第47話、新たな決意を秘めて、答え合わせのために望む建国祭



そして、宴も酣なその後。

本来ならノヴァキが受けるべき賞賛や喝采を受けるのがどうにも忍びなくて。

オレは半ば逃げるようにして、カムラル家の庭園にいた。


いつまでも止まらない涙が恥ずかしくてしょうがなかった、って言うのもあったけれど。

今いるのは、背の高い植樹帯に囲まれた秘密の隠れ家だ。

魔法によって改良され、とりどりの花が一年中咲き誇る。

そんな場所。



「やっぱりここにいた。本日の主役さん」

「……っ」


ここでしばらく落ち着くまで待機していよう。

そう思ったけど、そんな暇もなかったらしい。

悪戯っぽい笑みを浮かべているアルに目ざとく発見されて、オレはまだ残る涙を拭い、なんとか会話の体裁を整える。



「どうやら、仲良しの道の第一歩は、なんとかなったみたいだね」

「……だといいですけど」


そう言うアルは、満足げに頷いていたけど。

後半泣きっぱなしで恥ずかしいやら情けないやらで、決して満足とは言えなかった。

何よりノヴァキはこんなもんじゃない、そう思っていたから。



「あの時……何で泣いたの?」


と、そんな事を考えていると、よりにもよって一番答えづらいことを聞いてくる。


「正直に言えば、よく分からないんです。オレはあの時の感情、その名前を知らない。もう二度と会えないんだって実感したのは確かだけど、それは悲しいって気持ちだけじゃなくて……」


