第46話、生きた価値を証明できたその時こそが、馴れ初めの一糸



結局オレは、断ることもできないまま当日を迎えてしまった。


今は舞台袖、舞台からの盛り上がりの余韻縫うようにして、リシアとワカホがオレの元へとやってくる。



「いやぁ。これでワタシの野望に一歩近付いたってわけね!」

「あぅぅ。緊張しました。偉い人たくさんいるんですもの……」


あっけらかんとした様子のリシアと、どっと疲れた様子のワカホ。

二人はたった今舞台で喝采を受けていた張本人だ。



「しっかし、うまいことやってくれたわ、ノヴァキ。まさかこれから国を担う方たちの前でワタシの発明品を披露できる機会が転がってくるとは思わなかったわよ」


リシアは嬉しそうだった。


「はは……」


失敗で終わるかもしれない、そんな事を思い……与えられた持ち時間半分をリシアたちに押し付けたとは言えず、オレは苦笑するしかない。


「あら、随分緊張してるわね。ま、無理もないと思うけど、会場はそれなりに温めておいてあげたから、頑張んなさい。あんたの夢だったんでしょ」

「……っ」


たぶん、リシアは励まし、後押してくれたつもりだったんだろう。

だが、ノヴァキでないまがい物のオレにとっては、緊張感を助長させるものでしかなかった。


「平気ですか、ノヴァキ様? お顔が青いです」

「も、元からだって」

「あんたはどっちかっていうと赤ら顔じゃない」


益体もないやり取り。

だけどオレの言葉にキレはない。

改めて思い知るのは、人の生を背負うということへの重さで。


浸る間もなく、オレは呼ばれる。



「頑張ってください、ノヴァキ様!」

「いってこい、ノヴァキ!」

「う、うん」


オレは、二人に押されるようにして……舞台の上に立った。

ノヴァキのトランペットを持って。




視界が白い。

まっさらに眩しすぎる魔法灯のせいだろうか。

音もあまり聞こえなかった。

司会役を仰せつかったらしいルレインの、オレを紹介する声は耳に届いていたが、緊張のためか周りの喧騒のためか、言葉として具現していなくて。


ただあるのは、自分がカリウス・カムラルの時から感じていた視線だけだった。

いくつもの視線。

そこにはかつての友達、家族の姿も混じっている。

友好的とは言い難い、それ自体が心刺す刃となる視線の大群。


いつもよりも、ひどく煩わしく感じた。

こっちの緊張がうつったみたいにぴりぴりと険悪な感じ。

何かに怯えてる感じ。


一体何に?

オレはルレインの話が終わったのを見計らい、頭を下げつつもそんな事を考えていて。



すぐに気付く。

その対象は自分であると。ノヴァキであると。




(なんでっ……)


かっとなった。

なんでノヴァキがこんな目で見られなくちゃいけないんだろう。


そんな事分かってる。オレのせいだ。

そんな目を向けられるいわれはないって、信じたかった。

何よりもオレ自身が、信じなくちゃいけなかった。



(やってやる……)


そう思ったら、さっきまでの駄目かもしれないって緊張はどこかに消えていて。

オレは顔を上げる。

真っ向から視線の大群を見据える。

いわれのない罪に、立ち向かうようにと。



それからは……ただがむしゃらだった。

あの時聞いたノヴァキの一番を。

その音を必死になぞり、真似ようとする。

その時の感動の記憶を、手繰り寄せる。



始まってすぐのどよめき。

正直手応えはあった。

練習では一度も出せてなかった音。

ノヴァキの音。

追い詰められたからなのか、オレの心は冴えていて……。




(どうして……っ)


そうして。

中盤に差し掛かった頃。

オレはようやくそれに気付いた。


初めてノヴァキに会ったとき、途中でやめてしまったはずの曲。

その曲だけはそれ以降披露してくれなかったはずの曲。

だからオレは、その先を知らないはずなのに。

どうして今、その続きが吹けているのだろうかと。


それはオレが勝手に考えて作ったものじゃなかった。

確かに、記憶にあるものだった。




「……っ!」


それは。

初めて聞いたはずなのに、懐かしさを覚えた、その答えだ。


視界の白は一層の濃さを増し、オレを忘れ去っていたはずの記憶の歪に沈ませる。

そう、オレは確かにその音色を聞いていたのだ。



十年前、新しい神がこの地に舞い降りた日。

魔物の大群が町を襲い、父さんが死んだ日に、安全なスクールの中で。

危険に見舞われた、外の世界から。



オレは、ただただ感動していた。

なんて綺麗な音色なんだろうって。

それが人々の阿鼻叫喚を誘う、鎮魂歌であるなどと、どうして思うだろう?


信じたくなかった。

こんなにも美しいのに。


だから……余計なことは、知らないふりをしていたのかもしれない。

今の今まで、ずっと。




ひぃんと。

余韻残して、演奏が途中で止まった。


たぶん、知りたくなかった事を理解してしまって、怖くなったんだと思う。

このまま吹き続けていいのかって。


オレはその時初めて、本当の意味でノヴァキの事を疑ったんだと思う。

今までとは別種のどよめきが広がる。

多くの戸惑いに混じって、その中には確かに安堵も含まれていて。



やっぱりそうなんだ……って。

オレが後一歩のところで生きる価値を失いかけていた、その瞬間。

弾むように柔らかい音が、オレの背後から響いてきた。



「サミィ……」


思わず漏れる、オレの小さな呟き。

サミィはそれに一つ頷いて、軽快にピアノを歪ませる。

オレと同じように感動し、きっと知れず恐怖していただろう音を。


それは、ここで諦めるのかって訴えるような、励ましに聞こえた。

魔人族と手を取り、生きる。

この曲を受け入れ、昇華させることこそが。

怖いものじゃない、ただ心打つものであることを証明することこそが。

今オレができることなのだと言わんばかりに。



「ありがとう」


サミィだって怖いはずだ。

オレにしか分からない程度だけど、その音は震えている。

でも、完璧じゃないからこそ、その音は諦めかけていた心に火をつけた。


オレは再び『トランペット』に口付ける。

サミィと一緒になって痛い過去をなぞる。

それが過去を乗り越え、先に進むための儀式であるかのように。



するとそこに。

乗り遅れちゃったよ、なんて舌を出して、キキョウが即興の歌をつけてくれた。

詩のないはずの名も知らないその曲に。



後は……曲のもっとも美しく心打つ部分の繰り返しだ。

一人、一人と曲に加わるものが増えてくる。


次第に会場が一つになる。

種族なんて、関係なくて。


それは、母さんが望んでいたもので。

ノヴァキの夢、そのものなんだろう。

その事を深く深く思い知らされて。



オレは初めて……泣いた。

天に届けと。

音鳴る花びらを天に向けながら。


とめどない涙。

それはノヴァキに対する痛みと哀しみ。

そして申し訳なさ故だった。



だってそうだろう?

ノヴァキがずっとずっと思い続けてきただろう夢が。

叶わなかったはずの夢を。


ふいにやってきたこのオレが。

横から掻っ攫うみたいに叶えてしまったのだから……。



            (第47話につづく)







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