第48話、元より真似しているつもりはなくて、等身大(ありのまま)の私だったから




そして、次の日の夜。

オレは『夜を駆けるもの』として、再びカムラル家を訪れていた。


昨日は大賑わいになったカムラル家も、今や別物であるかのように人気もなく、静かだった。

あるのは闇だけ。

今の姿にふさわしいもの。


昨日の今日でいるだろうか。

そうは思ったが、とりあえずとばかりに元自室の窓を軽く叩く。



「……来るかな、とは思ってましたけど。あいにく、今日はあなたに愚痴るようなことはありませんよ?」


間髪おいて開かれた窓。

その割にはつれないサミィの言葉。

そのすました様子が、ちょっと前のサミィみたいでおかしい。

そうやって少しずつでも痛みを忘れてくれれば、なんて勝手なことを思い苦笑する。



「何ですか、仮面の奥で含み笑いなんて、趣味悪いです」

「……今日はオレのほうがお願いがあってきたんだ」


唇を尖らすサミィ。

せっかくお願いしにきたのにいきなり機嫌を損ねるのもなんだと思い、笑みを引っ込め今日やってきた理由を話す。



「へぇ。お願いですか? 初めてですね。あなたが私にそんな事言うのは」


驚きと意外さの混じった声。

言われてみればと、オレはちょっと思う。


『夜を駆けるもの』の時もそうだったけれど。

カリウス・カムラルであった時から、お願いを聞くことはあってもお願いすることはなかったんだって。



「駄目かな? ただでさえおせっかいな依頼なわけだし」

「……別に構いませんよ。聞きましょう。いくらなんでもずっと無報酬というのも心苦しいと思っていましたから」


心苦しい、という割には尊大な物言い。

オレにはあえてやっているようにも見えたけれど。



「サミィは今度の建国祭で、代表者の一人を務めるんだよね」

「ええ。カリスの代わり、ですけどね」

「その補佐役、オレにやらせてくれないかな?」


代わりを強調するサミィの言葉が耳に痛かったが。

アルに言われた時にはもう、オレはサミィにつくことを決めていた。

理由はたくさんあるけど、サミィしかいないって、そう思っていた。



「……」


沈黙。

カリウス・カムラルであった時と同じで、断られてしまいそうで不安になる。



「も、もしかしてもう補佐役の人、決まっていたり?」

「いえ、そうではなく。それ以前にあなたが出るんですか? 『夜を駆けるもの』であるあなたが?」


儀式の代表者は、ユーライジアの生徒に限られている。

つまりサミィは得体の知れないオレの事を慮っているのだろう。


「そこは大丈夫。オレはスクールの生徒だし。それに今日は、この仮面を取るつもりできたんだ。『夜を駆けるもの』の正体を知ってもらうために」


どんな手を使っても。

それで思いついたのは、正体を晒すことだった。

ノヴァキそのままで真っ向からお願いしたら断られるかもしれない。

何せ神に次ぐ危険に晒されるのは、オレの代わりにカムラルの守り手となったサミィに他ならないからだ。


もう、代わりはきかない。

だからオレはサミィにつきたいって、そう思ったわけだけど。



「結構です」


にべもない否定。

かたくなな意思。

さすがに落ち込む。


「そっか。そりゃそうだよな。変なこと言ってごめん」


となると、他の代表者を当たってみなければならないだろう。

確かまだ決まってないのは、キキョウだけだった気がするけど……。



「……勘違いして一人で話を進めないでくれませんか? 私はこう言ったんです。仮面を取る必要はない、と」

「いや、そんな事言ってないじゃん」


思わず反論。しかしサミィはイジワルそうに微笑むばかり。

全く、こうやって口八丁でからかうことなんて、変わらないなってしみじみ思う。



「……つまり、このままなら補佐役やってもいいってこと?」

「そういうことになりますかね。あなたは町での評判はよろしいようで。生徒であるなら、文句も少ないでしょう。その素顔晒すよりはよっぽど、ね」


意味深な言葉。

いや、それは……。



「あなたは一番の容疑者ですからね。前科がある、と言ってもいい。カリスの事があって尚知らぬ間にあなたが私の元につけば、誰だって怪しむでしょう。それを考えれば、仮面の姿でいるほうがマシです」


紛れもなく、『夜を駆けるもの』の素顔を、知ってるものの言葉だった。



「それに、素顔のあなたと一晩過ごすのは少々きついです。あなたを傷つけてしまうかもしれないから……そのままのあなたでいてください。その方が滑稽なぶん、笑えます」

「いつから知って……」


まさかバレているとは思わず、呆然とするオレ。

サミィは、そんなオレを見れ部屋の外のものに聞こえるんじゃなかろうかって勢いで笑みをこぼす。


「それが滑稽だと言うんです。そんなお手製の仮面とマントで自分が隠せるとお思いですか? ……いくら私でもクラスメイトの声くらい分かります」

「あ……」


そ、そうだった。

本物はこの部屋の箪笥の隅にしまいっ放しだったんだった。

急ごしらえで似せて作ったんだけど、それは当然本物とは程遠いんだろう。


となると、リシアにもバレバレなんだろう。

二人で会ったことがあるのを、リシアがどう考えているかにもよるが……。



「いつまで呆然としてるんですか。当日は声を変えてみるなりしてくださいよ。立場が悪くなるのは私なんですから」

「え? い、いいの? オレが補佐役しても……」


正体を知っていて尚そう言ってくれるサミィ。

迷いなきその言葉に、こっちが不安になる。


「いいって言ってるでしょう。報酬代わりです。そのくらい我慢します」

「だけど仮面なんてかぶってたら怒られないかな?」

「しつこい、そんなの私の我が侭でどうとでもなります。何せ国を守る女ですから」


サミィは、オレに似て頑固だ。

一度そうと決めたら、その意見は変えないだろう。

サミィからすればオレは、身内を殺された……その犯人に一番近いもののはずなのに。


一体どこからそんな自信が溢れてくるのが疑問でならなかった。

当然、頑なにノヴァキを信じたオレの事は棚に上げて。



「ほんとに、いいの?」

「あーっ、うるさいうるさい! いいったらいいんです! その自分をとことん卑下するのなんとかならないんですか? 昔っから見てて腹が立ってしょうがなかった!」

「うわっ」


その、最後の一言は余計だったらしい。

ついにはひそめることも忘れて大声をあげるサミィ。

とたんにごとごとと、周りが反応する気配。


これはさすがに気付かれただろう。

ケイラさん辺りが飛んできそうな勢いだ。



「た、退散っ、また来るっ!」


ここで掴まったら全てがおじゃんだ。

オレはいつもの手順でバルコニーを飛び越え、【風(ヴァーレスト)】の力を借りつつ庭に飛び込む。そしてそのまま外に向かって疾走。そのまま【雷(ガイゼル)】の魔力溢れる金網を飛び越え、夜の中に消える。



幸いにも、追ってくるものはなかった。

きっとサミィが何かしらの理由で足止めしてくれたんだろう。


一度だけ振り返ると。

さっさとどこかに消えろと言わんばかりに睨まれたのが怖かったけど。



こうして一度断られたはずのものは。

オレの予想を遥かに超えるあっけなさで、叶ったのだった……。



            (第49話につづく)






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