第51話、不可思議な儀式の意味と意義は、きっと別のところに



開かずの扉の向こうは、オレが思っていたよりも深く広大だった。

どこまでも続く闇の中に、魔法灯で光る階段が浮かんでいて、ぐねぐねとうねりながらずっと続いているような、そんな感覚。




「覗き込まない。また落ちますよ」

「だ、大丈夫だって」


手を繋いでいるのはそのためだ。

虚勢は張ったが、まさかそこに足場のない、ずっと下まで続く闇があるとは思わなくて、足を踏み外しかけたことがあったからだ。



「まったく……」


なにやらぶつぶつ呟いていたけど、後半はオレの耳には届かない。

それでも手を離すことはなく、一体どうやって作ったんだろうって思えるおっかない浮石の階段を下ってゆくと、すぐに踊り場が現れた。


ここは目的地までの中間点。

ここからは階段が四つに分裂し、それぞれの組が指定された階段を下ってゆくことになる。


オレたちは火(カムラル)の方角『東』だ。

踊り場で一呼吸入れ、すぐに赤石に変わった階段を降りてゆく。


そこからは、階段のうねりが一層強くなる。

魔法灯は足下しか照らさず、他の三つの階段はすぐに見えなくなって、ぐるぐると下っていくうちに自分がどこにいるのか分からなくなってくる。


ちょうどそれは、母さんのいる場所へ向かう途中の虹の泉の中に入った時のような感覚に似ていた。

何も見えない闇の中から何かが飛び出してくるんじゃないか。

そんな気さえする。


でもオレはもう、目をつむったりすることはなかった。

それは、以前よりもずっと、握られたサミィの手が頼もしく……あるいは頼りなく感じるからだろう。


それは責任の重さだ。

サミィに全てを押し付けてしまったその我が侭に対する代償。


守らなければならない。

サミィはもう、一人なのだから。




「……つきましたよ」

「あ、う、うん」


そんな事を考えていると、いつの間にやらオレたちの持ち場に到着したらしい。

オレは頷きサミィの手を離すと、辺りを見回す。

もう慣れた場所だが、確認は大事だから。



赤く、ぼぅと光る魔方陣を中央に敷いたフロア。

階段はいつの間にか終わっている。

そこは地面だけがある闇の部屋だ。

何でこんなつくりになっているのかは知らない。

ただ、自分たちの世界からやってくる神様たちは、ほとんど光のないところに住んでいて、光の根源以外は光に慣れていないから、というのは小耳に挟んだけど。


なんて言うか、意識過剰なほどに凝っている気がする。

光源は、魔法陣自体の灯りとその真ん中にある一つの魔法灯だけ。

確かにそんなところに一人でいたらたまらないだろうなって、そう思う。




「……」

「ん? どうかした?」

「いいえ、何も」


そんな事を考えていたらじっと見つめられていた気がして。

そう問いかけると、ぷいとそっぽを向くサミィ。


練習の時はそうでもなかったのに、何だか今日は機嫌が悪そうだった。

本番で緊張しているだけなのかもしれないけど。



……と。

それからまもなく、かすかに届く鐘の音がした。

儀式の始まりの合図だ。



「……」


サミィは黙って頷き、オレもそれに頷き返し、陣の外へ。

サミィがよく見える位置に、膝をついて待機をする。

サミィはそんなオレを正面から見据えた後、オレの後方真上を見上げる。


そこには、一見闇だけしかないように見えるけれど。

四方に立つ代表者のその視線の先には、輿……舞台があった。


その場所こそが、神の降り立つ場所だ。

……とはいっても実際は真っ暗なので、そう聞いてるだけのことだけど。


まぁそれはとにかく。

四人の代表者は鐘が鳴るごとに神を呼び出す、その祝詞を歌い上げることになっている。


日が昇り朝を向かえ、神が訪れるまでぶっつづけで歌い続けなければならない。

最初はそうも思っていたけど、よく考えれば祝詞はそこまで長くはなく、繰り返しても飽きられるだけなんだろう。

実際は鐘が鳴るたびに一曲、それを十二回、全十二曲を披露する、といった感じだ。

祝詞は方位によって違うので(聞いてるのかどうかは怪しいけど)、お客として迎えられる神は、四十八曲聴かされることになる。


鐘が鳴るのは、一時間に一回程度。

確かに貫徹ではあるが、余程のことがない限りオレの出番はないだろう。

オレはただ、サミィを見守っていればいい。

問題はそれ以外の空き時間をどう過ごすか、なんてことで。



(変な儀式だ)


きっと誰もが思ってるだろうことを口にしつつ。

オレはサミィの歌声を聴くことに専念するのだった……。



             (第52話につづく)






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