるんです。この儀式の補佐役をやってくれないかって」

「……うん」


そんなに前の話じゃない。よく覚えている。


「でも私はそれを断りました。その時は私よりふさわしい人がいるでしょうって、そう言ったんですけど」

「うん」

「それは嘘だったんです。本意じゃなかった」

「……」


中々にびっくりなお言葉。

当然、何故って疑問が浮かんでくる。



「何故だか分かりますか?」


と思ったら、その質問自体をオレにされた。

戸惑い、焦る。


「い、いや、ごめん。分からない、降参だ。一体、どうして?」

「少しくらい考えてもらってもいいとは思うんですけどね」


時間はたっぷりあるのだからと苦笑のサミィ。

オレは、何とか考えてみることにする。



「うーんと、他に補佐役としてつきたい人がいたとか?」


一番仲のよかったマイカにすら人見知りの気があったサミィだから、違うだろうなぁと思ったけど、それしか思いつかなかったので、そんな事を言ってみる。


「違います」

「うむむ。……なんだろ、実はカリウスのことが大嫌いで一緒にいるのも嫌だった、とか?」


自分で言ってて悲しくなってくるけど、幸いにもそれにもサミィは首を振ってくれた。


「そんなわけないことくらい、あなたが一番分かってるでしょう? カリスがいなくなってずっと泣いていた私を励ましてくれたお節介が」

「う、うーむ」


何だか二重の意味でこそばゆい。

オレが唸っていると、サミィはひとつ笑みをこぼして。



「本当に知らないんですね? 街の人気者のあなたならこの儀式の野暮ったい噂なんて当然知ってるものと思ってましたけど」


野暮ったい噂? 何だろう?


「ごめん、勉強不足で」


身体が変わっても、仮面をつけてもオレはずっとこうなのかなぁと、ちょっとしみじみ。


「別に謝ることじゃないです。ろくでもない噂ですからね。それを鵜呑みにしてしまってる私が言うのもなんですけど」


何だか嬉しげで、楽しげなサミィ。

最初にあった不機嫌さがなくなっている。


「……その噂とは? 是非ご教授を」


いい傾向かなって、オレは調子に乗ってそう聞いて。


「ああ、うん。本当にたいした噂じゃないのよ? ただね、十年に一度のこの祭の代表者とその補佐役をした人は、永遠の愛が約束されるって、ずっと一緒にいられるっていう……」


後半尻すぼみに赤くなって、そんな事を言うサミィ。


「ええと、つまり? カリウスとそうなる……そんな噂されるのが、嫌だったって言うこと?」


ぶんぶんと首を振るサミィ。

ん? 今の言葉に対して否定ってことは。


「逆なの。カリスに誘われて、カリスもその噂、知ってると思って。家族なのに……それもいいかなって思っちゃって。そんな事考えてる自分がすごく恥ずかしくて嫌で、それで断ったの」


もう、こっちが心配になるくらいに茹蛸だ。

だけどそれでようやく、意味が繋がった。

何故サミィがあの時断ったのかが。

あれ? でも、待てよ?


「そしたら何故今オレと君はここにいるのでしょう?」

「……そ、そんなのっ! 察しなさいよ!」


怒られました。

完全にそっぽを向かれました。

また振り出しに戻るどころか、さらに悪くなってます。

とりあえず察しろと言われたので、無い頭で必死に考えてみる。

すると、意外にも、その答えは考えるまでもなく。

すぐにぴんと来た。


「そっか……うん、いいよ。ずっと一緒にいよう。オレもさ、ちょうど思ってたとこなんだ。サミィのこと、ずっと守ってあげなくちゃって」


それが我が侭を通してもらってるオレの責任だ。

サミィも同じ気持ちなら、これほど喜ばしいこともないだろうし。

だから笑顔でそう言うと。

サミィはお魚のように口をぱくぱくさせていて。


「なに? お腹減った?」

「あ、あなた、今自分が何言ってるかわかってます?」

「うん? ……うん」


必死の形相。こくこく頷く。

すると再び視線を逸らされて。

そのまま、長い沈黙。

そんな事してるうちに二度目の鐘が鳴ったんだけど。



「あ、鐘鳴ったよ?」

「……変わりなさい。緊急事態が発生しました。私は歌うより考えないといけないことがあります」

「ええっ?」


ぴしゃりとそう言われて。

サミィは陣から出て、オレは陣の中にぽつんと取り残される。


「早くしなさいっ!」

「は、はいっ」


それが、お互いの一生の関係を示す明確な構図であることは。

その時はまだ知る由もなく……。



            (第53話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る