だから答える気なんてなかったのに。

どうしてかオレは、今思ってるその本音を口にしてしまった。

それは、アルの人のなせる業なのかもしれないけれど。



「カリス、あの曲好きだったからね……」

「知ってたんですか?」

「知ってるよ。扱う人の心違えば、悪いものもいいものに変わるってことをさ」


今はもう、オレは確信している部分もあった。

十年前に聞いた魂揺さぶられし音色は、オレたちの父さんを含めてたくさんの人を犠牲にしただろう音系魔法のものだったのだと。


だがそれをただ感動できる、心震えるものとして変えたかった。

歌と魔法は違うんだ。

きっとノヴァキもキキョウと同じことを考えていて、

その忌むべきものを感動できるものに、昇華させることを夢としていたのではないかと、今は思う。



「それで、どうだった? 今日参加してみて。真相、究明できそう?」


ノヴァキのおかげで、助けてくれたサミィやキキョウのおかげで。

今日一日オレは大分みんなに歩み寄れたって、そんな気はしていた。


だからこそためらう。

オレのせいで誰かを疑わなきゃならないなんて。



「演奏が止まるあの瞬間まで、オレは答えを見つけたと、そう思っていました。犯人なんていないのかもしれない……って」


これは、あくまでオレの想像でしかないけれど。

初めて会った時、ノヴァキは『トランペット』に似たマジックアイテムの力を解放しようとする、その直前だったんだろう。


偶然か必然か。

オレは知らぬままにそれを止めた。

それから一度も聞かせてくれなかったのは、ノヴァキ自身、自分がしようとしていたことにためらいがあったんだろう。

オレが少しでも抑止力となったのならばそれは喜ばしいことだけど。



「つまり……カリス自らで命を絶ったと? そんなばかなこと」

「ええ、愚かでした。一瞬でもそんな事を考えてしまった自分に」


それは、最悪な想像だ。

オレは演奏を止めるその瞬間まで、そう思ってしまっていた。


自分のしようとしたことに負い目を感じて。

あるいはかつてのノヴァキが口にした言葉の通り、当初の目的……オレを道連れにしようとしたのではないかと。



でも、違うのだ。

そんなこと、あるはずがない。

何故なら、ノヴァキは夢を口にしたからだ。

自分の持つ道具がどんなものか分かっていたなお、舞台に立つことを。

オレは、その時の言葉が嘘でないことを確信していて。


一度は止まりかけたけど。

オレのような紛い物でも、みんなの助けが合ってその夢を叶えることができたからだ。


それに、よくよく考えてみれば前提がおかしいんだ。

確かにノヴァキは、覆滅の魔法を知り、そのための道具を持っていたかもしれない。

でもオレには、そんな夢を持つノヴァキが、自分の意志でその道具を悪事に使うなんて到底思えなかったんだ。


震えながら御伽噺の勇者のように、ワカホを庇ったノヴァキが。

あえてリシアのことを遠ざけていたノヴァキが。

魂を入れ替えるなんて、ようでもないオレの我が侭を聞いてくれた優しいノヴァキが。

自分がどうなるか知った上で、オレを滝つぼに落としたのだとしたら。


誰かに命令されていたのかもしれない。

もしかしたら、何か弱みを握られていた可能性もある。



「……犯人は別にいます。オレは理由を知らなくちゃいかない。きっとそれが、オレにできる最低限の償いだと思うから」


正直に言えば、それは今までのものとは意味が違った。

もしノヴァキに命令してる人がいたとするなら、許せなかった。


殺したいほど憎いなら、オレに直接言えばよかったんだ。

人のせいにして自分は隠れてるなんて、たとえオレにそれだけの非があっても許せるものじゃなかった。



「……犯人探しの期限、建国祭当日までだって、そう言ったよね?」


新たな決意を秘めたオレを見て、アルはどう思ったのだろう。

逃げてなどいられない、そう思わせる言葉を投げかけてくる。

オレがそれに頷くと、しかしアルは首を振った。


「本当は少し違うの。その日が期限なんじゃなくて、その日までには真実が分かるからなの」

「どういうことですか?」


当然、真相を探るのにオレだけが動いていたわけじゃないんだろう。

むしろオレは今まで意図的に見当違いの方向へと動かされていた気がしなくもない。



「今年のお客さん、誰だか知ってる?」

「それは【時(リヴァ)】の根源……って、まさか時の根源の力を借りるんですか? 時間を戻したりとか!」


だったら、こんな風に悩むことはない。

何もなかったことにできるのならば、これほど喜ばしいことはなかったけれど。


「残念だけど、時の神って言ったって君が言うようなすごい力は持ってないんだ」


オレの過剰なまでの喜びは、一瞬で鎮火される。

期待していただけに、その落胆は大きくて。

現実というものを重く実感する。

今に、後悔する。



「私たちとそう変わらない。過去と未来を見ることくらいはできるだろうけど」


しかし、後に続いた言葉は。

その現実にある希望だった。


「それじゃあ」

「うん、うまく話を聞いてみてもらえれば、真実が分かると思う」


だからアルは、その日に答えが出ると、そう言ったんだろう。

そしてその言葉には、まだ続きがあった。


「その事は、真相を知られたくない犯人だって気付いてる。おそらく犯人はその日に行動を映すんじゃないかな。全てを知られる、その前に」

「そんな無茶な、そんな事した時点で、全てが台無しになるんじゃ」

「そもそもそれが目的だったとしたら? 神を滅ぼすことが。犯人は、その当日までその正体を知られなければいい」


それは、かつての悪い魔人族がしようとしていたことだ。


「となると、カリスを殺したのは、その目的のために一番の障害になるから、と推察できる」

「そんなの……そんなの絶対に止めなきゃ」


そんな事をしようとする人が、オレの知っている人なら、尚更。


「そう、そこであなたの出番よ。誰でもいい、祭の代表者の補佐につくの。おそらく、一番危険なのは儀式の後、神がやってくるその瞬間だから」


自分の無実を証明するためには、どんな手を使ってでも。

アルの言葉には、そんな意味合いも含まれていて。



「分かりました。やってみます」


オレはそれに、しっかりと頷いていた。

そんなひどいことが理由だったのならば。

絶対に許しちゃいけないって、そう思ったからだ。



オレはその時、与えられた使命に熱く燃えていて。


故に気付きようもなかった。

今いる場所が、いつもの校長室などではなく。

こっそり聞き耳を立てようものならば簡単にできてしまう場所であったことを。


事実、オレたちの話を盗み聞きしていたものがいたことを。



            (第48話につづく)






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